あることがきっかけで、フランスで「WAGYU(和牛)」を育て、販売する情熱的な事業者から話を聞く機会があった。フランスでは近年、牛肉の消費が落ち込んでいるが、そんな中でも和牛の消費量は少しずつ上がっているようだ。同時に、フランスではハラルミートの需要も増えている。そこに目をつけた和牛ハラルミートへの挑戦者の証言を紹介したい。
フランスの精肉店でもごくたまに「WAGYU(和牛)」の文字を見かけることがある。1キログラム180ユーロは下らない高級牛肉だ。しかし、よく見ると「WAGYU Australien(オーストラリア産和牛)」とか、「WAGYU Espagnol(スペイン産和牛)」などと書いてあることがある。これらは、日本で育てられた和牛ではなく、外国産の「WAGYU」だ。さらに、最近よく見かけるのが「WAGYU Français(フランス産和牛)」である。フランスでも和牛の飼育をしている畜産農家が出てきているということだ。
外国で和牛の飼育が始まったのは1980年代後半あたりだったようで、最初の外国産和牛の産地はオーストラリア。オーストラリア産和牛は、フランスで、外国産和牛の中でも最も多く出回っているといえる。オーストラリア産和牛は、霜降りの度合いが高く、口溶けも味も良いとの定評があり、日本産和牛と遜色(そんしょく)ないという向きもある。だが、実際に食べ比べてみると、やはり赤身の味が強く、日本産和牛独特の甘みも少ないように思われる。
欧州では、スペイン・英国・ベルギーなどがオーストラリアから和牛の精液や受精卵を輸入して、オーストラリアから一歩遅れる形で和牛畜産が開始された。そこからさらに半歩ほど遅れて和牛の飼育に取り組み始めたのが、フランスのようだ。フランス産和牛も食べてみると、日本産和牛に比べて、やはり赤身の味が少し濃いように思うが、それはそれで欧米風の「肉肉しい」味に慣れた筆者の口には、十分柔らかくジューシーに感じられる。
航空・宇宙産業を地場産業とするフランスの都市トゥールーズに住むXさんが、和牛に関心を持ち始めたのは、テレビで「神戸牛」を紹介する番組を見たからだそう。Xさんの仕事は、トゥールーズ近辺の住民の例にもれず航空機製造関係で、フランス航空大手エアバスの工場で働いている。Xさんはアルジェリア出身のイスラム教徒で、成人してからハラル食品を食べるようになったという。元来、食べることやおいしいものが好きな「グルメ」で、ハラル食品にもクオリティーの高いものは多いが、どうも食肉には納得がいくものがないと感じていたところ、テレビで見た神戸牛に魅せられて「神戸牛のハラルミートをどうしても食べたい」と思ったそうだ。
探してみたものの、当然、ハラル神戸牛はフランス国内では見つけられず(多分、日本でも見つけられないのではないか)、そのかわりにハラル神戸牛探索の過程で、フランス国内で和牛を育てている畜産農家に出会ったという。おいしいハラルミートにはきっと需要があるはずと、Xさんは、ノルマンディー地域圏の和牛畜産農家と交渉をはじめ、ハラルのフランス産但馬牛の生産にチャレンジすることで、この畜産農家と提携した。2016年のことだった。そこから畜産農家がハラルの牛を育て上げるには3年かかり、ようやく製品化できた自社の和牛ハラルミートを食した時には、幼い頃に食べた本当に良質の肉の風味、甘くてバターとナッツの香りがする、柔らかな肉の味を思い出して感激したという。
Xさんは現在、独自の電子商取引(EC)サイトを構築して、そこで提携先の畜産農家から仕入れたフランス産和牛を販売している。売り先はプロと一般消費者で、販売量にすると3割(精肉店やレストラン)対7割(消費者)程度だという。精肉店で定期的な発注があるのは10店舗程度、レストランなどは1年に1回、年末年始などの特別なイベントの機会に発注してくれるようだ。一般消費者の顧客リストには1,000人程度が登録されており、うち10人程度が2~3カ月に1回の頻度で定期的に購入するリピーターだという。
ただし、まだ「和牛の生産や販売だけでは食べていけない」ということで、午後には相変わらず、エアバスの工場で技師としての仕事を続けている。だが、Xさんは自らのことを「生産者」と呼ぶ。自分自身は畜産に従事していないものの、畜産農家と連携して和牛を育て、と畜を管理して「ハラル和牛を生産している」と自負する。生産やEC販売が軌道に乗るようなら実店舗を構え、自らが飼育時から管理するハラル和牛を、もっと幅広い消費者に食べてもらいたい、と夢を語ってくれた。
定期的にフランスのハラル市場の調査を行うBusinesscootによると、フランス国内のイスラム教徒の人口は500万~600万人と推定され、これが2050年には800万~1,300万人に増加するという1。もちろん全員が熱心な信者でハラル食品しか食べないわけではない。しかし、フィガロ紙の2023年6月の記事2で紹介された世論調査では、フランスのイスラム教徒の67%が「ハラルミートを購入する」と答えている。同記事によると、ハラル食品市場は年間15%で成長しており、市場規模は70億ユーロに達する。さらに、ハラル食品を購入する人は1,000万人に上るという。うち300万人は、「ハラル食品は価格に比べて質が良い」と考える非イスラム教徒だそうだ(Businesscoot調査のイスラム教徒数からすると400万~500万人という計算になるが)。確かに良質のハラルミートには、今後、需要拡大のポテンシャルがありそうだ。ただし「ハラル和牛」の課題は、その高水準な価格となろう。
