誕生から60年、パリの副都心ラ・デファンス地区の今

投稿日: カテゴリー: フランス産業

1958年に整備が始まったパリの副都心ラ・デファンス地区は2018年、誕生60周年を迎えた。フランス経済の象徴となり、世界屈指のビジネス地区に成長した同地区は、今後も新しい経済環境に適応しながらその地位を維持すべく、オフィスビルの刷新やインフラの再整備、スタートアップ支援、ビジネス以外の機能も併せ持つ複合的な街づくりなどに取り組んでいる。

2018年1月、パリの副都心ラ・デファンス地区の整備・管理を担う組織が改変され、新たに「パリ・ラ・デファンス公団」が発足した。これまで同地区の運営は、国が「ラ・デファンス・セーヌ・アルシュ整備公団(EPADESA)」を通じて整備を担当し、オードセーヌ県を中心とする地元関係自治体が「ラ・デファンスビジネス地区管理公団(Defacto)」を通じて管理・振興を担当するという二重構造になっていたが、両公団間の連携不足による運営の非効率性がたびたび指摘されていたことを受け、2015年に当時のヴァルス首相が公団の統合を発表していた。そして予定より1年遅れて、くしくもラ・デファンス地区誕生60周年となる2018年、地元関係自治体を中心とする新公団がスタートしたのである。

1958年、ラ・デファンス地区は大規模展示場、新産業技術センター(CNIT)の完成とともに産声を上げた。同じ年にはEPADESAの前身である「ラ・デファンス地区整備公団(EPAD)」も誕生。3市(ピュトー、クルブヴォワ、ナンテール)にまたがり複雑な調整が危惧された同地区は、国策として整備されることになった。

ラ・デファンス地区は、ルーブル美術館からコンコルド広場、シャンゼリゼ通り、凱旋(がいせん)門を経て西へ一直線に進むパリの「歴史軸」と呼ばれる大通りに貫かれており、都市計画上の重要地域として戦前からすでに再開発計画が何度も構想されてきた場所である。例えば1931年には、米シティバンク(現シティグループ)が同地区をパリの新ビジネス地区として整備することを提唱していた。1950年代に入り、その妥当性についてコンセンサスが形成され、整備が実行に移されることになる。

1958年は政界復帰したド・ゴール氏が第5共和制の初代大統領に就任し、政治指導力の刷新が図られた年でもある。当時、フランスは「栄光の30年」と呼ばれる高度経済成長期の真っただ中にあり、その後も国主導の経済近代化が進められていった。そして、経済のサービス化はオフィス需要の拡大を伴うことになった。

誕生から60年を経て、ラ・デファンス地区は欧州最大のビジネス地区に成長した。今日、同地区には70棟のビルが建ち、オフィス延べ床面積は350万平方メートルに達し、500社の企業が事業所を構え、就業人口は18万人を数える。

こうしてフランス経済の成熟とともに、ラ・デファンスもビジネス地区として円熟期を迎えたかのように見える。アーンスト・アンド・ヤング(EY)とアーバンランド研究所(ULI)が2017年11月に発表した世界の主要17ビジネス地区の魅力度ランキングで、同地区はロンドンの金融街シティー、ニューヨークのミッドタウン、東京の丸の内に次いで第4位につけた。ラ・デファンス地区に勤務する人々を対象に毎年行われている満足度調査でも、2017年には88%の人が同地区で働くことに満足していると答えている。

しかし、企業誘致を巡る国内外の競争がますます熾烈(しれつ)になる中、ラ・デファンス地区も過去の遺産の上にあぐらをかいているわけにはいかない。むしろ、急速に変化する経済環境に適応し、今後も世界屈指のビジネス地区としての地位を維持できるか、同地区は新たな正念場を迎えているといえる。

その点、最近の建設ブームは朗報だろう。2008年からの経済金融危機で下火となっていたビルの新改築や改修が、世界経済の復調を背景に、ここへ来て勢いを見せている。建設資材大手サンゴバンやゼネコン大手ヴァンシの新本社ビルをはじめ、数棟の高層ビルがすでに着工している他、改築・改修中のビルもあり、クレーンの姿が目立つようになった。さらに、鬼才ジャン・ヌーヴェル氏が設計した「HEKLA」(220メートル)や、国内最高層となる石油大手トタルの新本社ビル(244メートル)なども計画中で、2020年代前半にはラ・デファンス地区のスカイラインは大きく変わる。これら新世代の環境性能に優れた高機能ビルは、時代の要請に応え得るものともなる。

しかし、個々のデベロッパーのカテゴリーに属するオフィスビルとは別に、地区のインフラの再整備も急務となっている。新公団は2018年6月、今後10年間で3億6000万ユーロの投資を行うことにコミットした。特に、ラ・デファンス地区の特徴である道路や鉄道、駐車場、ビルの搬入出口などを覆う人工地盤は、1970年代に整備された当時のままで、劣化が目立っている。その人工地盤上は31ヘクタールもの広大な歩行者天国となっているが、広漠とした印象を与えかねず、公団では緑化やストリートファニチャーの配置、飲食施設の充実化にも取り組んでいる。また、同地区を取り巻く環状道路も県が国から移管を受け、長年の懸案であった補修に着手した。

