「ステーションF」に見るフレンチテックの興隆

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスは実は「理系の国」であり「数学の国」である。それもあってか近年、デジタル・IT関連のスタートアップが増えている。政府主導の「フレンチテック」による後押しもあり、盛り上がりを見せるフランスのエコシステムの現状と、それへの支援を「ステーションF」を例に挙げながら概観する。

フランスの案外知られていないと思われる一面として、この国は「理系の国」であり「数学の国」であるという事実がある。学業において優秀な若者は大抵、フランスでは社会的な地位が高く、収入も高いエンジニアを目指す。主な大企業のほとんどのトップはエンジニアの資格を持つ理系出身者で、政治家も理系出身者が多い。そんな「数学優位」の事情があってか、フランスは意外に思う人もいるかもしれないがイノベーションの国であり、数学・情報処理の分野で高い研究開発(R&D)水準を誇っている。

これに目を付けてフランス国内にR&D拠点を持つ世界的な大企業も少なくない。例を挙げると、フェイスブック、インテル、サムスン電子、アマゾン・ドット・コム、ネイバーなどである。最近では、グーグルもフランスに人工知能(AI)の研究所を設置すると予告した。日系企業では楽天や富士通がR&Dセンターを有している。

こういった背景を持つフランスでは、デジタル・IT関連のベンチャーが少なくない。そこで現在のフランスにおける、デジタル・IT部門の起業家やベンチャー/スタートアップの興隆とその支援体制を概観したい。

ベンチャー興隆の水準の目安として、ベンチャーキャピタル(VC)やプライベート・エクイティー・ファンド(PEファンド)の資金調達額を眺めることができるだろう。アーンスト・アンド・ヤング(EY)とフランス・インベスト(投資ファンド業界団体)が毎年発行しているフランスの投資状況に関する報告書1の2017年版によると、同年のフランスにおけるVCの資金調達額は25億6300万ユーロとなり、案件数は605件に上った。分野別に見ると降順で、インターネット(8億6500万ユーロ)、ソフトウエア(5億8900万ユーロ)、バイオ(3億9500万ユーロ)、フィンテック(2億8000万ユーロ)、新テクノロジー(1億7600万ユーロ)。つまりIT・デジタル部門(インターネット、ソフトウエア、新テクノロジー)が全体の63%を占める。

またフランス・インベストの集計によると、フランスのPEファンドの資金調達額は2017年、165億ユーロに上った。前年の147億ユーロを上回り、過去最高を記録した。2017年のPEファンドによる投資額は143億ユーロに上り、前年の124億ユーロを上回り、やはり過去最高を記録した。投資対象となった企業数は2,142社。投資額の85%はフランス企業向けであった。

フランスでは、300程度のPEファンドが活動している。フランスでの資金調達は近年急増傾向にあり、この調子が続けば調達総額は2020年には200億ユーロに上り、英国を抜いてトップに立つという向きもある。ベンチャー/スタートアップのアイデアや技術の取り込みを目指す大企業によるコーポレートVC(CVC)の設置も非常に盛んで、フランスの大企業130社程度がCVCを有している2。

フランスでは数学・情報処理の分野を国際競争力における強みとして生かし、増加する起業家/ベンチャー/スタートアップをバックアップすることを考えた政府が、2014年から自国のデジタル・IT部門に「フレンチテック」という名称を与えてエコシステム構築に尽力している(「「フレンチテック」の発展とその課題」(2017年9月5日付掲載)参照)。

「フレンチテック」では、デジタル・IT部門の起業家、投資家、ファンド、業界団体、インキュベーターやアクセラレーター、地方のクラスターなどをラベル認定して一大ネットワークを築き、スタートアップの発展やフランス発の新技術普及を盛り上げている。また、世界各地にフランスの起業家の活動をローカルレベルでコーディネートする「フレンチテック・ハブ」を設置して、フランスのスタートアップ企業の知名度アップに務めている。

さらに「フレンチテック」事務局は、外国の起業家に向けた「フレンチテック・チケット」を実施。全世界の起業家からプロジェクトを募り、優秀なスタートアップを国内のインキュベーターに誘致している。もちろん、フランスのスタートアップ企業の国際的な見本市への出展なども積極的に支援している。

政府主導の「フレンチテック」始動を機に、ベンチャー/スタートアップ支援の拡充がさらに進み、近年、インキュベーター、アクセラレーター、VCの名前をメディアでよく目にするようになってきた。インキュベーターについては、地方の地場産業を柱に全国各地に設置されている業界別のクラスター「競争力拠点」の中のインキュベーター、2000年前後にR&D支援を目的とした法律(アレーグル法)が交付されたのを機に作られた地方政府が主導する公的インキュベーター、高等教育機関が設置するインキュベーターなどが以前からあった。そして最近は、公的機関から独立した民間のインキュベーターや民間大企業によるインキュベーターも数を増やしている。

