フランスにおいて、日本人とフランス人のカップルでは、どういうわけか日本人女性とフランス人男性のカップルが圧倒的に多く、日本人男性とフランス人女性のカップルはまれである。本稿では、その理由を考察してみる。
最初から多少個人的な話になって申し訳ないが、筆者(男性)は、フランスに30年以上前から住んでおり、人生の半分以上をフランスで過ごしている。そんな筆者だが、フランスに来て以来ずっと抱いていた疑問がある。それは、日本人とフランス人のカップルの場合、どういうわけか日本人女性とフランス人男性のカップルが圧倒的に多く、逆はまれであり、これはなぜかということである。
この点に関しては、筆者が知っているカップルたちだけでは客観性がないので、フランスに住む私の同僚(すべて翻訳業、すべて日本人で女性3人に男性2人)にどうなのか聞いてみた。すると、みんなから日本人女性とフランス人男性のカップルの方が圧倒的に多いという回答が返ってきた。従って、この点に関しては、ある程度の客観性が確保されたということで話を進めることにする。
上述の質問と同時に、彼らになぜだと思うかと質問してみたところ、さまざまな回答が返ってきた。そのうちで、私が興味深く思ったものを紹介する。
まず、日本人女性は国外でモテるのに対し、日本人男性はモテないという身もふたもない回答が男性1人からあった。なぜそうなのかと追及してみたのだが、「それが分かれば苦労はしない」という回答だった。しかし話を続けていくと、外国人女性と積極的にコミュニケートして、態度でも明確にしていかねばならないのに、日本人男性は一般的にそれが苦手ではないかという考察が出た。要するに、以心伝心ではだめではないか、というわけだ。俳優の高倉健氏のような寡黙な男というイメージは、日本では受けるのかもしれないが、必ずしも国外でも通用するわけではないということだ。これと同様の回答が、ある女性からもあった。
また、ある男性からは、「あなたは幸せにみえない」という言葉でフランス人女性からフラれたという経験談があった。本人は、「そんなこと言われてもねえ」とぼやいていたが、確かに日本人男性は感情表現に乏しいのかもしれない。日本では、日常的に喜怒哀楽を直接的に表現することをよしとしない傾向があると思う。それが、日本人男性の感情表現不足につながっているのではないか。
コミュニケーションが苦手というのは、言語の壁のせいである場合も多いかもしれないが、日本語でも、コミュニケーションを取るのが苦手な日本人男性は結構多そうだ。また、コミュニケーションを取るのが苦手というよりも、コミュニケーションそのものを取ろうという意志が欠如している場合も多い気がする。言わなくても分かるはず、という思い込みが、日本人男性にはあるのではないか。言語の壁のせいであるならば、日本人女性も条件は同じはずだ。
一方、日本人女性は国外でモテるという話に関しては、上記の身もふたもない回答をした男性から、「大和撫子」というこれまでに営々と作り上げられてきた日本人女性のイメージが今でも残っており、それが理由ではないか、という説が寄せられた。これに関しては、筆者もほぼ同意見だ。「男性を立て、しとやかだ」という日本人女性のイメージがどこまで現実を反映しているのかは知らない。しかしそのイメージが、日本人女性が国外でモテる一因となっているのは確かなことだろう。個人的には、大和撫子などというものは男性が勝手に作り上げた男性に都合のよい幻想だと思う。しかしながら、例えば、スポーツ新聞などを読むと、プロスポーツ選手の妻による内助の功の話が頻繁に取り上げられている。そういう点から見ると、大和撫子幻想は、日本国内では脈々と息づいており、それが映画やマンガ・アニメなどによって国外にまで拡散しているのではないだろうか。
