中東の小国カタールは、豊富な天然ガス資源に恵まれ、湾岸諸国の中でも群を抜いて高い所得水準を誇る。天然ガス資源の枯渇が富の終わりとなることを見越したカタールは、各種の投資ファンドを通じて国外で精力的な投資を展開しているが、その新たなターゲットがアフリカである。カタールの、時に謎めいて見えるソフトパワー構築路線と長期的生き残り戦略の中で、アフリカはどのように位置付けられているのだろうか。
ドーハを首都とするカタールは、ペルシャ湾に面した首長国の一つである。秋田県ほどの面積に人口が約200万人。豊富な天然ガス・石油資源に恵まれ、国民1人当たり国内総生産(GDP)は9万3352ドル(以下、2013年の世界銀行統計値)と、周辺の産油・産ガス国-クウェート5万6367ドル、アラブ首長国連邦4万1692ドル(2012年)、サウジアラビア2万5852ドル、バーレーン2万4613ドル-と比べてもずば抜けて高い。約200万人の人口のほとんどは移民で、カタール人は30万人程度にすぎない。
カタールが天然ガスの輸出を開始したのは1997年。日本は初年度からの輸出先である。天然ガス確認埋蔵量は世界シェアの13.4%を占め、100年以上の可採年数が見込まれているが、この富める首長国の懸念はまさに、天然ガス資源枯渇後の収入源の確保であり、この至上命題にのっとって国外での資産構築を進めているのが政府系ファンド(SWF)「カタール投資庁」である。カタール投資庁が活動を開始したのは2005年で、比較的新しい。しかし、SWF研究所(SWFI)の最新統計によると、その資産額は1,770億ドルに上り、世界のSWFの中ですでに11位につける。2011年にはパリのプロサッカークラブパリ・サンジェルマン(PSG)の株式70%を購入してオーナーとなり話題を呼んだが、今後は従来通り欧米市場への投資を継続しつつ、新興国向けの投資を拡大する方針を明らかにしている。その射程に入るのがアフリカである。
カタールの対アフリカ直接投資の規模は、2010年までは比較的少ない水準にとどまっていた。しかし、2010年末に始まった「アラブの春」を機に、北アフリカ諸国を中心にアフリカへの投資を加速している。「アラブの春」で政治体制が一変したチュニジアを見ると、2012年に5億ドル規模の融資と各種協力合意の調印、翌2013年に外貨準備金支援として5億ドルの融資、さらにカタールフレンド基金による中小企業支援、カタール・チャリティーの援助など、支援案件が続々と報道されている。
カタールの潤沢な資金援助を求めて首都ドーハを訪れるアフリカの首脳が多いのも最近の目立った現象で、2012年以降、アフリカ大陸諸国のうち半数の国の首脳(計60人)、およびアフリカ諸国の視察団100以上がドーハを訪れた。サハラ以南アフリカでも、コートジボワールのように政情安定化に伴って外国投資ブームが起こっている国があり、同国のワタラ大統領は2013年5月に3日間にわたってドーハを訪問し、大使館開設を発表すると同時に、対コートジボワール投資を強く呼び掛けた。
カタール投資庁は傘下の多数の子会社を通じて、銀行、携帯電話、不動産・リゾート開発、産業・エネルギー、農業などの分野でアフリカへの投資を展開している。銀行部門ではエジプト、スーダン、チュニジア、リビア、モロッコ、携帯電話はチュニジアとアルジェリア、リゾート・不動産はエジプト、スーダン、チュニジア、リビア、モロッコなど、事例は枚挙にいとまがない。アルジェリアでは合弁の製鉄所建設計画が進んでいる他、ジブチでは風力発電ファームプロジェクトが始まり、ニジェールの首都ニアメーでは低所得層向けの「ドーハ・チャリティー・ビレッジ」が建設されている。
カタールとアフリカ間の貿易額を見ると、それぞれの貿易額全体に占める比率は1%未満にとどまるとはいえ、2011年の貿易額は10億ドルを超え(以下国連貿易開発会議(UNCTAD)統計値)、2000年比でほぼ10倍に達した。アフリカにおける主な貿易パートナーはエジプトをはじめとする北アフリカ。「アラブの春」を挟んで、2010年から2011年にかけて貿易額は倍増した。