インキュベーターは起業家に「場所」と「ネットワーク」を提供するが、企業へのコーチングや資金調達など、よりソフト面での支援提供を行うアクセラレーターも増えた。起業家に情報を提供するサイト「Maddyness」によると3、一般的なアクセラレーターは3~18カ月の期限のプログラムを用意し、1回のプログラムの中で有望な起業家やスタートアップ数社を選定、インハウスのスタッフや外部の弁護士など専門家を通じたコーチングを行い、支援対象となるスタートアップの資金調達を支援する。通常、プログラムの最後に投資家などに向けた「ピッチ」と呼ばれる企業プレゼンの場が設けられ、投資ファンドとのマッチングを行い、増資の機会を提供する。

インキュベーターは、場所の提供の代わりに家賃を要求することもあるが、アクセラレーターへの対価はスタートアップの株式で、通常は支援対象の企業の3~10%の株式を得る。インキュベーターとアクセラレーターの機能を兼ね備えるところも多い。アクセラレーター運営の主体も、独立系民間企業から、フランスの防衛システム大手タレスや通信大手オレンジのような大企業、フランス銀行(中央銀行)やBPIフランス(公的投資銀行)、高等教育機関などさまざまだ。数あるアクセラレーターの中でも「支援対象のスタートアップによる資金調達額(50万~500万ユーロ)」の多い企業は、上位から順にNUMA、50パートナーズ、INSEAD、Orange Labs(フランス通信大手オレンジが提供)、Day One、Plug and Play、Euratechnologiesなどとなっている。

こういった官民挙げての「フレンチテック」支援を象徴するのが、実業家グザビエ・ニエル氏が設置した「ステーションF」ではないかと思う。ステーションFは、パリ13区にある昔の貨物駅を改装した3万4000平方メートルの敷地に、インキュベーター、アクセラレーター、VC、さらには政府の「フレンチテック」事務局を集めたミニ・エコシステムともいえる施設で、2016年に開所した。ステーションF全体では、3,000人のコワーキングが可能。レストランやカフェ、レクリエーションスペースも併設されている。また地方や外国からの起業家を受け入れるために現在、住居スペースも建設中だ。

入居している大企業/組織は、フェイスブック、マイクロソフト、フランスのゲーム大手ユービーアイソフト、タレス、Airbnb、ネイバー/ライン、ロレアル、フランスの民放大手TF1、フランスの銀行大手BNPパリバ、フランストップのビジネススクールHEC Paris、フランスの広告大手Havasで、それぞれがステーションF内で起業家支援やスタートアップとの協業を行っている。2018年に入ってからグーグルが入居予定を発表した他、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン(LVMH)も同年4月に事務所を構え、独自のプログラムを提案し始めた。独立系民間アクセラレーターのNUMAやAxeleoも入居している他、ステーションF自身も二つのアクセラレータープログラムを用意しており、合わせると常に施設内で25以上の支援プログラムが動いている状態にある。daphni、パルテック、Alven Capitalといったフランスの大手VCも入居している。

ステーションFで提供される入居企業による支援プログラムとして、例えば最近入居したLVMHの例を見ると、同社は50社のスタートアップ企業にインキュベーションプログラムを提案している。LVMHは、原材料の持続可能性、製造工程、カスタマーエクスペリエンス、偽造品対策といった分野での新技術の開拓を視野に、AI、モノのインターネット(IoT)、拡張現実(AR)、ブロックチェーンといったテーマを中心に支援先のスタートアップを選択する。年間に6カ月ずつ2期のプログラムを提供する予定で、既に第1期企業(合計23社)は入居済みだ。LVMHの支援を受ける各社の起業以来の合計調達額は2,500万ユーロに上る。

アイデアはあっても資金力のないスタートアップにとって、こういった支援プログラムにより得られるノウハウ、ネットワーク、金銭的支援は欠かせない。インキュベーターやアクセラレーターに選ばれることは、スタートアップの信頼感にもつながる。ただし、数あるスタートアップの中でも支援を受けられるのは全体の3~5%程度と非常に限られてもいる。

ちなみにステーションFを創設したニエル氏は、フランスの通信大手4社の一つであるフリーの創設者である。学費無料のデジタル技術者養成学校「エコール42」を創設して人材育成面での支援を行ったり、自らのVCであるキマ・ベンチャーを通じてスタートアップに資金提供を行ったりと、フレンチテックになくてはならない大物実業家だ。ステーションFの整備に要した2億5000万ユーロは、政府からの支援を受けずに全てニエル氏が拠出した。ちなみにニエル氏は、数年前からフォーブスの世界長者番付にも名前が挙がっており、2018年版ではフランス人としては8位で資産額は70億ユーロだそうだ4。

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1 http://www.ey.com/Publication/vwLUAssets/ey-barometre-du-capital-risque-france-2017/$FILE/ey-barometre-du-capital-risque-en-france-2017.pdf
http://www.franceinvest.eu/dl.php?table=ani_fichiers&nom_file=France-Invest-Etudes-2017-Activite-2017-VDEF.pdf&chemin=uploads/_afic
2 Les Echos紙2017年5月19日付記事 https://business.lesechos.fr/entrepreneurs/financer-sa-creation/0212105918638-le-coup-d-accelerateur-des-grands-groupes-dans-le-financement-des-start-up-309732.php
3 https://www.maddyness.com/2017/07/31/maddytips-quel-accelerateur-choisir-lever-fonds/
4 https://www.forbes.fr/classements/classement-forbes-2018-des-milliardaires-francais/

(初出:MUFG BizBuddy 2018年4月)