「黄色いベスト」運動からノートルダム寺院が炎上する夜まで

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

ノートルダム寺院が炎上したその夜の8時、マクロン大統領は「黄色いベスト」運動への回答としての新たな施策をテレビで発表する予定だった。本稿では「黄色いベスト」運動とその後の「国民協議」、さらにノートルダム火災により延期された「マクロン大統領の回答」とは何かを概観する。

ノートルダム寺院の尖塔と屋根が炎上したその夜の8時、マクロン大統領は「黄色いベスト」運動と、その後に行われた「国民協議」への回答としての新たな施策をテレビで発表する予定だった。国民が待ち望んだ発表が行われるはずのその日に、フランスのシンボルの一つであるノートルダムの一部が焼失し、注目された発表が延期されることになったのは、どこか因縁めいた偶然だ。本稿では、日本でも大々的に報道されたフランスの「黄色いベスト」運動とその後の「国民協議」、さらにはノートルダム寺院火災により正式な発表が遅れた「マクロン大統領の回答」とは何かを概観したい。

日本でも知られている通り「黄色いベスト」運動は、自動車燃料価格の高騰および一般道の速度制限引き下げ(時速90キロメートルを同80キロメートルに)を機に起こった市民による抗議行動だ。前者の燃料価格上昇は原油価格に左右される部分があるものの、増税の影響も大きい。フランスでは近年、環境問題に絡んで内燃機関自動車への課税圧力が高まっていた。自動車の利用を抑制し、温室効果ガスの排出を削減するのが狙いだ。

なお、従来は二酸化炭素(CO2)排出量が相対的に小さいディーゼル車を優遇するのが歴代政府の方針で、庶民は燃料費の安いディーゼル車を買うのが普通だが、近年のディーゼル車排ガス不正事件をきっかけに有毒な窒素酸化物(NOx)の排出量も注目され、現政権はディーゼル車の優遇措置を是正中で、燃料税の引き上げはガソリンと軽油(ディーゼル燃料)をともに標的としている。

しかし自動車を日々利用せざるを得ない都市近郊や地方の国民、特に「住みたくても地価が高い都市に住めない」低所得者や失業者および年金生活者には、燃料の1セントの上昇が家計に大きく響くことになる。2019年の2月11日に発表された世論調査によると、フランス人の40%は自家用車しか日々の移動手段がない。

2019年の4月16日付のフランス経済紙レゼコーは、各種の調査を基に、日々の通勤に自動車を用いる人の割合は全国平均で4分の3に達しており、特に地方では雇用と公共交通機関の空白地帯が拡大しているため、自動車が通勤の必須手段になっていると報じた。パリ市内では通勤に公共交通機関を用いる人が7割近いのに対して、カンタル県、ジェール県、クルーズ県などでは2%にすぎないという。いずれも「黄色いベスト」運動後の調査になるが「大都市以外の、公共交通手段のない地域」の人々にとって、どれだけ自家用車が必要かが分かる。

ちなみに、抗議運動の参加者はなぜ「黄色いベスト」を着用するのか。フランスでは2008年から、高い視覚認識性を持つ「黄蛍光色」のベストを車内に常備しておいて、運転者が路肩で車両を離れる場合、安全対策として着用することが法律で義務付けられた。「黄色いベスト」はドライバーのシンボルにほかならない。

さて、燃料価格高騰に反対する人たちは、まずインターネットなどでの署名運動、続いて道路や料金所の封鎖および速度取締レーダーの破壊などの抗議行動に及んだが、譲歩の姿勢を見せないマクロン政権に業を煮やして、2018年11月17日から毎週土曜日にパリでデモを行うようになった。一方、マクロン大統領は就任後早々に富裕税の廃止など、自分の支持層である企業家や高所得者を優遇するようにも取れる措置を打ち出して「金持ちの大統領」と批判を受け、支持率を落とし始めていた。

低所得者だけでなく中流階層も、燃料税の増税などで購買力が低下していることを不安に思い、マクロン大統領への不信感を募らせつつあり、当初は多くの国民が「黄色いベスト」運動を支持した。燃料価格高騰に端を発した「黄色いベスト」運動はこうして、階級闘争としての色合いも帯び始め、自家用車以外の移動手段がある「パリ」とそれがない「郊外・地方」の対立を浮き彫りにすることになった。こうした一連の流れは、日本でもご存知の方が多いのではないかと思う。

