モロッコは、近年の積極的な投資促進政策が奏功して自動車産業や航空産業などの新たな部門を大きく成長させることに成功した。その一方で、公共セクターに重点を置き、大型投資と外国直接投資(FDI)を優先する政策は経済全体の成長を促すには至らず、雇用状況の改善にも貢献していない。現在進められている投資改革の成果が待たれる。
モロッコは近年、戦略的な経済セクターへの投資を奨励する政策を推し進め、自動車やオフショアリング、航空、電子などの産業活性化を実現した。対国内総生産(GDP)比での投資率は2000年代半ば以降、世界最高水準の平均34%で推移している。
国連貿易開発会議(UNCTAD)が2019年6月12日に発表した報告書「世界投資報告書 2019」によると、モロッコは2018年に前年比35.5%増の36億ドルの外国直接投資(FDI)を受け入れ、エジプト(68億ドル)、南アフリカ共和国(53億ドル)、コンゴ共和国(43億ドル)に次いでアフリカで第4位のFDI受け入れ国となった。投資が多かったのは金融、再生可能エネルギー、インフラ、自動車産業などで、投資額では南アフリカ共和国のサンラム・エマージング・マーケッツによるサハム・ファイナンスの53%株式取得が10億ドルと最大だった。経済パフォーマンスが比較的安定しており、経済の多様化が進んでいるのが、外国投資家が引き付けられる理由のひとつとなっている。そして、戦略的セクターに多額の公的資金が投入され、FDIの誘致を促進するために多くの優遇措置が導入されたことも奏功している。
これらの投資促進政策は1995年制定の「投資憲章」を土台に、一連の産業振興プログラム(2005年、2009-2015年、2014-2020年)を通じて推進されてきた。オフショアリング、電子産業、自動車産業、航空産業、農水産物加工業、繊維・皮革産業が重点産業に指定されて産業プラットフォームが設置され、エコシステムが形成された。また、近年では製薬、化学、機械・鉄鋼、エネルギー・再生可能エネルギー、観光、鉱業、建設などへの投資も奨励されている。
そして、モロッコはこれと並行してビジネス環境の改善に取り組み、世界銀行グループの2019年世界ビジネス環境ランキング(Doing Business 2019)では、世界190カ国・地域中60位へと前年比で9位ランクアップした。2009年には129位にとどまっていたことを考えると、この数年来の改革の成果がうかがわれる。
自らをアフリカ大陸におけるゲートウェイと位置付け、各種の奨励措置を通じて、アフリカ諸国への進出を希望する外国企業に大きく門戸を開いたことも投資の増大につながった。モロッコは世界50カ国以上と自由貿易協定を締結しており、欧州市場に地理的に近いことも輸出企業を誘致する上で有利に働いた。
中でも、戦略的セクターにおける投資奨励政策が最も成果を発揮したのは自動車部門である。政府の強力な後ろ盾の下で自動車産業は近年大きく成長し、自動車は「リン酸塩とその派生品」を抜いて最大の輸出部門となった(モロッコはリン鉱石の埋蔵量で世界最大であり、リン酸塩の輸出大国でもある)。2018年の輸出売上は60億ドルに達した。モロッコは現在、南アフリカ共和国を抜いてアフリカ最大の自家用車生産国となり、2023年には当初目標よりも2年早く年間生産台数が100万台を超える見込みとなっている。ますます多くの部品メーカーが欧州市場における競争力を確保するためにモロッコに工場を構え、活気ある自動車産業のエコシステムが形成されるに至った。自動車産業に従事する人の数は2013年の7万5000人から15万人に増加し、他の経済セクターよりも速いスピードで質の高い雇用が創出されている。
しかし、国際金融公社(IFC)が2019年夏に発表したモロッコの民間セクターに関するレポートの評価は辛口で、これらの投資が経済成長、雇用創出、生産性の向上に与えた影響は残念なほど少ないという。世界ではコロンビアやフィリピン、トルコなどの国々が、モロッコよりもずっと少ない投資レベルでモロッコと同水準以上の成長を達成している。経済的に大きく成長した国々は国民1人当たりGDPが数十年間にわたって4%を超えるペースで増加しているが、モロッコの国民1人当たりGDPは2000年から2017年の間に年間平均2.9%(1990年から2000年は1.6%)成長したにすぎない。モロッコの雇用事業が芳しくなく、投資が一部に集中し、全体的な雇用創出に結び付いていないのも問題となっている。FDIによってフリーゾーンに設置された企業を除くと、全般的に見て、新しい企業は古くからある企業に太刀打ちできず、多くの雇用を創出することができずにいるという。
