新型コロナ危機により、世界中で社会や経済のあり方から、個々人の行動・意識・ライフスタイルまでが大きく変化しつつある。フランスでは、社会・連帯・環境への関心が再び高まっているようだ。本稿では、新型コロナ危機による企業の社会的責任(CSR)の再評価、社会・連帯・環境の改善提案自体を事業の柱とする企業への注目度について考察する。
世界の他の国同様に、フランスでも新型コロナ危機やロックダウンにより、一国の社会や経済のあり方から、個々人の行動・意識・ライフスタイルまで大きく変化しつつある。危機が終わったら、また以前に戻る部分もあるだろうが、新しい慣行や行動様式が定着する部分もあろう。ラテン気質のフランス人の間でも社会的距離が一気に遠くなり、抵抗の強かったマスクも着用義務化により浸透、自転車や電動キックスクーターの利用者が急激に増え、見慣れたパリの風景がだいぶ変わった。そんな中、街中の風景には現れない部分で俄かに、社会・連帯・環境への関心が高まっているようだ。
フランスは「タックス・フリーダム・デー」(個人納税者が年頭来の所得をすべて納税に充当したとして税金を払い終える日)がEU加盟国中でも1、2位を争うほど遅い。また、社会保障費用の対GDP比も、医療・福祉・年金それぞれの部門でEU加盟国中ほぼ最大という課税圧力の高い国である。つまり、もともと社会福祉が比較的充実した、福祉への意識が高い国であると言える。2020年6月に行われた市町村選挙では、環境政党ヨーロッパエコロジー・緑の党(EELV)が躍進して、リヨンやボルドー、ストラスブールなどの主要都市でも環境派の新市長が誕生したが、これも国民の環境への関心の高さを示している。
フランスは社会・連帯・環境保護への注目度が元来高めであるところに、新型コロナで先行きに不安を覚える人や消費一辺倒で都市部に集中した経済・社会に対して疑問を抱く人が増えたのだろう。この気運に乗ってESG(環境:Environment、社会:Social、ガバナンス:Governance)への関心が再び高まっているようだ。
2020年11月9日付けのル・フィガロ紙は、社会的責任投資(SRI)特集を組んだ。その中でSRIコンサルタント「Des Enjeux et des hommes」の創設者は「この春、2008年の金融危機時と同じく、企業における社会・環境への関心が、新型コロナ危機という新しい危機により急激に薄れるのではないかと危惧した。しかし実際には逆のことが起こった」という。新型コロナがもたらした健康・医療・経済上の緊急課題が、ESGに対する人々の意識を高め、行動を起こさせるようになったのだそうだ。
SRIの格付け会社「EcoVadis」では、2020年3月以来の売上高が前年比で40%増加したという。起業支援や企業のスケールアップ支援を行う「Réseaux Entreprendre」は、同年3月に開始された1回目のロックダウン解除後の同年6月頃から、支援するプロジェクトの査定に社会への貢献度という項目を導入している。これと同時期に、パリ株式市場をはじめとする欧州諸国の株式市場を運営するユーロネクストが、環境配慮の銘柄を選んだ既存の指数を強化し、新たに企業の社会的責任(CSR)を重視した新しい指数を創設すると発表した。
この計画ではまず、2008年に創設した「ローカーボン100」指数を見直し、パリ協定の目標がより反映されるような形に改める。また、企業の社会的責任(CSR)に積極的な銘柄を集めた「ユーロネクストESG 80」指数を創設する。ユーロネクストはCSRに敏感な投資家が増えていることに配慮し、パッシブ運用の需要も大きいことから創設を決めたと説明している。ユーロ圏で時価総額が最も大きいトップ300銘柄を選び、そこから、E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)それぞれの項目について下位20%の企業を振るい落としていき、さらに、石炭やたばこ、一部の兵器などに関係した企業も除外するという形で、トップ80社を選んで指数を構成するようだ。
片や新型コロナ危機により企業は、その存続すら危うい現状にあって、ESGといった二次的な課題に対応できるものであろうか、という疑問も起こる。しかし、ル・フィガロ紙によると「今回の危機により、従来からESGに力を入れていた企業の強みが浮き彫りになった」側面もあったようだ。ロックダウンのような厳しい措置の下で、比較的堅調に事業を継続できたのは、サプライヤーとの良好な関係を築いていた企業であったという。
