仏では、新型コロナ危機を背景に、中国が情報を隠匿した上、虚偽の統計を発表したなどとして、反中感情が拡がっている。本稿では、仏での反中感情の高まりと、今後のフランスのグローバリゼーションへの対応に関して考察する。
4月22日付けの仏経済紙レゼコーは、エドアール・トレトー氏(ベルギーのメディア・グループのMediafinの創設者・共同経営者)の「中国は償わねばならないだろう」と題された論壇を掲載した。論壇において、トレトー氏は、現在の新型コロナ危機が、中国政府が、2019年11月末にすでに新型コロナウイルスの存在を知りつつ、自国国民と国際社会に知らせるのを怠り、危機の世界的な拡大を招いた上、中国での感染者数をことさらに少なく見せるなど、統計操作を行ったにもかかわらず、中国政府が自国の危機対策を模範的なものだとのプロパガンダを展開するのは許しがたいと糾弾している。その上で、トレトー氏は、中国政府が自らの犯罪的行為が招いた新型コロナ危機の責任を取らねばならないだろうと主張、国際機関からの中国の影響力排除、中国投資家の国外企業への議決権排除、中国発のテクノロジーの排除、中国からの輸入品への5年間の追加関税20%などが必要だと力説している。
本稿では、今回の危機に関してどこまで中国政府に責任があるのかをトレトー氏のように問うことは、現状では検証できないことなので控えるが、このような激烈な反中国の論壇が、フランスの代表的経済紙であるレゼコーに掲載されたということに注目したい。レゼコーは、現在では、紙版で発行されているものとしては、仏唯一の経済紙であり、日本で言えば、日本経済新聞に当たる。そのような大新聞が、社説としてではなくとも、トレトー氏の論壇を掲載したことは、フランスでの反中国感情の高まりを象徴する出来事と言えるだろう。
このような反中国感情は、中国側の対応に問題があったことにもよるが、今回の危機により、仏経済・社会の中国への依存ぶりが如実に示されたことにも由来している。それが如実に表れたのが、今回の危機で仏国内で大きな問題となったマスク不足問題だ。
仏政府は、当初は、一般人にはマスクは必要なく、ソーシャル・ディスタンシングの徹底だけで十分だとの態度だったが、実は、医療関係者や、リスクに晒される職業の従事者向けのマスクも備蓄がほとんどないということが判明し、医療関係者などから厳しい批判を浴びた。そこで、仏政府は、マスクづくりが可能な企業などに生産を要請したが、それではまったく足りず、中国からの航空機によるピストン輸送による輸入に追いこまれた。しかし、中国からの輸入に関しては、軌道に乗るまでは困難も大きく、独自ルートで輸入を図った仏地域圏の一部が中国企業に発注したマスクが、同じくマスク不足に陥った米国により高値で横取りされてしまったという話も流れた。この話は、イルドフランス地域圏のバレリー・ペクレス議長自らがテレビで認めた話だが、米政府が否定したのはもちろん、仏国内でも否定する向きもあり、真偽の程は詳らかではない。しかしながら、この話は、仏国内での反米感情だけでなく、仏が買い付けたマスクを高値で他国に売ったということで、中国のイメージ低下にもつながったことは否めない。加えて、仏では、マスクの備蓄がないだけではなく、国の備蓄向けに医療用マスクを生産していた工場が米企業に買収された後、チュニジアへの生産拠点移転のため2018年に閉鎖されていたということも報道され、マスク不足にまつわる国民の不満は高まった。マスクの備蓄がないという政府の不手際に加え、自国でマスクを生産できないというフラストレーションが、反中国という感情に転換されたのである。
以上に述べた事情から、フランスは、中国産マスクの輸入に依存することを余儀なくされたわけだが、それにより、仏政府が中国に対して強く出られないのではないかという疑いも生まれた。マスク不足が、仏外交の信頼性をも揺るがす事態になったのである。また、危機に際して、グローバリゼーションに対する批判も、これまで以上に強く叫ばれるようになった。グローバリゼーションにより、国境を超えた人の往来が増え、新型コロナウィルスの伝播が爆発的に早まった上、生産のグローバリゼーションにより戦略的物資も国外で生産されるようになり、今回のように危機的状況に陥ったときに安全保障上の問題が生じるという批判である。