IFCではこうした効率の悪さの理由として、モロッコにおける投資の半分が公共部門に集中し、多くの場合、国営企業・公的機関を介して行われている点を指摘する。投資状況はセクターによってばらつきがある上、国営企業が重要な役割を果たしていることが多いため、民間製造業の活動が抑えられがちになっている。高成長を続けることに成功した国々は、長期間にわたって生産性を向上させることに成功しているが、それは単に多くの資金を投入するだけでなく、人的資源の蓄積および制度整備に向けた努力が実を結んだ結果である。経済の発展には不可欠とはいえ、多額を投資して大規模なインフラを整備するだけでは不十分なのだ。
また、FDIや大型投資を促進する政策は国内外の大企業には有益であったが、それにより中小企業との格差が拡大した。その是正に向けて中小企業を対象とした諸措置が導入されたものの、措置の成果が今ひとつであることも問題点として指摘できる。フリーゾーンへの新規投資案件に対する奨励措置の多くは区域外で活動する既存の輸出業者を対象とはしておらず、これらの企業が結果的に取り残される形になった。
現地調達率が50%を超え、自動車メーカーを頂点に数々の部品メーカーからなるエコシステムが形成されて活況を呈している自動車部門にしても、国内企業がバリューチェーンに参入できずにいるという現状があり、実は地元経済へのメリットは小さい。外国企業の進出が相次ぐ一方で、事業・設備の近代化や合弁を通じて自動車エコシステムに加わったモロッコ企業は数少ない。
モロッコ政府は自国の投資政策が抱えるこれらの問題点を意識しており、3年ほど前から投資改革に取り組んでいる。近年の産業化を大きく引っ張ってきたエララミ産業・貿易・投資・デジタル経済大臣が2016年7月に発表した新プランは、投資に適した経済環境を整備して健全で安定した成長を促すことを目的とする大規模なプログラムで、7年間で50万人の雇用創出を目指す野心的なものだ。▽投資憲章の見直し、▽新たな投資支援・促進措置の導入、▽投資促進機関の再編、▽産業総局の創設、▽商業総局の創設、▽デジタル戦略の見直し、の6本を柱とし、すでに一部は実行に移されている。
これまでモロッコへの投資促進を担当してきたモロッコ投資開発庁(AMDI)は2017年12月に輸出促進機関(Maroc Export)とカサブランカ見本市・展示会公社(OFEC)と統合され、新モロッコ投資開発庁(AMDIE)として新たなスタートを切った。1995年制定の投資憲章に代わる新投資憲章の策定が待たれるが、こちらは2019年内に議会にかけられる予定となっている。報道によると、現行の優遇税制の恩恵を受けられない部門からの批判に応えるべく、付与条件を厳しくする一方で、スタートアップや中小企業にも照準を当てた内容になるという。各地方にフリーゾーンを設置して輸出と雇用を促進する取り組みも新投資憲章を通じて行われる。そして、投資憲章の改正を待たずに、フリーゾーン以外の企業による輸出を支援するための是正措置も取られつつあり、2018年予算法には、港湾から離れた場所を拠点とする企業に対して港湾までの輸送費に補助金を出す条項が恒久措置として盛り込まれた。
国王モハメッド6世は2019年8月20日の第66回「国王と国民の革命記念日」の機会に行った演説の中で、これに先立って発表した「新しい開発モデル」の方針を改めて確認した。この数十年来に達成した成果と進歩を土台に、社会の不平等を削減し、モロッコを真の新興国へと成長させることを目指すもので、その意味からも今後、モロッコの投資政策が経済・社会の発展にどれだけ貢献できるかが注目される。
(初出:MUFG BizBuddy 2019年10月)