最初は比較的穏便だったこの運動は、2018年12月に入ると暴動騒ぎに発展し、警察とデモ隊の衝突の様子や、公共物や商店に対する破壊・放火・略奪行為が世界のニュースを賑わすことになった。「パリは大変なことになっているようだね。大丈夫?」と日本に住む友人や家族から連絡をもらったものだが、これもよく言われる通り、暴動が起こったのはシャンゼリゼやオペラなどパリ市内でも比較的限られた地域で、大多数のパリ市民にとっては、地下鉄の運休や商店の閉店などで生活に影響がなくはなかったが、大きな支障が出たわけではない。また破壊行為は、デモ隊が群衆心理により暴徒化した部分もあるようだが、略奪・放火といった蛮行を働くのは、もともとの運動の発起人ではなく「壊し屋」と呼ばれ、デモがあるたびに登場する過激化したグループだと言われている。

この「壊し屋」たちは、どこからやって来るのか。極右・極左の「政治的な思想の下に政権転覆を狙う小グループ」か、フランス社会自体に不満を抱き、デモに乗じて鬱憤を晴らす主に移民家庭出身の郊外・地方の若者グループか、それらの分子が混じっている、というのが通説かと思うが、いずれにせよ、デモ参加の初心者が多いといわれる「黄色いベスト」運動の発起人たちとはちょっと毛色の違う人々がデモに紛れ込んでいることは確かだ。

筆者の勝手な見解だが、元祖「黄色いベスト」層の年齢が割と高めなのに対して、写真や映像で見る「壊し屋」は20代や30代が多いように思う。彼らのイメージは、仕事帰りにカフェで安い赤ワインを飲んで顔馴染みと愚痴を言い合うちょっとくたびれたお父さん風の40~60代という元祖「黄色いベスト」層のプロフィールとは違う。「壊し屋」の行動は組織立っているという見方もある。「黄色いベスト」運動がリーダーを欠き、大規模であるが統率されていないのに対して「壊し屋」にはどうも指揮系統があるというわけだ。

ちなみに「壊し屋」は、「警察による強圧的なデモ鎮圧を正当化するために政権が送り込んでいる」という陰謀説もあるらしい。2018年12月11日にストラスブール市で起こったテロ襲撃事件に関しても、次の土曜15日に予定される新たなデモを阻止することを狙いとして、当局が裏で仕組んだ襲撃だとの陰謀説がネットを通じて流布された。

さて「黄色いベスト」運動は、本来は重税感などに起因する社会不安・不満の表出だったわけだが、フランス人の購買力は本当に下がり、課税圧力は本当に高まっているのか。フランス国立統計経済研究所(INSEE)の数字を見ると(https://www.insee.fr/fr/statistiques/3899206、2019年3月)、可処分所得は2017年が2.7%増、2018年も2.7%増となるが、1世帯当たりの購買力は2017年の1.4%増から2018年は1.0%増に減速、国民1人当たりの購買力も2017年の0.7%増から2018年は0.4%増に減速している。

同じくINSEEの2018年5月の調査(https://www.insee.fr/fr/statistiques/3550563#titre-bloc-11)では、2017年の可処分所得は2.6%増となっており(前出の統計値から若干低い数字だが理由は不明)、2016年の1.7%増から伸びている。しかし燃料価格の上昇を主要因として出費が増加しており、世帯購買力の伸びが2016年の1.8%増から1.3%増(こちらも前出の数字より若干低い)に減速したと分析、燃料への課税圧力が家計に及ぼす影響を指摘している。少し長い目で見てみると、2018年11月20日発表のINSEE報告書「フランス社会のポートレート」(https://www.insee.fr/fr/statistiques/fichier/3646112/FPORSOC18g_D1_reformes.pdf)では、2008年から2016年の10年足らずで公租公課の引き上げにより、全体の可処分所得に750ユーロの目減りが発生したという。

その一方で、所得再分配措置では250ユーロの所得増強がなされており、差し引きでは1世帯につき500ユーロの目減りが生じた計算になる。公租公課の引き上げと所得再分配の効果を所得水準別に見ると、下位5%の世帯では450ユーロの所得増(3.9%増)、上位5%の世帯では5,640ユーロ減(5.1%減)となっており、所得格差が軽減されていることも分かる。ただ今回の「黄色いベスト」運動の発端となった燃料課税は、フランスの付加価値税や日本の消費税と同様に、所得に関係なく消費者が同等に負担せねばならないもので、ここに低所得者層の重税感の一因がある。

