フランスには、国際的に事業を展開している大企業であるにもかかわらず、日本では一般的にあまり知られていない企業が多いように思われる。本稿では、日本でもよく知られている企業の話も交えつつ、案外知られていないのでは、と思われるフランス籍の大企業を紹介する。
フランスには、国際的に事業を展開している大企業であるにもかかわらず、日本では一般に知名度が低い企業が結構あるように思われる。本稿では、それらの中から幾つかを紹介してみたい。中には、筆者の思い違いで実は日本でも知られている企業もあるかもしれないが、筆者が日本を離れてから既に30年以上を経ており、日本の状況に多少疎くなっているということでご容赦いただきたい。
まず、日本であまりよく知られていない企業を紹介する前に、日本でもよく知られている仏企業を見てみよう。仏企業の中で知られているものと言えば、おそらく世界最大の化粧品メーカーであるロレアル(2021年売上322億8760万ユーロ。以下のすべての企業の売上は、特に注記がない場合は、すべて2021年のものとする)や、自動車のルノー(売上462億1300万ユーロ)が思い浮かぶのではないか。ロレアルは、過去30年あまりの間に売上が10倍となり、ほとんど減益を経験したことのないという超優良企業だ。日本でも盛んにCMを流しているのでご覧になった方も多かろう。ルノーに関しては、日産自動車を買収したので知名度を上げ、CEOであったゴーン被告の逮捕とその後のレバノンへの逃亡劇でさらによく知られるようになった。このような形で知名度が上がっても、ルノーにとってはありがたいことではなかろうし、日本でのルノーの販売台数は1万台以下でしかなく、日本人にとっては、知名度はあるが、実は馴染みは薄い企業であるかもしれない。
この2社に続く日本で知名度が高い仏企業としては、タイヤのミシュラン(売上237億9500万ユーロ)と高級品のエルメス(売上89億8200万ユーロ)が挙げられよう。ミシュランは、ブリヂストンと売上及びシェアで世界トップの座を激しく争っており、売上ではブリヂストンに後れを取っているが、世界シェアでは、ブリヂストンの18.6%を上回る19.5%を保有している。ただし、ミシュランに関しては、日本人には、タイヤよりもむしろガイドの方が馴染み深いかもしれない。ミシュランガイドを巡る話は、グルメ漫画の定番の1つでもある。
エルメスは、後述するLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)とケリングに並ぶ仏高級品企業の1つだが、LVMHやケリングが数多くのブランドを傘下に置くホールディングスに近いのに対し、エルメスはほぼ唯一のブランドの元にさまざまな製品をカバーしている点で異なる。個人的な話で恐縮だが、筆者が大学生の頃に初めてフランスを旅行した時に、親友の彼女に「エルメスのケリーバッグをお土産に買ってきて」と言われ、「ケリーバッグ」なるものが何なのか知らず、旅行中に知り合った日本人女性に事情を話して、「ケリーバッグ」とは何か聞いてみたところ、大笑いをされたという話がある。もちろん親友の彼女の方も冗談で言っただけなわけだが、本稿を書くために「ケリーバッグ」の価格を改めて検索してみて、自分でも大笑いせずにいられなかった。エルメスも、筆者のような大方の日本人には、無縁な企業なのかもしれない。
これは、筆者が日本を離れてからのことなのでよく分からないのだが、保険のアクサ(売上1,000億ユーロ)が日本でCMを流しており、よく知られているという話を聞いた。同社は、総資産額9,699億ドルで、独アリアンツ(9,282億ドル)と米メットライフ(8,779億ドル)を抑えて保険業界では世界トップだ。エール・フランスKLM(売上143億1500万ユーロ)とエアバス(売上521億4900万ユーロ)も知られていると思うが、社名に「フランス」がついている前者と対照的に、後者のエアバスは、仏企業というよりも欧州企業と思っている向きも多いのではなかろうか。
日本では乳製品「プチダノン」で以前から名前が知られるダノンは、売上の57%を米国や中国を中心とした欧州以外の市場で実現している国際的な企業である。仏国内では乳製品だけではなくボトルウォーターの「エビアン」や「ボルヴィック」の親会社というイメージも強い。
こうしてみると、おそらくロレアルとミシュラン(ガイド)などを除くと、日本でよく知られている世界的仏企業のどれもが実は身近な企業ではないという話になってしまいそうだが、ここでようやく本題の世界的な企業でありながら、日本ではほとんど知られていない企業に移ろう。