食料の90%を輸入に頼るカタールは、2030年を展望に据えた国家ビジョン「Vision 2030」の中で、食糧安全保障を優先課題に掲げている。砂漠地帯の地下水くみ上げや淡水化で無理やり農業を行う方法もあるとはいえ、サウジアラビアではこれが失敗し、しかもカタールにはサウジアラビアのような広大な土地が存在しない。そこで採用したのが世界各地での農地の買い上げである。カタール投資庁傘下のHassad Foodはオーストラリアで小麦栽培と牧羊の13の大農場・牧場を買収。アフリカでも、スーダンで10万ヘクタール、ケニアで4万ヘクタールの農地を買収した。
小国カタールは、自国の国際的認知度と影響力を高めるべくひそかなソフトパワー構築を進めているとされ、TV局「アルジャジーラ」が例として挙げられることが多い。そして食糧安全保障の分野でも、自国のハンディを強みに転換するカタールのソフトパワー戦略が発揮されている。2012年3月にモロッコの首都ラバトで開催された「世界食糧安全保障フォーラム」でカタールが提案した「Global Dry Land Alliance」がそれだ。この構想は、スペインのモラティノス元外相を推進役として、中東、マグレブ諸国、サヘル諸国など約30カ国が加盟希望を表明しているという。同年6月にリオで開催された「国連持続可能な開発会議」では、潘(バン)国際連合事務総長がカタールの呼び掛けに対して明確に支持を表明した。
カタールによるソフトパワー構築戦略のもう一つの意外な舞台がサッカーである。カタールは2022年のサッカーのFIFAワールドカップ(W杯)開催を射止め、国内では巨大スタジアムの建設が急ピッチで進む。インフラだけではない。ドーハに設置されたエリートスポーツ学校Aspire Academyでは、12歳以上の男子を対象に有望なスポーツ選手を選抜して寄宿生活させ、最高のトレーニング環境の中でハイレベルの選手を養成している。特にサッカーでは、恵まれない家庭環境にあるサッカー少年を募集して養成する「Aspire Football Dream」を展開している。アフリカなど各地でスカウトした有望な少年らは親元を離れ、まずはドーハで、その後はセネガルに設置された分校Aspire Senegalでトレーニングに励む。ただし、このプログラムが、アフリカなどの恵まれない子どもたちに夢を与える慈善活動であるのか、あるいは、W杯開催時にホスト国としての面目を保つための強豪ナショナルチーム形成へ向けた布石であるのか、その真意は謎とコメントされている。
2014年3月、隣国サウジアラビアを中心とする湾岸諸国とカタールの間で突然緊張が高まった。「アラブの春」以降、エジプトやチュニジアで一時政権を握った「ムスリム同胞団」(チュニジアでは同胞団に近い「エンナーダ」)への支持を続けるカタールにサウジアラビアがいら立ち、アラブ首長国連邦、バーレーンと足並みをそろえて駐カタール大使の召還を決定した。世襲王政を否定するイスラム原理主義のムスリム同胞団にサウジアラビアなどは長年アレルギー反応を示しているが、カタールは同じく世襲制を敷きながらもムスリム同胞団を支持する。「アラブの春」後のエジプトでカタールはムスリム同胞団に70億ドルを支援。これに対してサウジアラビアなどは、2013年7月に政権を奪取した軍事政権に計120億ドル(サウジアラビア50億ドル、クウェート40億ドル、首長国連邦30億ドル)を供与した。
カタールのムスリム同胞団支援については、1960年代にエジプトを逃れて亡命してきた元ムスリム同胞団メンバーのイスラム法学者カラダーウィー師を国内に迎えたことが背景にあるといわれる。「カラダーウィー師は元ムスリム同胞団員であるから、ムスリム同胞団を支援してカタールの影響力拡大を図る。カラダーウィー師を保護すればイスラム過激主義からカタールを守ることもできる」というのがカタール首長の計算であるという。
2012年、マリの北部がアルカイダ系武装勢力らに制圧された際、カタール系の人道援助組織が現地で理解し難いような住民支援を行っていることが取り沙汰された。他の援助組織と連携せず、時には武装勢力を支援しているとしかみえない行動があったためだ。ただしこうした疑念についても識者はむしろ「カタールの末永い繁栄につなげる独特の現実主義路線があるのみ。フランス(2013年にマリ北部の武装勢力を駆逐)をはじめとする欧米諸国との利益相反の道を選ぶはずはない」とみている。
(初出:MUFG BizBuddy 2014年9月)