2020年11月、世界のカカオ生産の2/3を供給するコートジボワールとガーナは、米チョコレート菓子大手2社に対し、約束違反を理由にサステナブル・カカオ・プログラムの適用中止を通告した。約束とは、生産者の適正所得のための「プレミアムの支払い」である。貧しい小規模生産者や児童労働、森林破壊といった問題に対して、両国はどう対処しようとしているのか。
2020年の11月末、「コートジボワールとガーナがカカオのサステナビリティ・プログラム中止を予告」という報道が流れた。コートジボワールとガーナは合わせて世界のカカオ生産量の2/3を供給する文字通りのカカオ大国だが、この両国が共同で、米国のチョコレート菓子の大手、ハーシーやマースに対して、「(これら企業の)サステナブル・カカオ・プログラムを中止する」と通告したというのである。これはいったい何を意味するのだろうか。
カカオはいうまでもなく、菓子類の中でもひときわ華やかなチョコレートの原料である。カカオ豆は「ブラウン・ゴールド」とも呼ばれ、その取引は、チョコレート生産の需給カーブとは必ずしも合致しない投機の対象にもなってきた。新興国の嗜好品需要が増えれば、その需要はますます膨らむはずである。
その一方で、カカオ生産には児童労働、森林破壊といった大きな暗部が潜んでいる。その背景には、コートジボワールやガーナの生産者が「ディーセントな」生活に必要な収入を必ずしも確保できていないという貧困の問題がある。世界銀行によれば、世界第1位のカカオ生産国であるコートジボワールでは、カカオ部門がGDPの10~15%、輸出収入の40%を占め、国民の5人に1人が同部門で就労している。ところが、国際カカオ機関(ICCO)によれば、世界のチョコレート市場の年商1,000億ドルのうち、バリューチェーンの起点に位置する生産者に還元されるのはわずか5~10%だという。
国連が定めた「17の持続可能(サステナブル)な開発目標(SDGs)」の意味する「サステナビリティ」とは、気候変動や生態系保護といういわゆる環境問題だけでなく、貧困、教育などの社会的問題を網羅したアプローチである。「サステナビリティ」についての意識の高まりに伴い、世界の大手チョコレートメーカーは近年こぞってめいめいの「サステナビリティ・プログラム」を打ち出し、自社製品を「サステナブル・カカオ」を使用した製品として販売するようになってきた。児童労働や森林破壊を行わない農場で生産されたカカオをプレミアム付きで購入し、原料としていることを広報してブランドイメージの向上を狙う戦略でもある。プレミアムによる収入は、農家の収入改善、カカオの品質向上などに振り向けられるのが原則だ。児童労働については2001年、児童労働の撲滅を目指す米国議員主導の「ハーキン・エンゲル議定書」にコートジボワール、ガーナ、チョコレート業界らが調印、ICI(国際カカオイニシアティブ)も設置された。しかし、生産者の貧困、児童労働、森林破壊といった問題は、背景の複雑さもあって目立った改善が見られていないのが現状である。
森林破壊に関しては、米World Ressources Instituteの「2017から2018年へかけての熱帯原始林消失率」調査によると、ガーナが消失率60%で世界ワースト1位、コートジボワールが26%でワースト2位につけた。カカオ栽培だけが原因でないとはいえ、森林破壊がさらに進めばカカオ栽培に必要な気候条件が保てなくなるほか、森林破壊を伴う作付面積の無制限な拡大は価格引き上げにも好要因ではない。また、米シカゴ大学のオピニオン・リサーチセンター(NORC)が行った児童労働についての調査によると、コートジボワールとガーナ両国で2008~2018年、2009~2019年の10年間に、生産量が中程度又は少ない地域で児童労働が増加したという結果が報告された。
こうしたなか、コートジボワールとガーナの両国は、2019年6月12日、初めて共同で、「2020~2021年期に収穫されるカカオ豆に関して、トン当たり2,600ドルの下限を設定する。下限以下の価格では販売しない」と発表した。両国は、西アフリカのカカオ生産国として類似の問題を抱えるにもかかわらず、これまで歩調を合わせたことはなく、両国間の生産者価格の格差を悪用する密輸さえ横行している。しかし、こうした状況の改善を目指すワタラ大統領とアクフォ=アド大統領の意向を受けて、CCC(コーボジボワール・コーヒー・カカオ評議会)とガーナ・ココボードが販売システムや価格の統一へ向けた調整を開始。その一環で、「カカオのOPECへの一歩」とも形容された共同の「下限価格」宣言が出された。
下限価格2,600ドルは、2019年6月当時の国際相場(2,500ドル)とそれほど差がないこともあり、米のアーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)やカーギル、スイスのバリー・カレボー、シンガポールのオラムなどカカオ加工の世界大手はこれを受け入れる姿勢を見せた。チョコレート製造業者へのコスト転嫁を前提にした受け入れである。
コートジボワールとガーナはさらに、両国間で合意していた「ディーセントインカム・プレミアム」(適正所得保障差額)の導入へ向けてチョコレートメーカー大手と交渉を進め、メーカー側は、2020年10月1日以降、ロンドン証券取引所での相場に加えてトン当たり400ドルを「ディーセントインカム・プレミアム」の名目で支払うことを約束した。コートジボワールのワタラ大統領はその10月1日に「生産者買い上げ価格を昨年度のキロ当たり825CFAフランから1,000 CFAフランに引き上げる」と発表したが、前年比21%の引き上げとなるこの上げ幅は、上記の400ドルにほぼ相当する。
ところが、その2カ月後の12月1日には両国が再びコミュニケを発表し、「約束のプレミアム支払いを避けるためニューヨークの先物市場でカカオを仕入れた」とハーシーを糾弾。報復措置として、ハーシー、さらに同様の理由でマースの両メーカーが行うサステナブル・カカオ・プログラムの適用を中止すると発表した。プログラムが中止されれば、メーカー側はサステナブル・カカオを銘打った製品を販売できなくなる。
ただし、その1週間後、ハーシー側はプレミアムの支払いを改めて約束。マースもプレミアム回避の意図はないことを主張し、コートジボワールとガーナの威嚇作戦は両国の勝利で早々にけりがついた。
カカオ生産国によるカカオ価格引き上げへの強硬姿勢は今回が初めてではない。独立後の初代大統領であるコートジボワールのウフエ=ボワニ大統領は1987年、「カカオ市場の闇勢力」に対抗してカカオ相場を引き上げるべく、カカオ豆の輸出を16カ月にわたって停止したが、最終的には捨て値での輸出を余儀なくされた。当時はサステナビリティの問題に取り組むための機が、世界的にもまだまだ熟していなかったと言えよう。これに対して2020年9月には、世界最大のカカオ輸入地域である欧州連合(EU)がコートジボワールとガーナ、生産者、市民社会との間でサステナブル・カカオの実効ある推進へ向けた協議を開始した。協議は2021年7月まで続けられる。
なお、生産国側は、カカオ収入引き上げ策の一つとして、国内での加工推進により付加価値を高めることにも腐心している。コートジボワールでは向こう2年間で、アビジャンとサンペドロの国内2カ所に年間処理能力計10万トンの加工工場が建設される。国内のカカオ生産量は年間200万トンだが、現在のところ国内で加工されるのは50万トン止まりであり、これを100万トンまで増やすのが目下の目標である。
(初出:MUFG BizBuddy 2020年12月)