所得申告の季節が到来―フランスのカップル事情を考える

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

今年(2022年)も所得申告の時期がやってきた。フランスではカップルの法的なステータスにより、所得申告の仕方も変わり、税額も変わる。共同生活をするカップルの20%が、婚姻関係も結婚に準ずる社会契約であるPACS(連帯市民契約)も結んでいない「事実婚」の状態にある。契約関係にあるカップルと事実婚カップルの間の税制の違いについて考察してみる。

今年(2022年)の所得申告が4月11日に始まった。フランスでは毎年春ごろに前の暦年の所得申告を行う。私事で恐縮だが、我が家では毎年この時期に「税額シミュレーション祭り」が開催される。なぜかというと、筆者とそのパートナーは結婚もPACS*もしていない、いわゆる「事実婚」の関係にあり、かつ6歳と10歳の子供がいるからである。通常、婚姻やPACSにより結ばれるカップルは、一つの世帯として共同で一つの所得申告をする。子供がいる場合には、子供は、その世帯の扶養家族となる。反対に事実婚のカップルはそれぞれが別の世帯として所得申告をし、子供はどちらかの扶養家族とする。我が家のように子供が2人いる事実婚カップルの場合には

1. 子供2人を父親の扶養家族とする
2. 子供2人を母親の扶養家族とする
3. 上の子を父親の扶養家族、下の子を母親の扶養家族とする
4. 上の子を母親の扶養家族、下の子を父親の扶養家族とする

の4つの申告パターンがある。なんなら、これを機に婚姻あるいはPACS関係を結び、4人家族の一世帯としてカップル共同で所得申告をする、という5つ目の選択肢もあるわけだ。我が家の場合には、この5つのパターンのどれを選ぶかにより、2人の税額の合計にそこそこの差が出るのである。

「どのパターンで申告するのが2人の税額合計額が最も安くなるか」。これが毎春の我が家の一大命題である。当然のことながら毎年、税制に若干の変更があるので、去年の最良パターンが今年も最良であるとは限らない。政府は、我が家のような迷える子羊のために(?)、税額シミュレーションサイトを毎年特設してくれている。筆者とパートナーは、このサイトを利用し、半日かけて最良の申告パターンを見極めるわけである。これまでのところ「結婚もPACSもせずに、子供は2人とも母親の扶養家族とする」という選択が常に最低の税額となっている。そんなわけで(というわけだけでもないが)、結婚もPACSもせずに事実婚のまま、子供は母親にくっついているという体裁をとっている。

この申告パターン別の税額差はどこから出てくるのか。我が家の税額差の要因として解明されているのは、扶養家族をどのように誰につけるかという選択肢にかかわる部分である。扶養家族は2人目までは世帯構成員0.5人として、3人目以降は構成員1人として計算される。例えば、扶養家族が1人の場合は、世帯主1人と0.5人換算の扶養家族を合わせて世帯構成員は1.5人。扶養家族が2人の場合は世帯構成員2人、扶養家族が3人の場合は世帯構成員3人として税額が計算される。

税額は課税標準を世帯構成員で割った数字に税率をかけて算出するので、扶養家族の有無や人数、課税標準に適用される累進税率により税額差が生じることになる。

扶養家族の有無や人数により税額が異なるもう一つの理由は「不労所得」にある。筆者もパートナーも自宅以外の不動産を所有し、それを人に貸しているので家賃収入という不労所得がある。しかし家賃収入にはどうも、扶養控除がほとんど適用されないらしい。「働かないで収入があるやつに、なぜ税控除をしてやらねばならぬのか」という政府の論理はわからなくもない。収入に占める家賃収入の割合が高いと扶養家族がいることによるお得感が低いようで、我が家の場合にはパートナーがこのケースに当てはまる。

ちなみに扶養家族については、年齢やシチュエーションによる税額控除措置もある。例えば、所得税の対象となる年の1月1日に6歳未満である扶養家族については、上限額はあるものの(2022年の上限額は2,300ユーロ)、幼稚園・保育所・ベビーシッターなどに支払う料金の半分が税額から控除される。かつ、税額よりも控除額が高いと差額が還付される。僭越ながら再び我が家の例をとると、我が家の下の子は2021年1月1日時点で5歳だったので、2021年に幼稚園に支払った3,500ユーロ程度の50%、つまり1,750ユーロまるまる2020年の税額から差し引かれることになる。我が家には該当しないが、中学生以上の扶養家族がいる納税者にも「子供の就学」に対する税控除が適用される。ただしこれらは定額控除になるので、事実婚カップル2人の税額合計には影響しない。