次いで、ある女性から、「基本的に日本人男性はマッチョ(マチスモ、男性優位主義)だから」という、これまた直接的な回答が返ってきた。日本社会が男性優位社会であるということには異論を唱える向きもあろうが、国会議員であれ、大企業の経営者であれ、日本の権力の中枢には圧倒的に男性が多いのは事実であり、反論の余地はない。また、上で指摘した日本人女性の大和撫子というイメージは、日本人男性がマッチョであるというイメージと対になっているといえよう。両者は表裏一体という関係にあり、おそらく相互に強化し合っている。つまり、日本人女性がフランスでモテるのと、日本人男性がフランスではモテないというのも、表裏一体というわけだ。
以上の話とも関連するが、日本人男性にとって、フランス人女性は怖くみえるのではないかという回答もあった。フランスでは、日本の以心伝心とは逆に、言いたいことは言うのが普通であり、女性もしっかり自らを主張する。そういったフランス人女性は、男性中心の社会で甘やかされている(?)日本人男性には荷が重いのではないかというわけだ。この点に関し、フランス在住の日本人男性は、日本人女性と結婚しているケースが多いという指摘があった。この指摘は、日本人男性にとって、フランス人女性は荷が重いのではないかという回答を補強するものではある。
また、おそらくこれと関連すると思われるが、日本人男性とフランス人女性が結婚したケースでは、長続きしない人が多いという指摘もあった。逆に、日本人女性と結婚しているフランス人男性に関しても、しっかり自分を主張するフランス人女性から逃れて、自らをそれほど主張しない日本人女性を選んでいるのではないかという回答もあった。要するに、フランス人男性の中にもフランス人女性を苦手とする層があり、彼らにとっては、自らをあまり主張しない日本人女性が理想的に映るというわけだ。問題は、この「自らをあまり主張しない」というのが、言語の壁に由来する誤解というケースもあると思われるが、そういうケースの場合、誤解が解けた方がよいのかどうか筆者には判断できない。
以上は一般的な話だが、ある女性から、日本人とフランス人カップル2組についての実例が寄せられた。どちらも日本人男性とフランス人女性のカップルで、どちらかというと例外的なケースである。
1つは、物心ついた子どもたちがいて、うまくいっているように見えたカップルのフランス人女性が、フランス人男性の恋人を作って日本人男性のもとを去ってしまったという。日本人男性は良家の子息で、一流大学に進学した後、日本のある一流企業に就職し、フランス人女性とは日本で出会った。その後、日本人男性は、フランスの大手企業に職を見つけ、女性を追ってフランスに移住した。理想的に見えたカップルの破綻の原因の1つは、女性の方が、日本的な「家」に嫌気が差したからだという。
もう1つの例は、女性は、日本人とフランス人の両親を持つそうだが、フランス育ちなので中身はフランス人。こちらのカップルはうまくいっているそうで、日本人男性は、「うちは妻が稼いでくるので、僕はサポートをしている」と話しているらしい。
この2例から一般的なことを言うのは無理があるが、気になるキーワードが1つ出てきた。それは「家」である。これは想像になってしまうが、うまく行かなかった方の日本人男性は、日本の家父長制のような価値観を背景に持っていたのではないだろうか。あるいは、彼がそうではなくても、彼の実家や周囲がそうであったのではないか。個人主義的な傾向を持つフランス人にとって、日本的な「家」というものは、おそらく理解し難しいものだろう。また、日本でよく言われる男性の甲斐性という考え方も、フランスでは薄いように思われる。例えば、男だから妻よりも稼がなくてはならない、といった固定観念があまりないのだ。これは男性にも女性にも言えることで、女性も、夫が自分より稼いでくれるかどうか、ということにはそれほど執着しないように見える。
また、経済協力開発機構(OECD)の統計によると、日本の男女間賃金格差(フルタイム労働者の中位所得における男女間賃金格差)が24.5%(2017年)に達しているのに対し、フランスでは11.5%(2019年)でしかない。社会的通念のレベルでも、現実においても、男女間の非対称性が日本と比べて圧倒的に小さいのだ。この観点から見ると、上で挙げた例でうまくいっているカップルの日本人男性は、むしろフランス人的な考え方をしていると言ってよい。夫か妻が稼いでくればいいのであって、稼ぎが少ない方は、その他のことで貢献すればよいという考え方だ。
