フランスでマンガ・ブームが到来

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

フランスでは空前のマンガ・ブームが続いている。フランスは、かなり前から日本に続く世界第2のマンガ市場なのだが、2020年に入って拍車がかかった。本稿では、このようなブームの背景について考察する。

フランスでは空前のマンガ・ブームが続いている。フランスは、かなり前から日本に続く世界第2のマンガ市場なのだが、2020年に入って拍車がかかった。調査会社GfKによると、フランスでのマンガの販売部数は2021年1-8月に2,800万部を突破、前年同期からの伸び率は120%弱に達し、バンド・デシネ*市場(従来型バンド・デシネ、マンガおよびアメリカン・コミックス)でトップに立った。マンガが同市場でトップに立ったのは初のこと。マンガの売上は2億1200万ユーロ強に達し、前年同期比で124%増と倍増以上を記録した。また、マンガがバンド・デシネ市場全体に占めるシェア(金額ベース)は47.5%に達した。ちなみに、バンド・デシネ市場全体での発行部数は5,000万部近くとなり、売上は5億200万ユーロと、前年同期比で66%増であった。従来型のバンド・デシネも好調だが、その伸び率は小さい。

フランスのマンガ専門出版社Ki-oonは、マンガ市場が過去5-6年前から二桁の成長を続けており、2021年になってからは増刷に追われていると証言する。Ki-oonは、大ヒット作の『僕のヒーローアカデミア』の仏語版を出しているが、フランスでの発行部数はすでに600万部に達している。書店では、しばしば他の書籍を押しのける形で、マンガコーナーが拡張されている。

このような現象の理由としては、若者層における日本のポップ・カルチャーの人気、一巻当たりの価格の安さ(6~8ユーロ)、娯楽小説風の中毒性のある語り口、新刊の出る頻度(同じシリーズで毎年3、4巻)などが指摘されている。加えて、メディアミックスも成功している。『ワンパンマン』の仏語版などを手掛けるフランスのマンガ専門出版社Kurokawaでは、ロックダウンの際に、フランスの若者層がネットフリックスやアマゾン・プライム・ビデオ、あるいは、アニメ専門ストリーミングサイトのAND(Anime Digital Network)やCrunchyroll、Wakanimなどでマンガを原作としたアニメに触れ、原作マンガの読者になったと説明している。

マンガの売れ行きの好調は、フランス政府が導入したカルチャー・パスの予期せぬ効果とも見られる。「身近なところにある文化を発見する」ために、18歳の若者に支給されたカルチャー・パス(300ユーロ)がマンガの購入に充てられたようだ。多くの書店が、マンガだけを目当てにした若者の来店が増えたと証言する。筆者もマンガ好きであり、近くのバンド・デシネ専門店によく行くが、同店では新型コロナ危機直前にマンガコーナーを専門店として独立させた。マンガ部門を拡張したばかりにもかかわらず、人がいつもいっぱいで手狭に感じるほどだ。店員にさらに拡張が必要ではないかと冗談交じりに言ってみたところ、冗談抜きでさらなる拡張が必要かもしれないという返事が返ってきた。

このような急成長は、特別な措置による一時的なものとの見方もあろうが、その持つ意味は大きい。今のフランスの若者達は、文化関連に自由に使える金があれば、他のサービスや製品ではなく、マンガを買いたいと思っているわけだ。マンガ市場の先行きは明るいと言えるだろう。

フランスの文化関連製品専門サイトであるSensCritiqueのユーザー、4,339人が参加したアンケートによると、ベスト・マンガ・ランキングの第1位には『ONE PIECE』、第2位に『ドラゴンボール』、第3位に『DEATH NOTE』、第4位に『ベルセルク』、第5位に『鋼の錬金術師』、第6位に『NARUTO -ナルト-』、第7位に『AKIRA』、第8位に『GTO』、第9位に『進撃の巨人』、第10位に『MONSTER』など、日本でもおなじみの作品が並ぶ。