2022年には、現在延伸工事中の高速郊外鉄道(RER)E線が開通し、利便性が一層向上する。また、グラン・パリ計画(首都圏整備計画)の一環として整備される地下鉄新線も、2030年をめどにラ・デファンス駅に乗り入れる予定で、これが実現するとパリ=シャルル・ド・ゴール空港までの所要時間は今よりも約20分短縮されて34分となる。ラ・デファンス地区は、すでに次のステップへ向け動き出している。

フランスを代表する大企業が集うラ・デファンス地区は、フランス経済の心臓部としてのイメージが定着しているが、それは旧態依然とした印象も与えかねず、今日の新しい産業を誘致する上では必ずしもプラスとはなっていない。実際、グーグルやフェイスブックなどのIT企業は、パリ中心部の若者が集う地区に拠点を置いている。同地区も新世代の起業家やスタートアップのニーズに応えられなければ、ビジネス地区としての地位低下は免れない。

この点でも、徐々にではあるが新しい動きが見られる。2018年3月、Paris&Co(パリ市経済開発公社)が中心となり、ラ・デファンス地区のランドマークであるグランダルシュ(新凱旋門)内にフィンテック分野のインキュベーター「Le Swave」がオープンした。2,500平方メートルのオフィスで20のスタートアップが活動を始めている。また、コワーキングスペースも2015年以降急速に増えつつある。その面積はすでに1万平方メートルに達しており、さらに2019年1月にはオランダ発祥のコワーキングスペース企業「Spaces」が、現在改修中のビルに1万8000平方メートルの巨大なオフィススペースをオープンする予定である。

昼夜、そして平日と週末の人口差が大きいラ・デファンス地区にとっては、観光・レジャーやエンターテインメントの要素を取り入れ、集客力を強化することも課題となっている。2017年10月、グランダルシュの西方約400メートルの場所に、完全密閉型の多目的スタジアム「Uアリーナ」がオープンした。今般、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したフランス人建築家クリスチャン・ド・ポルザンパルク氏の設計による真っ白なこのスタジアムは、ラグビークラブ「ラシン92」の本拠地である他、コンサート時の収容人数は4万人と欧州最大級の施設となっており、ローリング・ストーンズがこけら落とし公演を行った。

ラ・デファンス地区ではこのスタジアムを夜間や週末の集客の起爆剤にしたいと考えており、公団は3,000万ユーロで命名権を取得。2018年6月に名称が「パリ・ラ・デファンス・アリーナ」に改められた。同スタジアムは2024年のパリ・オリンピックで体操競技の会場としても使用される予定である。

パリ・オリンピック開催もにらみ、ホテルの整備も進んでいる。2015年にスペインのホテルチェーン「メリアホテルズ」が、2017年にはオランダのホテルチェーン「シチズンM」がそれぞれ客室数369室と175室のホテルをオープンした。今後もインターコンチネンタル ホテルズ&リゾーツなどの大規模ホテルの開業計画がある。ラ・デファンス地区では、シャンゼリゼ通りまでメトロで約10分という地の利を生かし、特にビジネス客が少ない週末の観光需要を掘り起こそうとしている。

ラ・デファンス地区自体が観光・レジャースポットでもある。2017年、グランダルシュの屋上が改修を経て8年ぶりに開放された。高さ110メートルのテラスからはパリが一望できる。1981年に開業し、現在も国内最高の来場者数(年間4,600万人)を誇る大規模ショッピングモール「レ・キャトル・タン」もある。その他にも1996年から毎年開催されているパリ首都圏最大のクリスマス市や、2018年に41回目を数えた夏のジャズフェスティバルなど、公団では殺伐としたオフィス街というイメージの払拭(ふっしょく)に努めている。

また2017年11月には、ラ・デファンス地区で30年ぶりとなる住宅も完成した。グランダルシュに程近い18階建ての「Skylight」は、113戸の分譲マンションの他に169室の民間学生寮や商業施設などを含む複合タワーとなっている。さらに、2018年秋には総室数402室の大規模な民間学生寮が新たにオープンすることになっており、同地区はオフィス街から多機能型の都市への変貌を図っている。

2016年10月、ロンドンの街頭に「霧(fog)に飽きたらカエル(frog)を試してみて」という文句とともに、ラ・デファンス地区を背景にしたカエルの姿を描いた広告が躍った。英国の欧州連合(EU)離脱を巡る国民投票から間もない中にあって、同地区が打ったこの広告は、ロンドン名物の霧に英国におけるフランス人の蔑称である「frog」を掛けたコピーの軽妙さとは裏腹に、EU離脱の現実を容赦なく突き付けるものとして大きな話題を呼んだ。

その国民投票から2年を経て、英国のEU離脱に伴う企業の移転は、当初大陸側で期待されていたほどには進んでいないように見える。しかしこの一件は、各国のビジネス地区が国内でのニーズに応えるだけでなく、国をまたぐ競争にさらされてもいることを改めて浮き彫りにした。無論、企業誘致には市場や税制、人材、法制度などの要素も重要となるが、オフィス環境のクオリティーも当然無視できない。

2018年7月、英国のEU離脱に伴いロンドンからパリへ移転することになっている欧州銀行監督機構(EBA)は、パリ市内とラ・デファンス地区の双方を検討した後、後者にオフィスを置くことを決めた。ラ・デファンス地区の関係者はほっと胸をなで下ろしたことだろう。同地区の次の60年に向けた歩みはすでに始まっている。

(初出:MUFG BizBuddy 2018年7月)