ハラル和牛に限らず、フランスのハラル食品にはもう1つ課題がある。フランスには「ハラル」ラベルが複数存在しているという点だ。認証機関も10団体強が存在しており、それぞれが独自の認証基準を設けている。牛肉に関しては、ハラルと畜の監査手法などに差異が見られ、この違いのせいで、認定団体間の対立が起こることもある。
Xさんは、「公式のラベルがないために、ハラルにも『まがい品』が多いが、フランス産和牛をうたう牛肉にも『本物ではない和牛』がある」と言う。Xさんが言うところの「本物ではない和牛」とは、和牛と在来種との交雑牛のことだ。フランスの和牛畜産農家には、シャロレー種やリムーザン種といった地元のフランス種と和牛の交雑種を育てているところも多い。もちろん、Xさんが提携する和牛の畜産農家は純血種を育てている。Xさん自身も純血種にこだわりがあるわけで、「交雑種を育てることが悪いことではないが、それが純血種と同じように店頭で『和牛』を名乗るのは公平ではない」と考えている。
この思いは、同じように純血種にこだわる畜産農家にとって共通なようで、リヨン近くで純血種を育てるYさんは、当局に対して、純血種にのみ表示が可能なコードを設定するよう働きかけた。これが結実し、2018年に純血種にのみ表示できるコード「13」が設定された。しかし、実際にはまだコードの認定機関が設置されておらず、コードの認知度も低いままのようだ。精肉店でも、「〇〇産和牛」と産地を明確にしているところはあるが、純血種であるか交雑種であるかを表示しているケースはほとんど見られず、販売スタッフに「純血種には固有の『13コード』があることを知っているか」と聞いても、ピンとこないようだ。
「13コード」の生みの親であるYさんは、大学では獣医学を専攻し、製薬会社に長年勤務した後、50歳をすぎてから一念発起して畜産を始めた情熱家だ。もともと動物が好きで、農業・環境問題に関心があったようだが、会社勤めから50代で畜産業に転向するのは、並大抵の決意ではなかっただろう。Yさんは、リムーザン種のみを育てていた畜産農家を買い取り、リムーザン種とともに和牛の飼育を開始したそうだが、筆者にポソリと「そろそろ畜産は辞めようと思っているんだ」と言う。びっくりした筆者に「でも、もう引退の年齢なんだよ。10年以上やっているし、そろそろいいんじゃないかな?」と笑う。「後継してくれる人がいれば、もちろんうれしいけれど」とも。
純血種コードが周知されるまで頑張ってほしいと思うのは、しょせん、外野でしかない筆者の勝手な感傷なのかもしれない。XさんもYさんも、フランス産以外の外国産和牛をライバル視したり、交雑種を責め立てたりするわけではない。ただ、自分たちが良いと思っている「おいしい『本物の』フランス産和牛」を消費者に認めてもらい、より多くの人に、自分が誇るフランス産(ハラル)和牛を食べてもらいたいと思っているだけなのだ。
前述の通り、「和牛」はフランス食肉市場に徐々に浸透しているし、ハラル市場は間違いなく拡大しているわけで、特に、その二軸がクロスするところに目をつけたXさんの視点はなかなか面白いのかもしれない。とはいえ、生産量も限られ、価格も高い「フランス産純血種和牛」や「フランス産ハラル和牛」は、当面、ニッチな市場であり続けるだろう。Xさんは「これから2~3年が勝負。そこで販路が広がらないようなら……」と、少し考え込むような顔をする。せっかくの彼らの果敢な挑戦、どうしたら活路を見いだせるのだろうか。
例えば、観光大国というフランスの強みを生かして、数多く訪れる中東の富豪をターゲットにしてはどうだろうか。フランスを訪れるイスラム圏の富豪の中には、せっかく外国を訪れたのだから、旅先ではハラル食品でなくとも目をつむり、たとえ非ハラルであっても地元料理を食べてみたい、という観光客もいるそうだ。しかし、旅先でもおいしいハラル食材を使った地元料理が提案されていれば、そちらを選ぶのではないか。
あるいは、北アフリカなど近場のイスラム圏市場への輸出を狙ってみてはどうか? オーストラリア産和牛は多くのハラルミートが競合していそうだが、フランス産のハラルミートは、北アフリカとの距離的な近さによる「サプライチェーンの短さ」を売りにできないだろうか? はたまた……。読者のみなさまにも、夢を追う生産者と彼らに肩入れ中の筆者に、フランス産和牛拡販に向けた良いアイデアを授けていただきたい。
1 https://www.businesscoot.com/fr/etude/le-marche-de-la-viande-halal-france
2 https://www.lefigaro.fr/actualite-france/restaurants-grandes-surfaces-commerces-comment-le-marche-du-halal-gagne-du-terrain-en-france-20230620
(初出:MUFG BizBuddy 2025年2月)