バカンス大国フランス-その背景と現状

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

「年間5日の有給休暇消化の義務」という制度ができるほど、有給休暇の消化率が低い日本では考えられないくらい、一般的にフランス人は長期の休みを取る。これは労働者が権利としての有給休暇を最大限に活用しており、企業や社会がそれに寛容であるからとされる。有給休暇の獲得や観光の興隆の歴史を眺めつつ、フランスがバカンス大国となった背景とその現状を概観したい。

フランスと日本の間に大きな差がある文化・社会的慣習の一つが「休暇」ではないかと思う。フランスに進出した、あるいはフランスと取引の多い日本企業のほとんどが、フランス人の「休みの取り方」に衝撃を受けたことが一度はあるのではないだろうか。多くのフランス人は、とにかく気兼ねせず、しかも長期にわたって休む。特に夏休みを含めた子どもの学校休業期間「バカンス・スコレール」の時期は、一気に働く人が減ってしまう。企業側も、それを当然のこととして受け止めている。

日本では信じられないことかもしれないが、フランスでは8月の1カ月間、丸々製造を停止してしまう工場もいまだに多い。バカンス・スコレールは、夏休みの2カ月(7・8月)を除くと1年のうち4回あり、期間はそれぞれ2週間ある。つまり、夏休みを含めた学校の休みが、1年の3分の1に当たる4カ月に及ぶ。このような背景から、子どもを持つ労働者がバカンス・スコレールの時期に家族と一緒に過ごそうと休暇を取るため、この間、大事な仕事の案件が頓挫することもまれではない。仕事よりも休みや家族といったプライベートを優先するというのがフランスでは一般的だ。

片や日本では、最近「年間5日の有給休暇消化の義務」なる制度ができた。バカンス大国フランスの一部のメディアは、この新制度に関するニュースを「日本人は法で決められないと休暇を取らないらしい」と冗談半分に取り上げた。日本では年末年始やお盆、ゴールデンウイークに長期の休みを取る例が見られるが、2~3週間の休暇届を毎年のように出す人は、今でも少数派ではないだろうか。

厚生労働省の統計によると、日本で企業が付与した年次有給休暇は、2013年時点で労働者1人当たり平均18.5日、そのうち労働者が取得した日数は9.0日となっている。労働者が自発的に申請して取った休みが9.0日という数字は、あり得ないほど少ないとの印象を抱くフランス人は少なくないのではないだろうか。

フランスにおけるバカンスは、年次有給休暇の段階的な獲得とともに慣習化していく。有給休暇は1936年6月に初めて導入された。当時のフランスでは労働者の権利拡大を求める声が高まり、ストライキや工場占拠が多発していた。レオン・ブルムを首長とした「フランス人民戦線」が政権を握ると、左派政権はいち早く社会福祉政策を進め、その中で労働者は2週間の有給休暇を獲得した。これを機に、労働者は当然の権利として有給休暇を取り始めるようになり、同年には60万人がバカンスに出掛けた。

このころ、つまり1930年代には「ソーシャルツーリズム」の先駆けとなる試みも現れる。まず、最初の観光担当大臣が1931年に任命され、国や自治体による観光の奨励が始まった。1934年には教員の主導で、バカンス施設を支援する団体UFOVAL(Union française des œuvres de vacances laïques)が設立され、1880年ごろから出現した子ども向けの「コロニー・ド・バカンス(colonie de vacances)」と呼ばれる林間・臨海学校の設置が加速した。有給休暇導入直後の1936年8月には、バカンス向けの鉄道割引切符「年次休暇国民切符(billet populaire de congés annuel)」の発売が開始された。この影響で、1937年にはバカンスに出掛ける労働者の数が前年の3倍に膨れ上がった。

しかし、バカンスの真の大衆化には第2次世界大戦後、有給休暇が3週間に拡大される1956年を待たねばならない。20世紀半ばのこの権利拡大とともに、18世紀には貴族の、19世紀にはブルジョアの特権であったバカンスが、いよいよ社会層を問わないレジャーへと発展する。それに続く1960年代、欧米諸国においては、いわゆる「マスツーリズム」の時代が到来した。戦後の産業興隆による労働者の購買力の向上、観光業の発達がもたらした選択肢の増加(安い宿泊施設やクラブメッドなどのバカンス村の登場、飛行機や鉄道などの交通網の発達など)、レジャー施設やスポーツ施設の増加がマスツーリズムの普及を後押しした。

フランスの有給休暇は、1969年には4週間になる。この年にバカンスに出掛けたフランス人は全体の45%に上った。さらに、1982年には有給休暇が現在と同じ5週間に拡大され、1980年前後には、バカンスに出掛けるフランス人は全体の55%を超えた。ちなみに、有給休暇日数という点から見ると、フランスは世界1位だそうだ。コンサルティング会社マーサーが2011年に行った調査によると、有給休暇と祝日を合わせた休業日数は、1位がマルタとオーストリアの38日で、それにボリビア、ギリシャ、ポーランドの37日、スペイン、ベネズエラ、フランスの36日が続く。

有給休暇日数の多さだけではなく、政府や企業がバカンスを奨励する施策を講じていることも、フランスがバカンス大国である理由の一つとして挙げられるだろう。今日の奨励策としてまず思い当たるのは「バカンス小切手(chèque-vacances)」だ。これは、1982年に政府により設置されたバカンス小切手庁ANCV(Agence Nationale pour les Chèques-Vacances)が、雇用主や企業委員会を通じて、労働者向けに交通、宿泊、外食、文化活動・レジャー・スポーツに利用できるバウチャーを発行するという制度だ。企業委員会とは、従業員数50人以上の企業に義務付けられる労働者代表組織で、経営陣との交渉の他、企業の福利厚生措置の運営を担当する。企業委員会は福利厚生の一環となるバカンス支援として、バカンス小切手の配布以外にも、例えば、子どものコロニー・ド・バカンスへの参加や従業員の国外語学研修費の負担など、従業員やその家族向けに金銭的な援助を行う。