また個人的な話で申し訳ないが、筆者の妻(フランス人)は、今は退職しているが、働いているときは、私よりも少なくとも3倍は稼いでいた。私は付き合い出す前までそんなことは知らなかったのだが、それを知った時にも、「なるほど。たくさん稼いでいるんだな。ありがたいことだ」と思った程度だった。それこそ甲斐性なしと言われそうだが、そんなものである。筆者の場合は、夫が日本人男性という例外の方だが、趣味が重なっていることと、ある女性の同僚いわく「のほほん」とした、あるいは「ラテン系」と評される私の性格が功を奏しているのかもしれない。しかし、どちらも能天気と言われているようで、筆者としては納得したわけではない。
ところで、フランスでは日本人男性はモテないという話には、おそらく世代的な違いもあると思う。筆者の世代は、家父長制の価値観が色濃く残っている人が多いように思われるし、1981年に発生したパリ人肉事件の被害を直接的・間接的に受けた。佐川一政という日本人留学生がオランダ人の女性留学生(当時25歳)を殺害し、彼女の一部の肉を食べたという事件だ。この事件は当時ものすごい衝撃を与え、今でもフランスで起きた猟奇事件としてトップクラスとされており、少なくとも筆者の世代の人々は猟奇事件といえば、この事件を挙げるほどである。のちにこの事件を題材にして唐十郎氏が『佐川君からの手紙』という本を執筆し、芥川賞を受賞したので、若い世代でも知っているかもしれない。
幸いなことに筆者は、事件当時はまだフランスにいなかった。しかし、同僚のある日本人男性は当時スイスにおり、スイスからフランスのマルセイユに旅行したその前日に事件が起きたので、よく覚えていると語ってくれた。彼は、マルセイユに到着してフランスの税関を通る際、税関職員から「お前はオランダ人(の肉)が好きか」と聞かれ、まったくわけが分からなかったという。マルセイユの港で、大きく容疑者の顔写真が載ったタブロイド紙が山積みされているのを買って読み、ようやく理解できたという。
筆者は、事件が起きてから数年後にフランスに留学したのだが、それでも似たようなことを聞かれた覚えがある。留学生仲間にオランダ人の女性留学生がいて、彼女とはそれなりに友だち付き合いをしたのだが、時々冗談で「私のこと食べないでね」みたいなことを言われたものだ。迷惑な話である。あの事件がどこまで日本人男性のモテなさを増幅したのかは分からないが、かなりの影響があったのではないかと今でも思う次第だ。
上記の話を語ってくれた同僚は、「(佐川容疑者の)暗い劣等感と、その過激な表出というのは、なにか日本的なものがあるような気もする」とコメントしてくれた。
これに対して現在は、日本のマンガ・アニメの影響により、フランスでは特に若い世代で、日本人株がかなり上がっている。加えて、韓国のアイドルグループBTSの世界的人気で、アジア系のルックスに憧れる若い女性が量産されつつある。ある同僚女性から聞いた話だが、彼女の娘の知り合いでアジア系の親を持つフランス人の子はみんな「(自分が)もっとアジア系の顔だったら良かったのに」と言うそうだ。その子らに、「あまりアジア系らしくないね」と言うと、自分の半分を否定されたような気がして、傷ついてしまうらしい。子どもたちが日本人とフランス人の両親を持つことで差別されないか心配した筆者の世代とはえらい違いだ。これを契機に、日本人とフランス人のカップルでも、日本人男性の割合が多くなってくれるといいのだが、と筆者は密かに期待している。
ただし最近は、日本経済の停滞のせいか、フランスにやって来る日本人の数そのものが減ってきているような気がする。余裕がなくなり、日本人全体が内向きになっているのかもしれない。日本人と日本企業は、もっと外を向いてもよいのではないだろうか。さもないと、日本人とフランス人のカップル数そのものが減ってしまうことにもなりかねない。時代は変わりつつある。日本人の若者には、海外に羽ばたく気概を持ってほしいものだ。
(初出:MUFG BizBuddy 2023年1月)