フランスの消費者団体が警鐘:オーガニックサーモンに意外な弱点

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

サーモンはフランスで最もよく消費されている魚であり、特にクリスマスや大みそかの食事にはスモークサーモンが欠かせない食材と見なされている。スモークサーモンの1人当たり消費量でフランスは欧州のトップ。フランスではサーモンの養殖はほとんど行われていないが、輸入サーモンを薫製にする技術はお家芸になっている。本稿ではフランス人の食生活におけるサーモンの位置付けについて考えてみたい。

フランス人が好む魚の筆頭はサーモンだろう。そして、クリスマスや大みそかの食事になくてはならない食材の一つがサーモンである。特にスモークサーモンはフォアグラやカキやシャポン(去勢された雄鶏)などと並んでマストになっている。世論調査によると、フランス人の9割以上がスモークサーモンを食べると回答し、7割以上がこうしたお祭りの時期にはスモークサーモンが欠かせないと考えている。

本稿ではフランス人の食生活におけるサーモンの位置付けについて考えてみたい。なお、サーモンはもちろん鮭(サケ)のことだが、フランスで消費されているものは、日本でいう「鮭」とは必ずしも完全に一致しないことも考慮して、本稿では「サーモン」で統一する。ちなみに、フランス語では「ソーモン」という。スモークサーモンは「ソーモンフュメ」である。

フランスで消費される主な魚介類はサーモン、タラ、ムール貝、エビなどだが、2016年6月9日付のル・フィガロ紙は、2015年の消費量について、サーモンは6万6500トン、タラは5万8000トン、ムール貝が4万9000トン、エビが4万5000トンと報じた。一方、2016年12月16日付のル・モンド紙は、フランスでの2015年のスモークサーモンの消費量を3万6900トンと報じ、1人当たりの年間消費量は560グラムに達して、ドイツの460グラムを上回り、欧州で首位だとしている。

フランス人は通常、特に魚介類を多量に食べる国民とのイメージはないかもしれないが、サーモンについては欧州でも有数の消費者なのである。もちろん価格の変動や風評などに左右される部分はあるが、長期的傾向で見ても、フランス人が一番多く食べる魚はサーモンだといってよさそうだ。

2013年11月に、ノルウェー産の養殖サーモンの健康へのリスクを警告する報道番組が国営テレビのフランス2で放送され、これがサーモンのイメージ低下を招いたこともあって一時的に消費が低迷し、タラに抜かれたりしたものの、その後はまた順調に回復している。ノルウェーにおけるサーモンの養殖の実態については今でも論議があるが、ノルウェー当局が批判に対して科学的見地から反論する一方で、養殖方法の規制を強化し、健全性を強調して名誉挽回に努めたことで、イメージは改善している。また近年の日本料理ブームで、すしがフランス人の食生活にすっかり浸透したことも、サーモンの消費回復に拍車を掛けている。フランスではサーモンが最も一般的なすしネタになっているからで、これもフランス人のサーモン好きを裏付ける現象といえるだろう。もちろん、薫製や生で食べる以外に、切り身を料理して食べることも多い。

ところで、上記でスモークサーモン、フォアグラ、カキ、シャポンなどを列挙した。これにクリスマスや大みそかには欠かせないシャンパンをはじめとするワインを追加してもいいが、あらためて眺めてみると、これらの食品のうちサーモン以外のものはフランス国内で生産されていることに気づく。フォアグラなどは世界に誇る特産品ですらある。しかしサーモンに限っては、フランスは必ずしも生産国とはいえない。いや、スモークサーモン自体は、多くがフランス国内の薫製メーカーの製品なのだが、原料であるサーモンはほぼ全面的に輸入品に依存せざるを得ない点が、他と比べて少し異色といえるかもしれない。

スモークサーモンの原料となるサーモンの輸入元は、上記のル・モンド紙の報道によれば、ノルウェーが67%、スコットランドが22%、アラスカが5.5%、アイルランドが4%という内訳だそうだ。このうち、アラスカ産のものだけが天然物で、冷凍して輸送されてくる。ちなみに、フランス国内でもブルターニュおよびノルマンディーではサーモンの養殖を行っているが、年間生産量はわずか1,200トンにすぎない。

このようにフランスではサーモン自体の養殖はほとんど行われていないが、サーモンの薫製技術は非常に発達しており、しかも長い歴史と伝統に裏打ちされている。先史時代の洞窟の遺跡からも薫製の痕跡が見つかっているという。より近い時代に限っても、各地の河川にダムが建設される以前には、多数のサーモンがロワール川やアドゥール川などをさかのぼっていたため、これを捕獲して薫製にしていた歴史がある。