日本ではほとんど知られていない世界的な仏企業としては、ブイグ(売上279億2200万ユーロ)、ヴァンシ(売上494億ユーロ)、エファージュ(2020年売上163億ユーロ)などの建設各社が挙げられよう。ブイグは、民放テレビ局TF1(売上24億2700万ユーロ)、ブイグ・テレコム(売上72億5600万ユーロ)も傘下に置いている。これらの企業は、中国勢を除くと、2020年世界建設会社番付で、それぞれ2位、3位、5位にランクしており、日本最大手の鹿島建設よりもいずれも上位にある。
しかしながら、日本で事業を展開しているのは、ヴァンシの空港管理子会社のヴァンシ・エアポート(関西国際空港などを管理する関西エアポートに40%出資)だけであり、日本での知名度が低いのも仕方がないことかもしれない。
ヴェオリア(2020年売上260億1000万ユーロ)も、環境技術(水、廃棄物、エネルギー管理)企業として世界最大だが、日本ではあまり知られていなそうだ。同社は、2021年5月に仏同業スエズ・エンバイロメントを260億ユーロで買収した結果、売上は約370億ユーロに達している(2022年はスエズ吸収によりさらに100億ユーロの増収を見込む)。フランスでは、19世紀から民間事業者が、地方自治体からの委託契約を通して上下水道事業を担当してきた歴史があり、それにより培われたノウハウを基に、ヴェオリアは、世界で2億人近くの人々にサービスを提供している。同社が日本ではあまり知られていない理由としては、日本では、水処理を自治体自らが運営しており、ヴェオリアが参入する余地が小さかったことが挙げられる。しかし、日本でも今後、自治体が上下水道事業の委託を進めるようになると、ヴェオリアの進出が進む可能性もある。
傘下のブランドは知られていても、案外、親会社の存在感が日本では希薄な企業に、上述のLVMH(売上642億1500万ユーロ)が挙げられるかもしれない。LVMHの頭文字は日本の報道でも見かけ、これが「ルイ・ヴィトン」と「モエ・ヘネシー」であることをご存じの方も多いと思うが、LVMHがどれだけ幅広な事業を展開しているかを知っている向きはそんなに多くはないのではないだろうか。LVMHの傘下のブランドとしては、ファッション部門でルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、ジバンシー、セリーヌ、ケンゾー、化粧品・香水部門でクリスチャン・ディオール、ゲラン、時計・ジュエリー部門でタグ・ホイヤー、フレッド、ティファニー、ワイン・スピリッツ部門でモエ・エ・シャンドン、ドン・ペリニヨン、クリュッグ、ヴーヴ・クリコ、ヘネシーなどが代表的で、日本でもかなりの知名度を誇る。
LVMHは実は、これらの高級ブランドに加え、地元のフランスで最大の経済日刊紙であるレゼコー紙や、パリのブローニュの森にある遊園地「ジャルダン・ダクリマタシオン」など、高級品以外の企業も傘下に置いている。このような事情から、レゼコー紙では、2010年に定められた同社の倫理規定に則り、透明性確保の観点から、LVMHの記事を載せる時には、必ず同紙がLVMH傘下にあることを明記することになっている。LVMHは、ここに挙げた以外にも多数のブランドや企業を傘下に置いており、筆者が聞いたことのないようなものも数多い。というよりも、ここで挙げたものの中にも、本稿を書くために調べたことでLVMH傘下だったことを知ったというブランドや企業が結構ある。上記の「ケリーバッグ」話でお分かりだろうが、筆者は高級品というものには無縁なのだが、それでも、レゼコー紙は毎朝読んでおり、LVMH帝国の「魔の手」から逃れることは難しいようだ。
日本では国際的な事業展開ぶりがあまり知られていない仏大企業としては、ケリング(売上176億4520万ユーロ)も挙げられよう。ケリングはLVMHと似たような企業であり、伊グッチを傘下に置いていると言えば、誰でも「なんだ、知っている」となりそうである。傘下ブランドとしては、ファッション部門でグッチ、イヴ・サンローラン、バレンシアガ、アレキサンダー・マックイーン、プリオーニなど、時計・ジュエリー部門でブシュロンなどが挙げられ、LVMHよりも少ないながらも、有名どころが並んでいる。ケリングも、社名よりも傘下ブランドの方が、日本では圧倒的に知名度が高いと思われる。
さて、最後に世界的仏企業として、エア・リキード(2020年売上200億ユーロ超)を挙げておこう。同社は、実は日本には1907年には既に進出しており、日本子会社は、産業ガスでは、大陽日酸、エア・ウォーターと並ぶリーディングカンパニーの1つである。仏企業の日本子会社で、国内大手というのは非常に珍しく、ひょっとして同社だけかもしれない。また、エア・リキードは、クリーンエネルギーとしての水素エネルギーに脚光が当たり始めていることから、今後さらに注目を集める可能性もある。同社は、業界では非常によく知られており、関連ビジネスを営む読者の多くはご存じだとは思うが、一般には馴染みがないだろうということで、ここに挙げさせていただいた。
(初出:MUFG BizBuddy 2022年5月)