西サハラにおける投資機運の高まり

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

モロッコは数年前から西サハラの開発に積極的に取り組んでおり、2021年までに85億ユーロを投じる開発プランを進めている。こうした中で国内外の投資家による西サハラへの投資は増加傾向にあったが、2020年末に米国が西サハラに対モロッコの主権を認めたことで、西サハラ問題をめぐる風向きが変わり、投資機運がさらなる高まりを示している。

アフリカ大陸の北西に位置し、モロッコとアルジェリア、モーリタニアと国境を接する西サハラでは、旧宗主国のスペインが1975年に撤退した後の帰属問題が現在まで続いている。独立国家樹立を目指すポリサリオ戦線がアルジェリアで亡命政権として結成したサハラ・アラブ民主共和国と、西サハラを南部諸州と呼び、領域内を南北に貫く「砂の壁」と呼ばれる軍事境界線の西側を実効支配するモロッコが領有権を主張している。ポリサリオ戦線が西サハラ独立に関する住民投票の実施を求めているのに対し、モロッコは、西サハラに広範な自治権を与えるプランを提案しているが、国連調停下での交渉は平行線を辿っており、数年前から膠着状態にある。

モロッコにとって西サハラは外交の軸の一つである。1984年、サハラ・アラブ民主共和国がアフリカ連合(AU)の前身であるアフリカ統一機構(OAU)へ加盟したことを受けて、モロッコは同機構から脱退し、その後、AUにも加盟せずにきた。そのモロッコが、このままではアフリカにおける経済進出と影響力の行使が制限されると判断して、AUへの復帰を希望したのが2016年7月。以来、モロッコ国王モハメッド6世はアフリカ諸国歴訪を中心とする積極的な外交戦略を展開して加盟国の支持を取り付け、翌2017年の1月にはモロッコのAU復帰が認められた。

現在、モロッコは自他ともに認めるリーダー国の一つとして、アフリカにおける影響力を強めている。たとえば、歴史的にサハラ・アラブ民主共和国を支持してきた南アフリカとアルジェリアとの関係は冷え込んでいたが、2017年12月にモハメッド6世と当時のズマ南アフリカ大統領がAU・EU首脳会議の行われたコートジボワールのアビジャンで会談して協力を約束して以来、関係は改善に向かい、両国大使館も開設された。過去には、南アフリカがサハラ・アラブ民主共和国を従来通り支持し続けるとの立場を示しているのに対して、同政府の承認を取り消す決定を下した国もある。そして、2020年初頭以来、約20カ国が西サハラの主要都市であるアイウンとダフラに相次いで領事館を開設し、モロッコと西サハラの関係を支持する立場を示した。

こうした中、トランプ前米大統領が中東和平の取り組みの一環として、モロッコからイスラエルとの関係正常化の合意を取り付ける見返りとして、任期終了間際の2020年12月にモロッコの西サハラに対する主権を認めた。トランプ大統領(当時)は12月10日にモロッコの西サハラに対する主権を認める宣言に調印し、「真面目で信頼性があり、現実的なモロッコ提案の西サハラの自治プランは、平和と繁栄に向けた公正かつ安定的な解決に向けた唯一の基盤である」と宣言した。

米国はこれを機にモロッコとの協力を加速し、イスラエルと合同でハイレベル代表団を12月22日にラバトに派遣。モハメッド6世との会談と協力合意の調印に臨んだ。モロッコ政府と米国際開発金融公社(DFC)との間で調印された覚書は、米国がモロッコとサブサハラ・アフリカにおける民間投資プロジェクトに30億ドルの財政・技術支援を提供する内容で、併せて、米国政府と民間投資家の関係円滑化を目指す「プロスパー・アフリカ」イニシアチブに関する趣意書も調印された。在ラバト米国大使館と新設の在ダフラ総領事館に同イニシアチブの支部が置かれ、アフリカへの進出を希望する米国企業を支援するという。

続いて、シェンカー米国務次官補(近東・北アフリカ担当)がダフラへの総領事館開設に合わせて2021年1月10日に同地を訪問し、ブリタ外相との会合後の記者会見において、米国とモロッコの関係はかつてないほど強まっていると述べた。その際、宗教上の寛容と調和の促進に向けたモロッコの努力を地域内の手本と賞賛した上で、モロッコは米国にとって地域の安定のための重要なパートナーであると言明した。また、県長官と地方議会議長を含む地元議員、経営者団体CGEMと地元NGOの代表が参加する会合に参加し、米国による最初の支援プロジェクトである、西サハラへの投資促進を目的とするプラットフォーム「ダフラ・コネクト」の発表に立ち会った。

