「フレンチテック」の発展とその課題

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスでは、主にモノのインターネット(IoT)機器を中心とし、斬新なアイデアに基づいた製品・サービスを提供するスタートアップ企業が相次いで出現している。これらの動きは「フレンチテック」と呼ばれ、フランス政府からの全面的な支援を得ている。本稿では「フレンチテック」の特徴とその課題を分析した上で、その将来を展望する。

フランスでは、主にモノのインターネット(IoT)機器を中心とし、イノベーションを旗印としたスタートアップ企業が相次いで出現しており「フレンチテック」と呼ばれている。本稿では「フレンチテック」の特徴と背景および課題について考察した上で、その将来を展望する。

「フレンチテック」の特徴としては、斬新なコンセプトを基にしたバラエティー溢れる製品およびサービスがまず挙げられよう。例えば、毎年1月にラスベガスで開催されているコンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)では2017年、Yumii、Sevenhugs、Cosmo Connected、Joy、LoveBox、PKVitalityなどが注目された。Yumii(https://www.cutii.io/)はリールに本拠を置き、高齢者の自立支援用ロボット「Cutii」とCutiiを取り巻くエコシステムを開発している。Cutiiは、サードパーティーがCutiiを通してさまざまなサービスを提供できるのが特徴となっている。Sevenhugs(https://sevenhugs.com/)は、家庭用IoT機器向けのリモコンを開発している。リモコンはさまざまな設定に対応可能で、例えば窓にリモコンを向けると天気情報が表示されるといった機能を備える。

Cosmo Connected(http://cosmoconnected.com/)は、オートバイのドライバーのヘルメット後部に取り付けられるスマートブレーキランプを開発している。同社のブレーキランプはジャイロスコープを搭載しており、急激な減速や転倒を検知することが可能。また問題が発生した場合には、ドライバーへのアラートを数度表示した後、衛星利用測位システム(GPS)情報を救急当局に送信する。Joy(http://octopus.watch/)は、子ども向けスマートウオッチとそれを取り巻くエコシステムを開発している。同社の製品は、食事や就寝の時間を通知するなど、子どもが基本的な生活習慣を習得するのを支援することを目的としたもの。同社は、KickstarterとIndiegogo上で100万ドル強を得た上、ビジネスエンジェルから150万ドルを調達した。

LoveBox(https://en.lovebox.love/)は、カップル向けの赤いハート付きの木製の箱型メッセージボックスを製造している。メッセージボックスは通信機能を備えたディスプレーを搭載しており、メッセージを受け取ると、ハートが脈打ち始めるというもの。製品は、既にパリの百貨店ギャラリー・ラファイエットで購入可能となっている。PKVitality(http://www.pkvitality.com/)は、血中のブドウ糖の量などを、血液を採取することなく測定するセンサーを開発している。ヒトの皮膚をチェックすることで測定ができるこのセンサーは、スマートウオッチやスマートブレスレットなどの多くのデバイスに統合可能。PKVitalityは、センサーの本格生産と米国食品医薬品局(FDA)からの承認獲得に向け、約500万ユーロの資金調達を望んでいる。

これらは「フレンチテック」の一端にすぎず、2016年には、Sensorwake(香りを使った目覚まし時計、https://sensorwake.com/)、Ubiant(住居のエネルギーおよび快適性を管理するソリューション、http://www.ubiant.com)、Giroptic(360度パノラマカメラ、https://www.giroptic.com/)、Lima Technology(タブレット、スマートフォン(スマホ)、パソコンなどあらゆるデバイス向けのパーソナルクラウドソリューション、https://health.nokia.com/)、Parrot(ドローンなど、http://www.parrot.com/fr/)、Withings(フィンランドの通信機器大手ノキアにより買収。スマート機器、http://www.withings.com/)、Netatmo(スマート機器、https://www.netatmo.com/)などが脚光を浴びた。Lima TechnologyやParrot、Withings、NetatmoなどはCESの常連となっている。

「フレンチテック」のもう一つの特徴として、フランス政府の強力な後押しを得ていることが挙げられる。フランス政府は、2013年末に協力組織「フレンチテック・イニシアチブ」を創設、フランスのスタートアップ企業のCESへの参加をコーディネートしたり、世界各地でフランスの起業家の活動をローカルレベルで支援する「フレンチテック・ハブ」を設置するなどの活動を行っている。「フレンチテック・イニシアチブ」の活動の枠内で、フランスの企業運動(フランス産業連盟、MEDEF)のガタズ会長、ルメール・デジタル経済閣外相(当時)、マクロン現大統領(当時は経済産業デジタル相)などが2015年開催のCESを訪問した。フランスの経済産業デジタル相がCESに参加したのは初めてだったことからも、政府が同分野に力を入れ始めたことがうかがえる。

フランス政府はまた、2014年末には、九つの都市圏(エクサンプロバンス・マルセイユ都市圏、ボルドー、グルノーブル、リール、リヨン、ナント、モンペリエ、レンヌ、トゥールーズ)に「フレンチテック」マークを付与した。「フレンチテック」マークは、イノベーションに適したエコシステムを育成する都市に付与される認証で、パリ首都圏のエコシステムとのネットワーク形成が図られる。