では我が家の場合、結婚・PACSするよりも、それぞれが独立した世帯として別々に所得申告した方が税額が安くなるのはなぜか。世間一般には「結婚やPACSをして共同で申告をした方が支払う合計の税金は安くなる」ようだ。特に2人の収入に大きな差がある場合には、結婚・PACSをしていた方がお得である。婚姻・PACSカップルの税額は、まず2人の課税標準を足して、それを2で割り、それに適応した税率をかけることで計算される。ここで出てきた税額をそれぞれが支払うことになる。2020年度の累進税率は、

10,225ユーロ以下:0%
10,226~26,070ユーロ:11%
26,071~74,545ユーロ:30%
74,546~160,335ユーロ:41%
160,336ユーロ以上:45%

となる。

例えばカップルの一方の年収75,000ユーロで、もう一方の収入が0ユーロの場合、それぞれが単身で所得申告をすれば前者の税率は41%となり税額は30,750ユーロ、後者の税額は0ユーロで、2人合計の税額は30,750ユーロとなる。片や、2人で1世帯として申告した場合には、課税標準が75,000ユーロ+0ユーロ/2で37,500ユーロになるので、税率は30%、1人あたりの税額は11,250ユーロでこれを2倍して2人合計の税額は22,500ユーロとなる。2人で一緒に申告すると8,250ユーロの節税が可能、という計算だ。
2人の収入がそれぞれ30,000ユーロと同じである場合には、単独で所得申告をしても2人1世帯で所得申告しても税額は全く同じになる。収入のレベルがほぼ同じカップルはしたがって、結婚・PACSをしてもしなくても、払わねばならない合計の金額は変わらない。

我が家は筆者の収入がパートナーよりも35%程度高い。しかし、結婚・PACSをしない方がお得であるようだ。この理由は実は謎である。我々のシミュレーションが間違っているのかと思いきや、銀行の税理担当者にシミュレーションをしてもらっても、回答は同じく「結婚・PACSをしない方が2人の合計の税額は安くなる」。銀行の税理担当者にもこの要因はわからないようだった。上述した扶養家族の有無と人数、「不労所得」に対する税制あたりが関係しているのであろうが、真相をご存じの方がいるようなら、是非とも教えていただきたい。マクロン大統領は2022年4月の大統領選の公約の中で「事実婚のカップルの税制を結婚・PACSしているカップルと同じレベルに引き下げる」と言っているが、我が家などはこの税制改革で、むしろ課税圧力が高まってしまうかもしれない。

そんな風に「結婚した方が節税できるか」というような疑問が出るのも、事実婚が多いフランスならではかもしれない。フランスでは婚姻件数がかなり減ってきているようだ。1950~1980年には年間30万~40万組程度だった婚姻件数が、PACSの導入もあり2000年前後には25万組に減少し、2021年には22万組程度となった。離婚件数はその約半分程度。片やPACSは1999年の導入時には6,000組程度、現在は年間20万組程度となる。結婚もPACSもせずに事実婚を続けるカップルは、全体の20%程度にのぼり、生まれる子供の3人に2人は婚外子(PACSしているカップルの間の子供を含める)である。税務当局によると、2020年には4,000万世帯が所得申告を行ったが、実際に納税したのは1,760万世帯だそう。全体の44%程度だが、労働人口が2020年時点で2,890万人とフランスの人口の43%弱であることを考えると、そんなものなのかもしれない。働く限り所得税を払わねばならないようだし、納税は国民の義務とはいえ、支払う額は安いに越したことはない。この時期に税額シミュレーションに明け暮れる事実婚カップルは、我が家だけではないだろう。

余談だが、筆者のパートナーは2021年度に支払うべき所得税を故意にか過失なのか、滞納していたらしく、かつ最近は税務署に登録してある個人口座の残高が寂しいらしく、2月のある日に突然、筆者とパートナーの共同名義の銀行口座から、滞納分を税務署に引き落とされるという事件があった。結婚もPACSもしておらず、所得申告も別、納税義務もそれぞれにあるはずなのに、なぜ共同口座から引き落とすのだ、税務署よ!? とりあえず担税能力のあるところからできるだけ徴収してやる、という魂胆なのであろうが、共同口座とは名ばかりで、この口座に入金をしているのはここ数カ月筆者のみであるだけに、筆者はより一層の寂寥感を味わっている次第である。

※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。

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* 正式名称はPacte Civil de Solidarité(連帯市民契約あるいは民事連帯契約と訳される)。共同生活を送る同性・異性のカップルが結ぶことができる社会契約で、婚姻とほぼ同等の権利・義務が発生する。1999年に導入された制度で、当時は同性カップルもPACSを結ぶことができるという点で、婚姻関係と大きな違いがあったが、現在は、2013年の新法により同性でも婚姻関係を結ぶことができるようになった。現在の結婚とPACSの大きな違いは、離婚に大きな手間と費用がかかることが多い婚姻関係に比べて、PACSでは比較的簡単に契約解消が行える点である。

(初出:MUFG BizBuddy 2022年4月)