このような反グローバリゼーションの言説は、今回の危機により、多くの国々が国境を閉ざしたことも手伝って、人々にとっては説得力を持つものと思われる。しかしながら、グローバリゼーション以前にも、パンデミックはあったし、場合によっては、情報不足によりそれがパンデミックであることを知らないままに死んでいった人々も多かったと思われる。それに比べて、現在は、インターネットなどのおかげで情報の伝達スピードは格段に向上しており、パンデミックへの対策も取りやすくなっている(情報が隠匿されていたり、歪められている場合は別だが。。。)。また、現在のグローバリゼーションが、文化的な面は別として、経済的には実は「チャイニーズ・グローバリゼーション」とでも言うべき歪んだものであることも考慮すべきであろう。中国バッシングをするつもりはないが、生産が中国に一極集中しているような状況はいびつなものであり、本来の意味でのグローバリゼーションには程遠いものだ。最初に触れたトレトー氏の論壇は、それが妥当なものであるかは別にして、「チャイニーズ・グローバリゼーション」の問題点を指摘しているものとして読むことはできる。
さて、以上のような考察を踏まえると、今後のフランス政府が取る道が多少ながら予想できるのではないだろうか。まずは、当然のことだが、「医療安全保障」という考え方が浮上してくると思われる。フランスは、以前から安全保障に関しては、非常にシビアな考え方をする国であり、その例としては、仏独自の核抑止力を確保するためとして、シミュレーションに移行する前の核実験に踏み切ったシラク元大統領が挙げられる。従って、今回のマスクの件で、中国に依存せねばならなかったのは非常に辛い状況だったのではないかと推察される。このような状況に陥るのを防ぐため、今後は、医療や衛生に関する機器や器具に関する企業の防衛が国家的課題となると見られ、この分野でのM&Aに対しては、国の監視の対象となるのではないかと思われる。極端なことを言えば、今後は、いかなる政府も医療用マスクを生産する企業が経営破綻したりすること許すとは思われず、事実上の国営企業といってもよいステータスを得ることになろう。それ以外にも、医療・衛生に関する様々な企業が政府のM&Aが政府の監視下に置かれることが予想される。また、本題から多少外れるが、今回の危機においては、外出制限の下、テレワークが半ば義務付けられたが、その際に、国外のテレワークやビデオ会議向けのアプリケーションへの依存が大きくなりすぎることが問題となった。デジタル経済担当のセドリック・オー閣外相は、仏下院文化委員会での自らの聴聞に外出制限以来急速にフランスで普及したZoom(ビデオ会議ソリューション)が使用されていることに触れ、「現時点では、Zoomがユーザー・エクスペリエンスの点で最も優れているいることは認めるが、デジタル経済担当閣外相である私としては、Zoomが仏国会の公式会合に利用されていることには懸念を抱かざるを得ない」と述べ、Zoomを使用しないよう強く求めた。Zoomに関しては、仏政府デジタル関連省庁間総局は、データ保護の面で問題がある上、セキュリティ・ホールも発見されており、国家公務員には使用しないよう強く勧告している。この分野では、フランスが、中国ではないが、米国に依存していることが白日の下に晒されたわけで、仏政府は今後、テレワーク向けのツール開発を強く推進することになると見られる。
以上見てきたように、フランスでは、医療分野やデジタル・ソリューションの重要性が飛躍的に高まり、それらの分野の企業は、ある程度、国策に従わねばならないことになると見られるが、これらすべてをフランスだけでカバーすることは困難であろう。上で見たZoomの例は、フランス独自のソリューションを求めることの限界を如実に示していると言えよう。グローバリゼーションの拒否にしても然りである。仏経済はむしろ、調達先の多様化など、本来の意味でのグローバリゼーションを推進する以外に道はないのではないだろうか。