サプライヤーとの信頼関係はESGの柱の一つだ。個人レベルでは、ロックダウンで消費行動にブレーキをかけられた消費者が、買い求めるブランドやその販路を、より慎重に選ぶようになったという面もある。地産地消やショートフードサプライチェーン(SFSCs)などの取り組みに見られる、個人や企業の消費行動の変化やオルターナティブな販路の利用拡大は、新型コロナ危機以前から始まってはいた。しかし、移動や輸送が制限された今回の危機で、この傾向が強まったようにも思う。
また、フランスでは新型コロナ危機で医薬品や医療機器の不足・輸入依存が問題視され、産業の空洞化に改めて注目が集まった。製造業の国内還流は政府の一大優先課題となり、より持続可能な形で「メイド・イン・フランス」製品を生産できる体勢を整えることが国の急務となった。さらに、サーキュラーエコノミーやシェアリングエコノミーといった新しい経済の登場によるパラダイムシフトが危機を機に加速したことで、企業側のビジネスモデルの見直しが以前にも増して必要になってきたことも、ESGに再度注目が集まり始めた理由の一つかもしれない。
ESG投資に関連するインパクト投資は、社会的・環境的な改善をもたらす提案を行う企業に、その事業がもたらすインパクトを査定した上で投資を行う、というものだ。「ESG投資の一つ」、「ESG投資の延長線上にあるもの」、「ESG投資とは似て非なるもの」など、インパクト投資の定義づけには若干揺れがあるようだが、筆者はESG投資とインパクト投資の違いについて、以下のように理解している。
・ESG投資
社会・環境的な改善をもたらす財やサービスの提案を主要な事業としていなくとも、 ESG改善努力を行う企業に投資をすること。
・インパクト投資
社会・環境的な改善をもたらすこと自体を主要な事業とする企業や団体に投資すること。
インパクト投資の対象となる企業や団体は、必然的に比較的新しいビジネスやサービスを展開する、ベンチャー的な要素のあるところになるように思う。インパクト投資に特化したファンドImpact Partnersの創始者で、投資ファンドを集める仏業界団体「フランス・インベスト」のインパクト投資委員会委員長を務めるコルニエティ氏は、「2012年時点でフランスにはインパクト投資ファンドが8つしかなく、運用資金も2億ユーロにすぎなかったが、現在インパクト投資ファンド数は35に増え、運用資金も30億ユーロを超えるようになった」という。
別のインパクト投資ファンドであるPhitrust Partenairesは、社会・連帯をテーマとしたサービスや支援を提案する企業や団体を対象にした投資を行っている。日本では馴染みがないようだが、フランスでは比較的よく耳にする「連帯金融」に根ざしたファンドであると思う。同ファンドは15年前に社会的弱者や長期失業者の社会参入支援を行う団体Varappeに融資を行った。当時Varappeの売上高は300万ユーロであったが、これが今日4,000万ユーロに上るまでに成長したという。確かにインパクト投資ファンドが狙うリターンは2~3%で、機関投資家にとっては非常に低い。しかし、こういった投資ファンドは口を揃えて、機関投資家からの需要が大きく増えているという。社会・環境への取り組みは金融のプロからも、単なる貢献ではなく、利益をもたらすビジネスチャンスとして捉えられ始めているということの証拠ではないかと思う。
ESGやCRIという言葉を初めて聞いたのは2000年前後だった気がする。大企業はESGへの自社の取り組みをサイトで大きく取り上げ、中小企業も「環境に優しい」、「社会に貢献」といったキーワードを商品や事業の紹介に使うようになり、そこからこの言葉は、どこか陳腐化してしまったところがあるように筆者には思われていた。
一方、社会の圧力を前にして、あるいは自社のイメージアップや売り込みの材料としてスタートしたESGへの取り組みが、徐々に自身の課題としてより深刻に受け止められ、単なるポーズではなく、例えばゼロエミッションの輸送手段の利用や開発など、長期的な視野に立った抜本的な変化をもたらすものへと拡大してきたとも感じる。そして最近、新型コロナ危機を背景とした社会経済の大きな変化を前に再びこの言葉を見かける機会が増えてきて、さらに「インパクト投資」、「連帯金融」といった言葉が目につくようになった。社会や自身の存続が脅かされているという危機感から、ESGに対する社会の意識も個人の意識も、この機にまた別のステージに移行する、あるいは大きく横にシフトしているところなのだろう、と感じる次第である。
(初出:MUFG BizBuddy 2020年11月)