フランスでも出生率の低下に懸念

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

フランスの国立統計経済研究所(INSEE)の統計によると、フランスでも出生数と出生率の低下が続いており、少子化の懸念が強まっている。しかし、長い目で見ると出生率は安定的に推移していると指摘する専門家もいる。少子化は短期的には財政や経済にプラスの影響を及ぼすが、長期的には経済成長の鈍化や年金財源の枯渇を招く。フランスには16世紀以来、人口増加を奨励する思想が根強くある。

出生数と出生率の低下が懸念される国といえば日本が代表格だが、先進国中では出生率の高い国であるフランスでも近年は低下が続いている。フランスの国立統計経済研究所(INSEE)が2019年1月15日に発表した統計値によると、2018年の出生数(生まれた子どもの数)は75万8000人で、2017年の77万人を1万2000人ほど下回った。出生数は2015年から4年連続で減少し、過去24年間で最低の水準に落ち込んだ。

しかし出生数は死亡数を上回り続けており、出生数から死亡数を差し引いた人口の自然増は14万4000人で、総人口は6699万3000人となり、6,700万人にあと7,000人までに迫った。フランスでは第2次世界大戦後は出生数が死亡数を上回る状況が続いており、自然減を記録したことは過去60年以上ない。しかし自然増の幅は縮小しており、2006年の30万2000人と比べると、2018年の自然増は半分にすぎず、戦後最低になった。

ちなみに日本の総人口は2017年10月の時点で約1億2670万人だったが、同年の出生数は94万6000人、死亡数は134万人で、39万人の自然減を記録した。総人口がフランスの2倍に近い日本で出生数が1.25倍程度にすぎないのだから、日本の出生数の相対的な低さが改めて分かる。

日本ほどではなくてもフランスの出生数が減少している理由としては、二つの要因が挙げられる。一つは構造的なもので、20~40歳までの、いわゆる出産適齢期とされる女性の数が1990年代から減少の一途をたどっているためだ。INSEEによると、この年齢層の女性の数は1998年に910万人だったのが、2008年に880万人、2018年には840万人にまで低下した。もう一つは、女性の初産年齢が高くなり、産む子どもの数も減っているという先進国共通の社会的現象である。

フランスの場合、平均初産年齢は2018年に30.6歳となり、30歳を超えている(2008年には29.8歳)。また25~29歳の女性が100人当たり何人の子どもを産んだかを比較すると、2000年には13.4人だったのが、2018年には11人にまで落ち込んだ。30~34歳の女性では、2010年に13.3人、2018年には12.7人と20歳代の女性ほどではないが、やはり低下している(初産年齢が上昇しているので、30歳代の方が低下幅は小さい)。平均初産年齢の上昇は、女性の高学歴化や就業率の上昇が理由だとみられるが、単純に出産の年齢が上方にズレただけで、産む子どもの数は同じ、というわけでもない。

女性が一生に産む子の数を示す合計特殊出生率は2017年に1.9だったが、2018年には1.87となり、4年連続で低下した。それでも2017年の合計特殊出生率は前年に続いて欧州で最高であり、低下したとはいえ2018年もフランスは欧州で最も合計特殊出生率が高い国の一つだったことは間違いない。しかし人口水準を維持するには2.1の合計特殊出生率が必要とされ、これを顕著に下回りつつある。

しかも合計特殊出生率は生活水準の違いに関係なくあらゆる年齢層の女性で低下しており、地理学者のシャラール氏(パリ第4大学)は、これを「若い世代のメンタリティーの変化が招いた構造的傾向」と分析している。一方、全国家族協会連合(UNAF)は政府の政策が子どものいる家族にとって不利なものになっていることが原因だと政治的要因を指摘している。

これに対して、フランス国立人口研究所(INED)の人口学者トゥールモン氏は、より長期的な動向を見ると、合計特殊出生率は比較的安定的に推移していると指摘する。最近では2010年にピークに達し、2015年から低下局面に入ったものの、1975年以来では、1990年代に一時的に1.65前後まで落ち込んだ以外は、1.8~2.0の水準に落ち着いているという。トゥールモン氏はフランスの合計特殊出生率が他の欧州諸国よりも高い理由として、託児所の充実や大多数の子どもが3歳から幼稚園に入園する学校制度などにより育児と仕事の両立が比較的容易であり、出産後に早期の職場復帰が可能なこと、公立校であれば教育にかかる費用負担が他国よりも相対的に小さいことなどを挙げている。さらにフランス社会では、出産適齢期とされるカップルが子どもをつくらないと後ろ指を指されるような風潮もあることを指摘している。

それでは、2015年以降の出生数・出生率の低下は何が原因なのだろうか。これについては、経済的な要因が指摘されている。経済協力開発機構(OECD)加盟国の多くでは2008年の世界経済危機後に出生数が顕著に減少したが、フランスでは社会保障のセーフティーネットが充実しているために、経済危機の影響が数年遅れで、より緩やかな形で表面化したと考えられるという。