ちなみにフランスはもともと国民負担率も経済協力開発機構(OECD)諸国で1位(https://www.oecd.org/tax/tax-policy/revenue-statistics-highlights-brochure.pdf、2017年)、「タックス・フリーダム・デー」(個人納税者が年頭来の所得をすべて納税に充当したとして税金を払い終える日)も欧州諸国トップクラスで、やたらと公租公課が高いことは政府も認めている。

「黄色いベスト」運動の長期化と過激化を受け、政府も沈静化に向けた一連の措置を発表し始める。フィリップ首相は2018年12月4日、2019年1月1日付で導入を予定していた燃料税の引き上げ、ディーゼル燃料とガソリンの課税水準の接近、運輸用以外のディーゼル燃料(建機等向け)の増税の3件について、施行を6カ月間凍結し、その間に善後策を協議すると予告した。また、同年年頭に予定していた車検制度の強化(汚染度が高い車両のフェーズアウトが目的)も凍結の対象にするとした。これらは「黄色いベスト」運動の発端たるドライバーたちに向けた措置だ。さらにより一般的に、政府は、企業の賞与支給に対する特別非課税制度の導入を提案。この措置は同年3月いっぱいまで時限的に導入されたが、同年4月に入ってからの統計によると、パリ株式市場CAC40指数を構成するすべての大企業をはじめとして、企業の12%がこれに応じて、従業員に賞与を支給した。

続いて2018年12月10日、マクロン大統領もテレビ演説を行い、低所得の勤労者を対象にした手当「プリームダクティビテ」を2019年から増額し、超過勤務に係る社会保険料及び租税を2019年初頭から撤廃すると予告、年金受給者にも配慮を示し、2018年年頭に施行されたCSG(社会保障会計の財源となる目的税)増税を、年金受給額が2,000ユーロ未満(独身者の場合)の者について、2019年から廃止するとした。これら一連の措置がもたらす政府財政負担は、100億ユーロに上るとみられている。

そしてマクロン大統領は「大統領の傲慢な態度」「矢継ぎ早の政策が一方的に押し付けられている」「社会格差の拡大」という国民の不満・不安の声に応えるべく、国民との対話の試みを開始した。これは「国民協議」と呼ばれ、2019年1月から3月まで、税制や気候変動対策、民主制の強化から移民問題に至る幅広い問題について国民から意見を聴取し、その結果を受けた具体的な施策を提案するというプロセスだ。同年1月13日にマクロン大統領が発表した国民向けの「質問票」でも税制・公的支出、国の組織・公共サービス、エコロジー移行、民主主義・市民権の4つのテーマに沿った質問が用意された。具体的には国会議員数の削減や、抽選による政治参画市民の選出、そして「黄色いベスト」活動家が特に要求している「市民発議の国民投票(RIC)」制度の是非などについての質問が盛り込まれた。こうして、全国各地で多種多様のテーマに沿った1万134回に及ぶ話し合いが行われた。

また国民の意見は、話し合いだけではなく、市町村役場を通じた陳情書の受付やインターネットを通じた質問票への回答受付などを通じて幅広く集められた。2019年4月8日にフィリップ首相が行った総括では、意見聴取プロセスに合計で150万人程度が参加したとの数字が出ている。

この総括によると、まず税制問題では重税感を訴える意見が多数を占め、減税推進のために公的支出を削減し、社会給付の支給に制限を設けるべきだとする意見が目立った。環境・気候変動問題では、気候変動対策を特に重視する意見が多かったが、対策の方法としては、公共交通機関の拡充や、農業の新たなモデルの導入を求める意見が出され、税制上の手段としては、大規模な汚染者に課税をすべきで個人には課税すべきではないという意見が目立った。

民主主義については、議員や高級官僚への不信感が表明され、公職兼務の制限、議員数の削減、閣僚や大統領経験者への「特権」廃止を求める声が目立った。この点では代表民主主義(間接民主主義)を批判・拒否する「黄色いベスト」の姿勢に近いが、直接民主主義については、従来型の国民投票制度や地域レベルの住民投票制度の利用を求める声が多く「黄色いベスト」派の主な要求事項の一つだったRICへの支持は大きくなかった。国家制度については、国民に近いレベルを優先する形で、行政機構の簡素化を進めるよう求める意見が多かった。