2015年の時点で、フランスにはスモークサーモンのメーカーが27社ほどあり(いずれも中小企業)、5億2700万ユーロの年商を記録した。これはフランスのスモークサーモン市場の4分の3程度のシェアを占めるという。

ところで、フランスの総菜加工業界団体ETFは2016年11月に、同年は特にサーモンの価格が高騰しており、入手が困難になりつつあるとの警告を発している。サーモン好きには受難の季節になるかもしれない。

サーモンは生産量が頭打ちとなる一方で、世界的に需要が伸びており、過去1年で5割から6割値上がりしたという。消費者もさることながら、原料の品不足と急騰はスモークサーモンを製造する薫製メーカーを圧迫している。ETFの警鐘がプレッシャーとなって流通大手が小売価格の引き上げに踏み切る可能性もある。

元来がぜいたく品という扱いなだけに、多少の値上げで消費者の購買意欲が減退するリスクはなさそうだが、スモークサーモン業界にとって重要なこの時期に、さらに追い打ちをかけるように、大手消費者団体「6,000万人の消費者」がいささかショッキングな調査結果を発表し、業界に衝撃が走った。

「6,000万人の消費者」は同名の月刊誌の2016年12月号で「オーガニックサーモンにレッドカード」と題した特集を組み、養殖サーモンの汚染度調査で、意外なことに「オーガニック養殖」のサーモンの方が、従来型の集約型養殖のサーモンよりも汚染度が高いという結果を明らかにした。この調査は、10種類の生サーモンの切り身と15種類のスモークサーモンを対象に、水銀、ヒ素、ダイオキシン、ポリ塩化ビフェニル(PCB)などの有害物質の含有量を測定したものだが、生サーモンの切り身ではオーガニックサーモンの方が水銀などの重金属の含有量が多いという驚くべき結果が出たという。しかも2014年に実施した前回調査よりも増えていた。

なお、ここで「オーガニック」というのは、魚自体と周辺環境に及ぼすストレスを軽減する形で一連の基準を順守した養殖方法のことで、有機農業のコンセプトを養殖に応用したものだが、農業の場合ほど基準は明確ではなく、国際的に統一されてはいない。サーモンの養殖では特にアイルランドがこうした養殖で有名であり、またノルウェーも上記のイメージ改善の狙いもあって注力しているが、今回の調査では、生産地とは無関係にオーガニック製品の成績が悪かったことが注目される。抗生物質・ホルモン剤の乱用を控え「より自然な餌」を用いるオーガニックは、消費者の健康にとっての安全性が本来のセールスポイントであるはずだが、調査では、残留農薬がオーガニックサーモンだけから検出されるというショッキングな事態も確認された。検出された農薬はすでに数年前から使用を禁止されているものであり「オーガニック=安全」という神話があっけなく突き崩された。これは一体どういうことなのか?

専門家によると、まさしく「自然に近い餌」を用いることがオーガニック養殖の落とし穴となり、こうした逆説的な結果を招いているのだという。サーモンの餌として、従来型の養殖では主に植物性の餌を与えているが、サーモンは、本来は肉食魚であり、オーガニック養殖では「自然な性質」に配慮して、イワシなどの小魚を原料とする魚粉を動物性の餌として与えている。ところが、成分を調整しやすい植物性の餌と異なり、魚粉の原料となる小魚は重金属や農薬などで汚染されていることも多く、それを除去できぬままに餌として与えることになっているという。

この調査結果は他のメディアでも広く紹介されており、オーガニック製品の売れ行きに影響が及ぶことは間違いないだろう。ただし、幸いにして、オーガニックサーモンも含めて健康に悪影響が及ぶほどの含有量はいずれの切り身からも検出されなかった。また、加工品であるスモークサーモンの方は15種類ともむしろ成績が良かったという。これは、加工の過程で汚染度の高い部位(脂肪組織など)を取り除く結果だと専門家は説明している。「自然」であることが必ずしも安全だったり、健康的だったりするわけではないことの一例だろう。

おかげで、クリスマスや大みそかにスモークサーモンを食べる際に、ことさら心配する必要はなさそうだ。ちなみに「6,000万人の消費者」は60人の愛好家を対象に、スモークサーモンを味見・採点してもらったが、高価な製品が必ずしも高得点を得たわけではないというから懐具合にも嬉しい調査である。

なお、フランス語では「オーガニック」のことを「ビオ(BIO)」と言う。BIOはBIOLOGIQUE(生物学的な)の省略形で、最近は有機食品を専門とする「ビオ」の売り場や店が人気を高めている。バイオテクノロジーやバイオハザードなどの「バイオ」と同じく「BIOS」を語源とする言葉で、遺伝子組み換えなどを連想しないでもないが、安全で健康に良いことが売り物なので、誤解なきように。

(初出:MUFG BizBuddy 2017年1月)