なお、日本では婚外子(非嫡出子)をタブー視する風潮が強いが、フランスでは婚姻届を出さない事実婚カップルが子どもをつくることは今や普通で、2018年の新生児77万人のうち、実に60%が婚外子だったことも注目される。特に母親が25歳未満の場合だと、80%が婚外子だった。こうした現象は、事実婚のカップルにも姻戚関係にあるカップルとほぼ同等の権利を付与する連帯市民協約(PACS)のような制度が導入されたことで一般化した。1970年代末まではフランスでも婚外子をタブー視する風潮はあり、当時は新生児に婚外子が占める割合は10%未満だったが、2006年以降は過半数を占めるようになった。婚姻という束縛なしに子どもをつくりやすいことも今のフランスの特徴だろう。

従って、婚姻件数はもはや出生数・出生率に影響を及ぼさなくなっているわけだが、参考までに見ておけば、2018年の婚姻件数は23万5000組で、前年比で7,000組ほど増加した。男女の婚姻が22万9000組と圧倒的に多く、同性の婚姻は6,000組にとどまって前年比で微減した。フランスでは同性婚が2013年5月17日の法律で許可されたが、婚姻件数が減ったのは初めて。ただし、INEDのロー氏は同性婚が許可された直後の数年は、それまで結婚を望みながら実現できなかったカップルが一斉に結婚した影響で婚姻件数が多かったのに対して、今は通常のリズムに落ち着きつつあるのではないかとみている。

さて、少子化は日本でもフランスでも懸念要因とされているが、INSEEのエコノミストであるブランシェ氏は、短期的な影響と長期的な影響を分けて考える必要があるとし、短期的に見れば悪い面ばかりではないと指摘する。学校に入学する子どもが減れば、学校教育の運営費用がその分軽減され、政府予算の支出削減の一助になる。フランスの学校教育は公立校の比重が非常に大きいため、こうした影響は無視できない。また1人当たり国内総生産(GDP)の上昇にもつながり、生活水準の向上に貢献することになる。

しかしより長期的には労働人口が減少し、生産と経済の成長が鈍化し、1人当たりGDPと生活水準にもマイナス影響を及ぼす。例えばフランスよりも出生率の低いドイツでは、2030年代にこのような現象が発生するリスクがあるという。また、よく指摘されるように、退職者数に対する労働者数の割合が低下し、年金財源の枯渇が危惧される。

少子化が年金制度を危機に陥らせるという理由で子どもをつくる人はあまりいないだろうが、OpinionWayが2018年11月末に実施した世論調査(18歳以上の1,060人のフランス人が対象)によれば、回答者の89%は、子どものいる家庭と子どものいない家庭はほとんど別世界のように異なると考えており、家庭を築く上で子どもの存在が要になるという考え方は根強い。また少し古いがINEDが2010年に9,000人弱を対象に実施した調査では、子どもを望まない、と回答したのは男性で6.3%、女性で4.3%と非常に少数派だった。特にカップルで暮らしている人の場合、子どもを望まないとした回答者は男性で5%、女性で3%にすぎず、これは1995年以来ほとんど変化がない。

子どもを望まない人の動機としては、束縛されずに自己実現を優先したいという理由が多く、特にカップルで暮らしていない高学歴の女性で顕著だった。しかし上記のトゥールモン氏の指摘にもあったが、いわゆるチャイルドフリーの支持者は、フランス社会ではまだマイナーな存在であり、子どもはいらないと明言することがはばかられる雰囲気が根強くあることは確かなようだ。

またフランスでは、第1次世界大戦と第2次世界大戦で多くの犠牲者を出したため、戦後に人口の回復を目指して積極的に子どもをつくったという歴史的経緯があり、これも子づくりを奨励する社会的傾向の維持に一役買っているといわれる。

さらに歴史をさかのぼるならば、16世紀のフランスの経済学者ジャン・ボダン(1530-1596年)が「豊かさとは人間の多さにほかならない(il n’est de richesses que d’hommes)」と喝破したことが思い出される。ボダンは人口が増えるとそれが生産力の向上を促し、国をいっそう豊かにすると考えて、人口の増加を奨励した。フランス語でポピュラショニスム(populationnisme:人口増加主義)と呼ばれるこのような考え方は、18世紀に英国の経済学者マルサスが『人口論』で展開した議論(人口は幾何級数的に増加し、食料生産は算術級数的にしか増加しないので、人口増加は貧困を招く)に真っ向から対立するものであり、数世紀を経た現在でも人口と経済成長の関係を考える上で、ボダンの流れをくむネオポピュラショニスムはネオマルサス主義に対抗する一つの重要な潮流を形成している。

実際のデータと照合しても、一方に合致するように思われる実例がある一方で、他方でよりうまく説明できるケースもあり、ネオマルサス主義とネオポピュラショニスムの間で勝敗はついていないが、人口増加が技術革新を促す創造的圧力を及ぼし、経済成長を刺激すると捉える点が、ポピュラショニスムの特徴だ。

いずれにせよ、若い人が多い国や社会には活気があり、高齢者が多い国や社会は次第に活気を失う傾向があるということは、多くの識者が指摘するところであり、直感的にもうなずける。女性の社会進出という点で、フランスは北欧などと比べると必ずしも最先端の国とはいえないが、働く女性を支援する政策やインフラは日本よりは整っているだけに、少子化に歯止めをかけるためのヒントになるのではないだろうか。

参考にした出典:

http://www.doctissimo.fr/grossesse/news/sondage-desir-enfant
https://www.yildizoglu.fr/croissance/dos9900/population.html
Les Echos(2019年1月16日付)
Le Monde(2019年1月16日付)

(初出:MUFG BizBuddy 2019年1月)