アフリカ、ロシアに代わる新たな天然ガス供給源か

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

「エネルギー移行」期の燃料として需要が拡大している天然ガスの供給地域として、アフリカが注目を集めている。ロシアによるウクライナ侵攻がきっかけだが、アフリカ各国は以前からエネルギー貧困を解消するため、天然ガスや石油など化石燃料の開発が不可欠であると主張。世界で脱炭素化の動きが加速する中で、アフリカの開発の現状を考慮した「特別なステータス」を認めるよう、先進国に呼びかけを始めていた。

石炭や石油よりCO2(二酸化炭素)の排出量が少なく、CO2回収技術を組み合わせればブルー水素生産の原料となることから、化石燃料から再生可能エネルギー燃料への移行期間の燃料として近年利用価値が高まっているのが天然ガスである。この天然ガスの世界的な需給バランスに大きな衝撃を与えたのが今年(2022年)2月24日のロシアによるウクライナ侵攻だ。ロシアは天然ガスの生産量で米国に次ぐ世界2位(IEA:国際エネルギー機関, 2020年)、パイプライン経由とLNG(液化天然ガス)を合わせた輸出量では断トツ世界1位(UNCTAD:国連貿易開発会議, 2020年)で、欧州、特にドイツやイタリアはロシア産ガスへの依存が大きかったため、対ロシア制裁措置の導入と同時に急遽、天然ガス調達先の多様化を迫られることになった。ここで浮上してきたのがアフリカである。

アフリカでは現在、世界10位の天然ガス生産国であるアルジェリア(IEA, 2020年)を筆頭に計18カ国が天然ガスを生産している。ただし、アルジェリア、エジプト、ナイジェリアが生産量の87%を占め、その他の国々の生産量はまだ少ない(AFREC:アフリカ・エネルギー委員会, 2019年)。EU(欧州連合)のガス消費量に占めるアフリカ産ガスの割合は10%止まりで(ほとんどがアルジェリア産)、40%を占めるロシア産ガスとは大きな差がある。しかし、深海の巨大ガス田が確認されたモザンビーク、セネガル、モーリタニアなどではメガプロジェクトが進行しており、2022年2月23日のRystad Energyの予測によると、2030年までにアフリカの生産量は倍増が予測される。

天然ガスの需要が増えるなか、アフリカ諸国がこれを国内の貴重なエネルギー源かつ経済開発のテコと考えるのも無理はないだろう。アフリカは、再生可能エネルギーや水素の生産・輸出拠点として世界の脱炭素化エネルギー供給の新しいネットワークにしっかり食い込もうとすると同時に、アフリカ市民の「エネルギー貧困」問題の解消を最優先課題に掲げている。人口13億人のうち6億人が電力にアクセスできず、9億人がクリーンな調理手段を持たない(薪や炭で調理)という現状の解消である。アフリカ諸国はこれを「公正性」の問題とし、世界的な脱炭素化の潮流の中でアフリカに「特別なステータス」を認め、化石燃料生産への投資の継続、ひいては拡大を支援するよう先進諸国にアピールを強めている。快適な生活を営むためのエネルギーさえ持たないアフリカに対し、先進国が、自分たちに大半の責任がある地球温暖化を理由に化石燃料開発の停止を求めるのは不公正であるとの立場だ。

2021年11月にグラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、米国やEU諸国、欧州投資銀行を含む20カ国・5機関が2022年末までに化石燃料事業への公的融資を停止する方針を発表した。これに対して、今年(2022年)11月にエジプトのシャルム・エル・シェイクに国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)を迎えるアフリカは、その機会にアフリカの「特別なステータス」が認められるよう働きかけを強めている。ロシアのウクライナ侵攻により先進国が天然ガス供給源の多様化を余儀なくされたことは、アフリカ諸国には追い風となった。

アフリカ輸出入銀行(Afreximbank)とアフリカ産油国連合(APPO)は2022年5月17日、アフリカの石油・ガス部門への投資促進を目的とするエネルギー銀行の設置で合意。また、同年5月27日にはアフリカ連合(AU)の現議長国であるセネガルのサル大統領がロンドンで開かれた国際フォーラムの席上、「アフリカにとって公正なエネルギー移行とは何かについて合意する必要があり、そのための議論をシャルム・エル・シェイクで行わなければならない」と演説した。

一方、ロシアのウクライナ侵攻に不意を突かれたEUでは欧州委員会が2022年3月8日、ロシア産化石燃料からの脱却を目指す「REPowerEU」プランを発表。天然ガスに関しては、EUによるロシア産ガス輸入を2022年末までに2/3削減することを提案した。欧州委は実は、ロシア産ガスの価格高騰を受け、それ以前から供給源の多様化を図りつつあり、2月にはベステアー競争政策担当委員がアブジャを訪れ、ナイジェリアからのLNG供給量引上げに向けオシンバジョ副大統領と会談していた。