こうして米国が西サハラに対するモロッコの主権を認めたことで、西サハラをめぐる風向きは変わりつつあり、モロッコ最大のパートナーである欧州連合(EU)をはじめ、モロッコの提案する自治プランへの支持を表明する国・地域が増えている。そして何よりも、米国による承認を受けて西サハラにおける投資機運が大いに高まり、ダフラは、投資機会を探る内外の投資家が行き交い、西アフリカ進出を展望に据えた経済的な一大拠点への道を進みつつある。ダフラの地方投資管理センター(CRI)によると、2020年には総額140億ディルハム(13億ユーロ)の投資計画が提出されたが、2021年にはさらなる伸びが期待されるという。不動産、流通、食品加工など、国内の大企業の多くが最近にダフラを視察し、新型コロナウイルス危機下の移動制限にもかかわらず、欧州と米国からも代表団が訪れた。2021年2月12日にはパリとダフラを結ぶ直行便も就航した。

西サハラは漁業資源と鉱物資源が豊富で、両分野における投資・協力プロジェクトは以前からあったが、近年は風力を中心に再生可能エネルギー分野にも注目が集まっている。特に米国の投資家は再生可能エネルギー部門に関心を示しており、その一例が、米ソリュナ・テクノロジーズが推進する、データセンターへの電力供給を目的とした風力発電ファームの建設プロジェクトである。このプロジェクトは、2018年にスタートして以来、数々の困難に遭遇したが、米国が西サハラに対するモロッコの主権を認めたことで、資金調達が容易になった。ソリュナ・テクノロジーズとAMウィンドは、ダフラに設置容量900MWの大型風力発電ファームとそこから電力供給を受けるブロックチェーン・ネットワーク向けのデータセンターを整備する予定で、発電ファームと複数のデータセンターからなる設備の用地は1万ヘクタールにわたる。投資額は25億ドルに上り、米投資基金ブルックストーン・パートナーズが出資。環境調査が完了し次第、2021年半ばをメドに工事に着手する計画となっている。

最近になってモロッコとの経済関係が目立って強化された国の一つにポーランドがあるが、同国の企業も西サハラに関心を寄せている。2021年1月にワルシャワで行われた駐ポーランド・モロッコ大使との会合には、ALUMAST(建材)、EV Charge(EV充電器)、KZWM Ogniochron(防火設備)、EMER(食品)などの大手企業が参加してモロッコと西サハラへの投資意向を明らかにし、中でも照明大手のLUGは会合の翌週に西サハラへの投資を約束する合意書に署名した。LUGは、公共建築物や商店向けに装飾照明や内外装照明設備を製造・設置する専門企業である。30年以上の歴史をもち、従業員数は600人を超える。ドバイ、フランス、英国、アルゼンチン、ブラジル、ドイツ、ウクライナに進出済みで、最近はワルシャワ市から約1,000万ユーロの照明整備を受注した。LED電球とIoTの技術を利用したスマート照明とスマートシティの分野でも活動している。

ポーランド投資・貿易庁のカサブランカ事務所では、モロッコ投資に関する問い合わせが増えているとし、ポーランド企業のモロッコ進出を奨励するためのウェビナー開催を近く予定している。ちなみに、駐モロッコ・ポーランド大使によると、両国間貿易は2020年に25%の成長を達成して、10億ドルの大台に乗った。うち6億1300万ドルはモロッコからの輸入によって占められている。

こうした投資機運の高まりを支えるのが、モロッコが国王の肝いりで数年来進めてきた西サハラの開発プランである。2016年から2021年までに700件以上のプロジェクトを実施するという大型プログラムであり、投資額も当初予定の総額770億ディルハム(約77億ユーロ)から850億ディルハム(約85億ユーロ)へと引き上げられた。2020年12月時点でプランの70%が完了しているという。モロッコ南部のティズニットからアイウンを経由してダフラまで伸びる全長1,000km以上の道路は間もなく完成し、ダフラの北方では270ヘクタールの産業ゾーンを併設するダフラ・アトランティック港建設も着工される。投資額は総額100億ディルハム(約10億ユーロ)。アイウン、ダフラ、ブジュールに海水淡水化プラントを建設する計画や、合計600MWの風力・太陽エネルギー発電所の建設計画も進んでいる。

モロッコが投資家を積極的に誘致していることもあり、西サハラへの投資は数年前から増加傾向にあった。それが、上に説明した通り、米国が西サハラに対するモロッコの主権を認めたことで、投資熱が一気に上昇した感はある。サブサハラ・アフリカの入り口に位置するという地理的な利点と、建設や工業、農業・漁業、再生可能エネルギー、観光など多岐にわたる分野でビジネス機会が豊富にある西サハラから、しばらくは目が離せない。

(初出:MUFG BizBuddy 2021年3月)