これら二つの措置は、企業に属する賃金労働者や公務員しか受けられないが、失業者・自営業者でも享受できる政府・地方自治体の支援もある。家族手当公庫CAF(Caisse d’Allocations familiales)は、下部組織のVACAFにより認定を受けた家族向けの宿泊施設やキャンプ場などを行き先とするバカンス支援を行う。宿泊施設がVACAF認定施設に限定される他に、未成年の扶養家族がいること、納税水準が低い家庭であることなどが支援を受ける条件となる。支援額は地域により多少異なるが、基本的には所得の低い家庭が100~1,500ユーロ程度の金銭的な援助を受けることができる。

生活環境調査機関CRÉDOC(Centre de Recherche pour l’Étude et l’observation des Condition de Vie)による2014年6月の統計では、バカンス小切手を利用した旅行者は全体の14%、企業委員会による支援(バカンス小切手以外)を受けた旅行者は10%、CAFの支援を受けた旅行者は5%、地方自治体の独自の支援を受けた旅行者は1%、その他、非政府組織(NGO)団体などの支援を受けた旅行者は1%に達した(複数回答あり)。旅行者全体の4分の1に近い23%が何らかの金銭的な支援を受けたという。

有給休暇制度の拡大とソーシャルツーリズムとともに発展したフランスのバカンスだが、フランス人の休暇の「過ごし方」と「取り方」は、この10~15年で変わってきている。まず、マスツーリズムの環境への影響(自然と景観への悪影響、リゾート施設での水やエネルギーの大量消費、地元住民の生活の変化)が世界的に批判の対象となり、オルタナティブでより持続的な旅行へのシフトが見られるようになる。フランスでもリゾート地の大型施設での観光サービスの大量消費や豪華な国外ツアーへの参加などは減少し、国内や近隣諸国の家族・親戚・友人宅や地方の別荘、キャンプ場などを行き先として選択する傾向が顕著になっている。「一大レジャー」としてのバカンスが「休息」や「家族・友人との交流」をテーマとした休みへと変遷した、といえるかもしれない。

さらに夏休みの日数を短縮して、他のバカンスやバカンス・スコレールなどに旅行に出掛ける人が増加している。つまり、年間を通じて有給休暇を消化する人が増え、労働者が夏に集中して不在になる現象がやや緩和された。こういった近年の傾向を反映してか、右肩上がりに増加して1980年代から1990年代には60%に達したバカンスに出掛ける人の割合は、2000年代に入り若干減少した。

2008年の世界経済危機もバカンスに影響をもたらした。前述のCRÉDOCの報告によると、同年の経済危機直後には、バカンスに出掛けた人は52%までに減った。また、バカンスに出掛けた人に関しても、経済危機後には日数や予算の減少が見られた。ただし、バカンスに出掛ける人の割合は、ここ数年で60%程度に回復している。この旅行者の再増加は、格安航空券の利用、交通手段や宿泊施設の早期予約による割引料金の利用などが背景にあるとCRÉDOCは分析している。この点については、シェアリングエコノミー(カーシェアリングや米国のAirbnbのような空き部屋のインターネット仲介サービス)の普及も、要因として挙げることができるかもしれない。

2015年8月3日付のル・フィガロ紙の記事は、2015年の夏休みについての統計を紹介した。夏休み前に観光コンサルティング会社Protourismeが行った調査によると、同年に夏の休暇を取る予定の人は、前年度から4%増加して4,180万人となった。行き先は最近の傾向にたがわず、実家のある地方(あるいは別荘)、友人宅、キャンプ場など、比較的安上がりな所が多いようだ。前年に比べてフランス国内を選ぶ傾向が強まり、フランス国鉄(SNCF)の列車予約状況によると、ニース行きが前年比11%、エクサンプロヴァンス行きが同6%、カンヌ行きが同6%、ボルドー行きが同5%、パリ行きが同4.3%それぞれ増加した。

国外には1,000万人のフランス人が旅立ったが、行き先としてはスペイン、イタリア、ギリシャといった近隣の欧州諸国が多かった。2015年、フランス人観光客が大きく減少したのは、テロなどで治安への不安があるチュニジアだった。海辺の観光地の人気は相変わらず高く、地中海沿岸のコート・ダジュールに所在するホテルの予約客数は前年比6%、英仏海峡側が同3.2%、大西洋側が同2.1%それぞれ増加した。一方、休暇に使う予算は、同4.8%減の1,979ユーロとなった。

バカンスの過ごし方や取り方が変わっても、一度獲得した権利を最大限に利用して長期バカンスを取るフランスの慣習には、近年も大きな変化はない。米国の旅行サイト、エクスペディアが年次で行っている24カ国・地域の比較調査によると、2013年の有給休暇の消化率でフランスは世界1位、日本は最下位の24位となっている。休暇を取らない理由として、フランスでは最初に金銭的な理由を挙げる人が多いが、日本では仕事を理由として挙げる人が多い。

日本では、1カ月近くも休暇を取りビジネスが滞ると、国力が低下するのではないかという声も聞かれる。それに対してフランスでは、仕事の効率を上げるためには息抜きは必須であり、良い仕事をするためにもバカンスは取らねばならないものだという意見が多い。日本とフランス、二つの社会で生活した筆者としては「どちらも正論。適度に休暇を取ってリフレッシュするという両者の中間あたりが理想か」と思う。

(初出:MUFG BizBuddy 2015年8月)