第16位に谷口ジローの『遥かな町へ』が入っているのが、日本人の読者には目新しいかもしれない。2017年に亡くなった谷口氏は、おそらく日本よりもフランスでの評価のほうが高い稀な漫画家の1人で、彼の主要作品はほぼすべて仏訳されており、芸術関係の賞を数多く受賞している。谷口氏の場合は、自らがフランスのバンド・デシネに影響を受けたと語っており、マンガとバンド・デシネの中間的なその作風がフランス人に評価されたようだ。また、谷口氏の作品には、フランスで最も評価の高い映画監督である小津(安二郎)監督風と言われるものもあり、フランスでの評価が高いのもうなずけるところがある。

フランスで人気のある過去数年の作品としては、上のランキングとも重なるところがあるが、『ONE PIECE』『NARUTO -ナルト-』『進撃の巨人』『FAIRY TAIL』『鬼滅の刃』などが挙げられ、日本で人気のある作品が、フランスでも成功するチャンスが大きいのは疑いようがない。ちなみに『鬼滅の刃』は、フランスでは2016年2月に第1巻が発売されたが、当初はまったく売れず、第3巻で打ち切りになってしまった。日本での人気急上昇を受けて、同じ出版社からタイトルを変えて出されたところ、ようやく人気が出たという少し変わった経緯を辿った。では、日本でのような爆発的な人気を獲得したかというと、そうとも言えない。『鬼滅の刃』の仏語版を出しているフランスの出版社Paniniによると、『鬼滅の刃』の各巻の発行部数は10万部超で、第1巻から第17巻で累計200万部に達した。かなりの売れ行きではあるが、『ONE PIECE』や『NARUTO -ナルト-』のような大ヒットとは言えないだろう。

ごく最近の傾向としては、異世界転生・転移ものブームが挙げられよう。日本でも見られた現象なので、それがフランスに持ち込まれただけという話もあるが、今では完全に定着したようだ。異世界転生・転移ものには輪廻思想の影響が顕著だが、輪廻思想が身近ではないフランスでも、違和感なく受け入れられている。コンピュータRPGの影響があるのかもしれない。

また、フランスにマンガが輸入される前に日本で活躍した主要な漫画家の紹介も徐々に進みつつあり、手塚治虫や石ノ森章太郎、永井豪、ちばてつや、萩尾望都など、各氏の作品の仏訳版も刊行されつつある。ごく最近では、竹宮惠子の『地球へ…』が同氏の作品としては初めてフランスで出版された。筆者としては、山岸凉子の『日出処の天子』などの仏語への翻訳を期待しているが、フランスの読者に歴史的背景に関する知識がないことや翻訳の困難さなどから見て、残念ながら実現は難しいかもしれない。

フランスでは、毎年1,700タイトルほどのマンガが出版されているが、多数は仏訳されたものだ。当然、翻訳に問題があるものも出てくる。特に初期には多く見受けられた。一応、翻訳を生業としている筆者としては、原作とはどう考えても違うと感じることも多かった。この傾向は特にギャグマンガで強く、日本語で読んで笑えた作品が、フランス語で読むとどうも笑えないケースもあり、ユーモアとは文化により大きく違うものだと思わされた。上に挙げたベスト・マンガ・ランキングにも、ギャグマンガはほとんど見られない。

ストーリー・マンガでも、フランス語では男女で言葉遣いが変わらない、あるいは敬語がほとんどない、さらには主語となる代名詞が非常に限られている(日本語では単数一人称の代名詞が「私」「僕」「俺」、果ては「あちき」など豊富だが、フランス語では「je」一つしかない)といった理由で、吹き出しが1コマの中にいくつかあると、どのキャラクターの発言か筆者にも分からないケースが多々あった。現在では、キャラクターごとに吹き出しの形を変えたりなどの工夫がなされたせいか、かなり改善されたが、国外での翻訳出版を念頭に置くのなら、日本の出版社や作者側にも一考の余地があろう。翻訳や吹き出しの修正などはおそらくフランス側の出版社が担当するだろうから、日本の出版社や作者側にこのようなことを求めるのは酷かもしれないが、今やマンガは「Manga」になりつつあるという視点も持つべきではないかと考える次第である。