ロシア産ガスへの依存度が高いドイツ(輸入の66%)やイタリア(同45%)は、ウクライナ危機発生後直ちにアフリカ諸国への働きかけを始めた。イタリアは、ENI(エニ、イタリアに本拠を置く多国籍の石油・ガス企業)が70年近くにわたってアフリカで石油・ガス開発を行ってきた実績もあり、アルジェリア、エジプト、コンゴ共和国、アンゴラなどと矢継ぎ早に供給量引上げ合意を結んだ。ドラギ伊首相自ら積極的に動いており、新型コロナ感染のため訪問中止を余儀なくされたアンゴラとの間では、ロウレンソ大統領とのオンライン会談で話をまとめたという。

ドイツも、就任半年目のショルツ首相が2022年5月に入ってセネガル、ニジェール、南アフリカ共和国を歴訪。セネガルとの間では、モーリタニアとの国境地帯で発見された大規模オフショアガス田の開発支援へ向け「集中的話し合い」を行うことを取り決めた。ドイツはこれまで再生可能エネルギーや蓄電に関しセネガルと協力してきたが、サル大統領は今回、「欧州向けLNG生産および国内発電向けガス生産へ向けた支援をドイツに要請した」と言明した。

2022年2月16日、すなわちロシアによるウクライナ侵攻の約一週間前、アルジェリア、ニジェール、ナイジェリアの3国が「サハラ縦断ガスパイプライン」プロジェクトの加速に向けた共同声明を発表した。ナイジェリア産天然ガスを欧州へ輸出するためサハラ砂漠を南北に縦断する全長約4,000kmのパイプラインを建設するプロジェクトで、2002年に覚書が調印された。総工費130億ドル。アルジェリアの西端からスペインへ、東端からイタリアへと、二つの出口が予定されている。3国にとってはパイプラインの建設と通過に伴う経済的波及効果も大きい。

サハラ以南最大の天然ガス産出国であるナイジェリアは2022年4月には、10年以上にわたって中断していた南部バイエルサ州におけるLNGプロジェクト「Brass LNG」を再開させる方針も発表した。年間840万トンのLNG生産能力を持つ設備の建設には200億ドルが必要とされ、ナイジェリアは広く投資を呼びかけている。ナイジェリアは翌5月には、2016年にモロッコとの間で合意した西アフリカ海岸沿いのガスパイプライン・プロジェクトについても資金調達を進めていると発表した。ナイジェリア産ガスをガーナまで輸送するパイプラインがすでに稼働しており、これをモロッコまで延長し、北アフリカと欧州に供給するプロジェクトだ。

東アフリカでは、タンザニアが新たな天然ガス輸出国となることを目指して動きを活発化させ、2022年6月10日、政府はエクイノール(ノルウェーの石油・ガス企業。旧社名:スタトイル)とシェルとの間で南部のリンディ港へのLNG生産・輸出拠点建設に関する枠組み合意に調印した。投資額は300億ドル。このプロジェクトは関係企業や政府の思惑が絡んで停滞してきたが、2021年3月の新大統領就任を契機に交渉が加速、枠組み合意調印に至った。

この間、隣国モザンビーク北部ではオフショアガス田のメガプロジェクトが進捗して始動間近となっていたものの、2021年4月のイスラム武装勢力による攻撃でコンソーシアム筆頭企業トタルエナジーズが「不可抗力」宣言を発出していったん中断した。現地の治安が回復しつつあることで、2022年年内の再開が見込まれている。

2011年の革命後の混乱等を背景に一時はLNGの純輸入国に転落していたエジプトも、2015年にENIが地中海最大とされるオフショアガス田「ゾフル」を発見したのを機に石油・ガス生産を再び活発化させ、2019年、2020年には各年15の海陸ガス田が発見された。EUも当然、COP27のホスト国でもあるエジプトとの関係を重視。2022年6月に入ってフォン・デア・ライエン欧州委員長がエジプトを訪問してシシ大統領と会談し、脱炭素化のための協力強化をうたった共同声明を発表する一方、EU、エジプト、さらにイスラエルを交えたLNG供給のための三者間合意議定書が調印された。イスラエルを含む地中海東部で生産されるLNGをエジプトの設備を使って欧州へ輸出するという内容の合意である。

アフリカ開発銀行のアデシナ総裁は2022年3月末、「欧州はロシアに代わるガス供給先を探しており、それはアフリカであり得る」と発言した。同じく3月末にタンザニアのマカンバ・エネルギー相が、「われわれが(ウクライナでの)戦争を利用するように見えてはならない」とも発言した。ロシアのウクライナ侵攻によりアフリカは輸入品の物価高騰や深刻な食料危機に見舞われる危険も大きい。しかし、欧州への主たる天然ガス供給地域となることは、より長期的な利益をアフリカにもたらす可能性も孕んでいる。いずれにせよ、アフリカは開発のために自らの資源たる天然ガスの活用を強く望み、そのための莫大な資金と技術、販路を求めていることは確かである。

※天然ガスの輸入比率に関する情報の出典は以下の通り。データはEurostat。
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/fr/ip_22_1511
https://www.lemonde.fr/economie/article/2022/06/15/le-gaz-africain-une-alternative-aux-importations-russes-pour-les-europeens_6130341_3234.html
https://www.touteleurope.eu/economie-et-social/cartes-quels-pays-europeens-dependent-le-plus-du-gaz-russe/

(初出:MUFG BizBuddy 2022年6月)