加えて、フランス政府は2015年5月に全世界の起業家からプロジェクトを募り、毎年50件のプロジェクトを支援するという「フレンチテック・チケット」の制度概要を明らかにした。年間予算の500万ユーロはBPIフランス(公的投資銀行)が負担する。具体的には2016年1月に始まる第1期に向けて、2015年9月末を期限として世界中から起業プロジェクトを募集。選定された50件のプロジェクトには、発案した2人までを対象に、1人につき6カ月で1万2500ユーロの奨励金が支給される(1回のみ更新可)。外国起業家向けに滞在許可証を発給するとともに、提携先のインキュベーター内の入居を認めるなどして起業プロジェクトの支援を行っている。起業家はフルタイムで起業計画の推進に当たり、フランス国内で起業しなければならない。

このようなフランス政府の後押しもあって、CESに出展するフランスのスタートアップ企業数は、2014年の90社から、2017年には178社へとほぼ倍増し、米国の203社に次ぐ規模となった。国外からのフレンチテックへの注目も高まっており、米国のネットワーク機器、シスコシステムズは2015年末に、フランスのスタートアップ企業への投資額をこれまでの予定の1億ドルから2億ドルに引き上げた。また、米国のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)大手フェイスブックは、2015年にパリに研究開発(R&D)センターを開設。米国の投資ファンドのユニオン・スクエア・ベンチャーズは、フランスのRuche qui dit oui(地元農家と消費者間の仲介プラットフォーム、https://laruchequiditoui.fr/fr)に投資した。この他、フィンランドのノキアは2016年5月に上述のWithingsを1億7000万ユーロで買収している。

「フレンチテック」のもう一つの特徴として、フランスの電子産業としては珍しく、一般向けの製品が大半を占めていることが挙げられる。フランスの電子製品業界は、これまでフランス・イタリアのSTマイクロエレクトロニクス(半導体)やフランスのタレス(防衛システム)など、一般にはなじみの薄い大手企業が中心であり、フランス製の一般向け電子製品を家電量販店の店頭で見掛けることはまれだった。しかし「フレンチテック」の製品は、上述したLoveBoxなどのように百貨店でも販売されるようなものが多い。つまり、ヒットすれば大量の販売が期待できる可能性がある。

このように見てくると「フレンチテック」は順風満帆のように思われるが、課題も多い。上述したように「フレンチテック」を支えている企業の大半はスタートアップ企業であり、常に資金調達の問題が付きまとう。たとえ斬新な製品やサービスを開発したとしても、資金面で行き詰まり、結局は消えてしまう企業も数多い。もちろんフランス政府もそのような事情は承知しており、さまざまな支援措置を講じているが、それにも限界がある。成功した企業も、Withingsのように国外企業に買収されてしまうケースが少なくない。

また、斬新かつバラエティーに富んだ製品・サービスという「フレンチテック」の特徴は、裏を返せば、そのほとんどがガジェットにすぎないと見なされる可能性があるということでもある。便利そうに見えて関心は持たれるものの、購買には至らないという製品も多い。また、斬新だからという理由である製品がヒットしたとしても「一発屋」で終わってしまう可能性も高い。斬新な製品を続けて世に出すことは非常に困難なことである。ただし既に基盤となる本業があって、多角化の一環として斬新な製品を出す場合は別だ。米国のアップルは、本業のパソコンがあったからこそ、iPhoneに乗り出せた。とはいえ「フレンチテック」企業は総じて、現状ではそのようなベースはない。

加えて、一般向け製品が多いということが弱点になる可能性も捨てられない。というのも、一般大衆を相手にするコンシューマーエレクトロニクス業界では、先駆者よりも、類似製品を安価で生産できるメーカーの方が成功するケースが結構多いからだ。例えば、上記でも触れたアップルのiPhoneと、韓国のサムスン電子(あるいは後続の中国系メーカーの製品群)の関係がそれに近い。アップルの場合は、シェアを減らしても利益率では他を圧倒していると思われるので、他のメーカーの方が成功しているとは言い難いかもしれない。また、iPhoneは「スマホ界のロールス・ロイス」として、今後も長らく君臨する可能性が高い。しかしながら「フレンチテック」の企業群の製品が、iPhoneのような地位を確立できる可能性は小さいと言わざるを得ない。また「スマート体重計のロールス・ロイス」になったとしても、iPhoneのようなマージンは恐らく期待できまい。

「フレンチテック」にはこのように課題も多いが、フランスにはグルノーブル(フランス南部)周辺に「フランスのシリコンバレー」と呼ばれる産業クラスターが存在しており、ULIS(赤外線センサー)や、ISORG(有機センサー)など、特にセンサーの分野で先端的な技術を持つ企業も数多い。そのような先端的なセンサー技術と「フレンチテック」の特徴である斬新なアイデア、そして政府支援が結び付けば、非常に優れた製品が生み出される可能性もあり、期待も大きい。

(初出:MUFG BizBuddy 2017年8月)