最近は、韓国や中国のマンガ(これらの国の作品は自国でマンガとは呼ばれないが、一般のフランス人はすべて「Manga」と見なしている)も、フランスの書店で徐々に増えてきている。確かめる術がないが、特に韓国発の作品などは、国外で売ることを踏まえて作られているのではないかと推測する。昨今の世界的なK-POPも、最初から輸出を念頭に置いている感がある。マンガでもそういう可能性がないとも言えない。中国や韓国との競争にも備えて、日本の出版関係者も、マンガのよい点を残しつつ、世界の「Manga」を視野に入れるべきではないだろうか。

ところで、フランスでマンガが大きく普及したのには、すでにバンド・デシネという文化的素地があったことが大きいのは確実だが、それだけではないと思う。私見になるが、フランスにかつて、新聞連載小説という伝統が存在していたことが、実は下地としてあるのではないか。「かつて」というのは、現在では、新聞連載小説は、バカンス期間を除いてはめったに見られないからである。なぜなら、1830年代に出現し、大流行した新聞連載小説は、「大衆におもねる退廃的なものであり、社会を脅かすものだ」という激しい批判に晒され、1850年には新聞連載小説を掲載する新聞に税金がかけられたからだ。これには、新聞連載小説が「大衆におもねる退廃的なもの」というだけでなく、パリの貧民や下層社会を描いた『パリの秘密』など、一部には社会主義的側面があったことも関係していると思われる。

しかしながら、オノレ・ド・バルザックも新聞連載小説を書いたし、アレクサンドル・デュマ・ペールの『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』などの傑作も新聞に連載され、大人気を博した。当時はデュマ・ペールに匹敵する人気を誇ったウージェーヌ・シューの『パリの秘密』も大成功を収め、多数の追随する作品を生み出した。特に『モンテ・クリスト伯』は、『巌窟王』のタイトルで明治時代に黒岩涙香が翻案して非常な人気を博し、現在でも日本でアニメ化されるなど、広く知られている。

興味深いことに、新聞連載小説が大きな成功を収めたのは、世界でもなぜかフランスと日本だけであり、わずかな例を除くと、他の国では見られない。これは、マンガが日本とフランスで大成功していることを想起させるものだ。もちろん、これだけをもって、新聞連載小説という伝統が、フランスでのマンガの成功をもたらしたと言うことはできない。

ただ、フランス人のほとんどは、青少年のころに『モンテ・クリスト伯』や『三銃士』を読み、連載という形式がもたらす「語り口」に慣れているのだ。この「語り口」については、19世紀に新聞連載小説を強く批判したグスタフ・ヴァペローという人が、「(新聞連載小説における)理想は、エピソードの最後に、血だらけの頭を掴んだ壁から出てきた腕を見せて、腕は何だったのか、頭は何だったのかという二重の問いかけをした後で、解決を次のエピソードに先送りにするというものだ。だが、その答えを作者はまだ知らない」と皮肉交じりに要約している。これは、カリカチュアとは言え、まさにマンガやウェブ小説に頻繁に使われる技法だ。フランスでは、新聞連載小説の最盛期には、複数の作者が1本の小説を書くということも行われたようで、これも、作者と編集者およびアシスタントの共同作業という日本のマンガ制作の手法を彷彿とさせる。

日本の新聞連載小説の端緒は、明治期の自由民権運動系の新聞が政治小説を掲載したことだが、そもそも自由民権運動へのフランスの影響が非常に大きかったのはよく知られたことである。日本人が毎日読んでいる新聞連載小説は、今では消えてしまったフランスの新聞連載小説という伝統の世界でおそらく唯一の後継者なのである。そして、今では、日本のマンガが、フランスの新聞連載小説において生まれた語り口や表現技法を発展させつつ、フランスの老若男女の心を捉えている。文化の受容や相互干渉というものは非常に複雑であり、単にマンガのフランスでの受容というだけでも、その背景を考えてみると、いろいろなものが見えてくるのではないだろうか。

※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。

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* バンド・デシネ(bande dessinée)とは、フランスやベルギーなどを中心とした仏語圏の漫画であり、フランスでは「第9の芸術」と呼ばれる。マンガの主流が大衆文学的な性格が強いのに対し、いわば純文学的ともいえる傾向が強いと言える。

(初出:MUFG BizBuddy 2021年10月)