この総括の延長として、マクロン大統領は2019年4月15日に施策の第一弾を発表する予定であったが、そこにノートルダム寺院の火災が発生したため、延期を余儀なくされた。マクロン大統領は同月16日夜、国民向けのテレビ演説を行い、ノートルダム寺院を今後5年で再建すると宣言したが、前日に発表する予定だった施策について今はまだその時ではないとし、将来的な公表の日程についても明確にしなかった。

なお、2019年4月16日の時点で、大統領が発表するはずだった施策の内容に関する報道がなされたが、大統領府はこれについて正式なコメントを拒否した。報道によれば、大統領は同月15日に放映されるはずだった収録済みのテレビ演説の中で、社会の不公正、国土格差の不公正、税制上の不公正に関する国民の怒りの声を聞き届けたと言明。2025年を見据えた改革努力の中で、不公正の是正に取り組む考えを示したという。具体的には、中流層の所得税の負担の軽減(各種税制優遇措置の廃止で財源を確保)、低額の年金受給者を対象にしたインフレ率並みのスライド改定の復活、企業の特別賞与に係る非課税枠(1,000ユーロまで)の恒久化などを予告。また、官僚体制の打破を目的に、高級官僚養成校である国立行政学院(ENA)の解体を提案した。

地域格差の問題では、任期が終わる2022年まで、病院及び学校の閉鎖は行わないと約束。「黄色いベスト」層の主な要求だったRIC制度の導入については、地域レベルで住民投票として導入する方針を示し、国民投票では既存の制度(国会議員と国民の署名を通じて国民投票を実施するもので議員の発議による)の修正を通じて対応する考えを示した。大統領はこのほか、エコロジー移行など重要な問題について労使協議を重視する姿勢も示した。

発表予定だった内容が流出し、早速にこれらの予告に対しての国民の反応が2019年4月19日付のルフィガロ紙に掲載された。この世論調査によると、中流層の所得税の負担軽減に77%、低額の年金受給者を対象にした施策に74%、地域レベルのRICの導入に59%、病院及び学校の閉鎖の中止に74%が支持を示した。片やエリート主義の象徴とも言えるENAの解体については賛成が37%と低い数字にとどまった。

本稿はノートルダム寺院の火災の夜で締める予定だったが、少し後日談。最終的にマクロン大統領は2019年4月25日、就任以来で初めての記者会見を開き、15日に発表予定だった新たな施策を公表した。上述の報道の通りRICの制度導入は見送られ、その代わり、既存の「議員の発議による国民投票」実施の条件緩和を行うとの発表があった。低額の年金受給者を対象にした施策、ENAの解体などにも言及があった。

このほか、諮問機関である経済社会環境評議会(CESE)内に「市民評議会」を設置する(市民評議会は150人のくじ引きで選ばれた市民から構成)、離婚した女性への養育費支払いが滞るケースが多い問題について家族手当公庫(CAF)が強制的に徴収する制度を導入する、気候変動対策を推進するために新機関「環境防衛評議会」を設置するなどといった施策が打ち出された。

以上、「黄色いベスト」運動からその結果となる政府の対応まで駆け足で見てきたが、一度ケチがついたマクロン大統領、ようやく施策発表はしたものの、発表した内容には当然のことながら批判もあり、まだまだ息がつけない。

私見を述べると、この一連の流れ全体を非常にフランスらしいと思う。フランスでは革命以来、国民は主にストライキやデモを通じて意見を主張し、展開中のストやデモを特に支持しない国民も「仕方ないよね」とこの権利を当然のこととして捉えている。上からの改革を断行するマクロン大統領に、共和制維持を至上命題とするフランス国民が怒りを表したのもフランス的だし、国民の怒りを汲んで、まずは国民との対話を再構築しようと努めた政府の姿勢もフランスらしいように思う。

いつもは、スーパーの列を守らなかったり、電車の中で大声で携帯電話で話していたり、ゴミをポイポイ道端に捨てたりするフランス人に憤ってばかりの筆者だが、平等や民主主義、生活の質が危機にさらされているとなったら、団結して一気に立ち上がるところはさすが革命の国、と常々感心させられるのである。

(初出:MUFG BizBuddy 2019年5月)