2013年4月23日、同性間の結婚を可能にする法案がフランスで成立した。結婚に準ずる権利を同性間に認める連帯市民協約(PACS)がすでに存在し、同性愛が社会的にも認知されているこの国で、同性婚反対運動が盛り上がったのはなぜだろうか。フランス人の同性婚への考え方、賛成・反対両派の主張や宗教的背景などから、その理由を探る。
2013年4月23日、フランス国民議会(下院)における2回目の審議で同性同士の結婚を可能にする法案が可決され、最終的に成立した。野党である保守政党の国民運動連合(UMP)が提訴している憲法評議会が合憲の判断を下せば、6月下旬にも施行される予定で、欧州7カ国、米国(九つの州のみ)、カナダ、アルゼンチンなどに続き世界で14番目の同性婚を認める国となる。法案が閣議に提出された2012年11月ごろから続いていた法案への賛成・反対両派のデモ、それをあおるようなメディアの報道合戦も、このごろは潮が引くように静かになってきた。
フランスでは、1960年代後半の5月革命やウーマンリブ運動などによって、結婚という社会規範に反発する人が増え、事実婚が当たり前になった。婚外子が新生児の55%を占め、同性、異性にかかわらず結婚に準ずる権利を認める連帯市民協約(PACS)が1999年に制定され、同性愛が社会的にもかなり認知されているフランスで、これほどまでに同性婚法案に対する運動が盛り上がったのは意外だった。
最初は同性婚法案に賛成する静かなデモから始まった。そのころから「オモパランテ(homoparenté、同性両親)」という言葉がメディアで盛んに言われるようになった。つまり、同性婚法は同性愛者が「結婚したカップル」として社会的に認知されるだけでなく、親としても認知されるという点が争点になっているのである。実際、結婚とPACSの違いは養子縁組ができるか否か(カップルのうち一方が養子縁組できるが、他方には親権はない)というのが主要点だ。他には、カップルの一方が死亡した場合、配偶者なら年金の一部を受給できるが、PACSの場合はできないといった違いはあるが、それ以外は、所得税申告も共同で、相手の社会保障制度も享受できるし、遺産相続もできる(ただし、PACSの場合は遺言状が必要)のは結婚と同じだ。
つまり同性婚は、同性カップルが婚姻夫婦と同様の権利を得るという点と、養子縁組、人工/体外授精、代理母にアクセスする権利などが認められ、同性カップルが親として社会的に認知されることが主眼といえるだろう(ただし、フランスでは人工/体外授精は合法だが、代理母は法律で禁止されている)。ところが、同性カップルの人工/体外授精や代理母へのアクセスについては与党内でも意見が分かれており、政府はこの二つを今回の法案に含めることは断念し、倫理諮問委員会の判断を仰いだ上で問題ないとなれば、年内に家族法改正案に盛り込むという慎重な姿勢を示している。
従って、今回の反対運動の高まりというのは、従来の婚姻夫婦という枠組み、母親と父親と子どもという基本的な家族の枠組みを揺るがす同性婚というものへの反発であろう。2011~2012年前半まではフランス人の64%が同性婚に賛成、養子縁組にも58%が賛成という世論調査が報道されたが、一連の反対運動を経た2013年4月にはやや下がった。世論調査会社CSAが4月に行った調査によると、同性婚に賛成は53%、反対は42%、同性カップルの養子縁組については賛成41%、反対56%と、ほぼ国論を二分している。
反対運動の中心人物としてメディアでクローズアップされたのは、カトリック信者を自認し、政治的に右派のスローガンを掲げる市民団体を運営するフリジッド・バルジョーという人物だ。同性婚法(通称loi de mariage pour tous、全ての人のための結婚)に対する反対運動として「collectif La Manif pour tous(全ての人のためのデモ集団)」を立ち上げて反対派を結集し「父親、母親という言葉を民法から消してはならない」「子どもは母親と父親を持つ権利がある」などのスローガンを掲げて2012年11月ごろからデモを組織し、最高で34万人(主催者側は100万人と発表)を動員した。2013年3月24日のデモでは、パリで行進ルートから外れた人たちと治安部隊による衝突が起きた。4月12日の上院可決以降はさらに過激な集団が現われ、同性婚賛成派の会合に参加する人の列車を止めたり、閣僚や賛成派国会議員の自宅前で騒いだり、国民議会議長に火薬入りの手紙を送り付ける者まで出た。
反対デモは、伝統的な家族の形態を守るという考え方はもちろん、社会党政権を弱体化させるために反対運動をあおる右派UMPや極右政党の国民戦線(FN)、過激な原理主義から穏健派までの幅広いカトリック系諸団体、さらには社会党や同性愛者の反対派も吸収した。同性愛を認めない人から、PACSはいいけれど結婚は駄目という人、結婚はいいけれど同性カップルが親になるべきでないという人まで幅広い層が参加したわけだ。
こうした反対運動の高まりの背景には、長引く不況や失業者の増加によって国民が右傾化・保守化していることの他に、フランスが伝統的なカトリック教国であることも関わっている。フランスのカトリック教会上層部は当然、反対の態度を表明した。2012年のCSAの世論調査によると、フランス人の56%が自分をカトリック教徒であると認識している。その他の宗教はイスラム教徒6%、プロテスタント2%、ユダヤ教徒1%などで、無宗教も11%いる。カトリック教徒で信仰を実践している人(少なくとも月1回は教会へ行くなど)はわずか12%。ただし、カトリック教徒でも同性婚への意見は賛成46%、反対49%と分かれている(ただし、信仰を実践している人では73%と圧倒的に反対派が多い)。こうしたカトリックの文化が根強いことは、フランスで、精神障がいのリストから同性愛が除外されたのが1981年、未成年と同性愛行為をすることが犯罪でなくなったのは1982年と、かなり最近であることからも分かる。
反対派のデモの過激化に霞んでしまったが、賛成派のデモも断続的にあった。同性愛者擁護団体などが主催し、政治的には左派の人が多く参加した。賛成派は、法の下における同性愛者の平等を求め、同性カップルが親として十分に子育てができることを主張し、子どもに悪影響はないことを訴えた。彼らの主張の背景には、同性愛が社会的にかなり認知されているにもかかわらず、依然として区別や偏見がなくならない状況がある。同性愛であることを親や周りの人に打ち明けられず、悩んだ揚げ句自殺にまで至る人、打ち明けた途端に親子の縁を切られてシェルター(緊急一時保護施設)で暮らすしかない人などがいる。これまでにも極右の若者が同性カップルを襲う事件はあったが、2012年11月ごろからこういった犯罪が増えた。
しかし、結婚した夫婦の45%が離婚するというフランスでは、離婚した人が再婚して複合家族をつくり、子どもが義母や義父と住んだり、離婚した実母と実父の家庭に交互に住んだりすることは珍しくなく、伝統的な家庭の形態はすでにかなり崩れているのが現状だ。義母や義父が自分の子ども同然に育てた連れ子に対して親権がないために、実母や実父が死亡した場合に引き取ることができないといった問題も異性、同性カップルに限らず起きている。同性婚反対派は、人工/体外授精や代理母が米国の一部で行われているようなビジネスに発展することを懸念しているというが、これは異性カップルの場合も同じではないだろうか。今回の同性婚法反対・賛成運動は、新しい形態の家族が持つさまざまな問題を浮き彫りにし、そうした倫理的問題にフランス社会が解答を出すべき時期が来たことを示唆しているといえる。
(初出:MUFG BizBuddy 2013年5月)