アフリカでは、正規の金融サービスにアクセスのない人口が多い。預金するための口座さえ持つことができないのに、銀行融資を期待できるはずもない。彼らが利用しているのは、インフォーマルな金融システム「トンティン」である。近代的で強力な銀行に対し、あらゆる社会階層に浸透しているトンティンとはどんなものであるのだろうか。
金融機関に慣れない理由
アフリカでは、正規の金融機関に口座を持たない人口が大半である。世界銀行のGlobal Findex報告書によると、2011年から2014年の間に世界で7億人が銀行口座を開設し、口座を保有しない人の数は2割減となった。サブサハラ・アフリカ地域においても、口座を持つ成人の割合は24%から34%に上昇している。とはいえ本音ではアフリカの民は、個人のお金を金融機関に預けることに慣れていない。
先祖たちは大切な貯金を自宅でつぼや瓶に隠していた。銀行という組織に預けて、会ったこともない人に管理してもらう、という習慣は新しいものである。その上、多くの庶民にとって銀行は不便で不自由だ。大きい町に行くには貯金したい金額より交通費の方が高くつく。何時間も待たされてはその日の商いができないし、本人証明書の提示を求められてももともと持っていない人も多い。何より「自分のお金なのに、いつ使うか、どれだけ残っているか、他人に知られたくない」と考える人が多い。
銀行に預金できるのは一部の人々
もう一つ重要なアフリカ経済の特徴は、人口の大半がインフォーマル経済で生計を立てていることだ。インフォーマルとは、個人や家族の規模で、最低限の設備と資本で始められる小売・製造加工・修理・サービス業などを指し、安定した給与所得のない零細自営業である。法的な登録や許認可もなく、官庁からの監督も法的保護も納税も、何もない場合がほとんどである。実態は流動的であり把握が困難であるが、近年の国際労働機関(ILO)の統計調査によれば、多くのサブサハラ・アフリカの国では、労働人口の60~80%がインフォーマル・セクターで就労しているという。
アフリカ情報誌『JEUNE AFRIQUE』による「アフリカンのお金」と題する連載ルポルタージュは、銀行員・公務員から商店主・修理工・食堂、そして店舗を持たない小売人や修理屋まで、幅広い職業と所得水準の人々の財布の中身を描写している。一部の人々だけが公に認められた職場で働き、本人証明書を持ち、税金を納めて年金も受給できている。だが、そのように口座開設の条件を満たし書類をそろえて銀行に預金できるのは、労働人口の全員ではない。
庶民が作り出した機能的な金融システム
金融機関に信用してもらう条件を満たせないために、銀行システムにアクセスのない人々が過半数である国も多い。預金するための口座さえ持てないのに、銀行融資を期待できるはずもない。そこで彼らは、インフォーマルだが良く機能する、彼ら自身による金融システムを作り運営している。正規の銀行に対してパラレルな金融システムともいえる「トンティン」だ。「無尽」あるいは「ROSCA(Rotating Savings and Credit Association:回転型貯蓄信用講)」として、日本を含め世界中で、同様の仕組みが古くから存在している。
相互扶助の社会保障
アフリカのトンティンは、同業者や同郷、同じ宗派や同じ町内などの縁で集まった複数のメンバーが、グループ内部の規則に従いそれぞれ定額を定期的に持ち寄って「共同のつぼ」に貯めていく。
メンバーは公平に回ってくる順番に従って、全員の拠出金の合計を受け取る。多くの場合、その大金を計画していた特別な出費のために使う。店舗の拡張や整備、機材の購入、仕入れ旅行、子どもの学費、借金の返済などである。この受け取り時期に合わせて結婚式や旅行を準備する人もいる。もともと自分で貯めたものであるからどう使うも自由だ。「トンティンが入ったら大宴会をして大勢を招くのが楽しみ」という人もいる。
だが、予定外のこともある。出産や冠婚葬祭、病気や事故のときには、トンティンの代表者はメンバー全員の承諾を得た上で予定の順番を変更し、必要に迫られているメンバーに先に渡すことも多い。このように急場の出費を助けるが、単なる借金ではない。もともとは自分たちが出した資金である。メンバー全員が納得する理由があれば順番を早めてもらうことも、自分が最後になることもある。
例えば、10人の同僚がグループになって毎月1万フランずつ「共同のつぼ」に入れていくと、10カ月のうちに全員が順番に10万フランずつ受け取ることになる。最初に受け取ることになった人にとっては融資に相当し、10カ月間の返済をする形になる。受け取る順番が最後になった人にとっては10カ月間の積み立て貯金になる。
毎回の拠出金額や期日、受け取る順番は、あらかじめ仲間うちで決められる。講から除名されないよう仲間うちでの対面を保つために、トンティンのメンバーは規則を順守する。支払いを怠って、よく知っている人たちから非難され、そのうわさが広まることは、法的に処分を受けることよりずっと恐ろしいからである。法的強制力よりも、知人の前で恥をかくプレッシャーの方が強い。だからこそ無理をしてでも積立金を支払うことになり、1人ではできない額の貯金ができるのだ。
また、トンティンの仲間には連帯感が生まれ、メンバーの結婚や出産、近親者の不幸などあれば、一致協力して現金と物資(米・油・酒・せっけん他)を届ける。自分の身に何かあれば、もらう側になる。慶弔いずれの場合も互いに知らせ、現金と物資を持って訪問し、食事でもてなして迎える。もう一つの親戚付き合いの輪でもあるのだ。
トンティンは貯金であり、保険であり、融資にもなる。特に公的扶助の恩恵を受けにくい立場にある人々にとって、金融機関であると同時に、相互扶助のシステムである。インフォーマル経済で生活する人々に必要とされたこの仕組みは、アフリカ全体で社会現象となり、各国の首都で、奥地の村で、あらゆる社会階層の人々が仲間を募り運営をしている。
金融機関の高い壁とトンティンの限界
アフリカ人にとって、金融機関にはトンティンのような強制力・連帯感・安心感はない。「知らない人」である銀行に何と思われようが、気にならない。よって、返済はトンティンのときほどまじめに行わない。また金融機関から融資を得るには、多くの質問に答え書類を提出し何度も足を運び、高い要求に応えられる担保を用意しなければならない。そうやって全てをそろえて審査に耐え、長く待ちながらも結果は「否」という状況は、アフリカではよくある話である。
提出書類と担保をそろえることができる人々でさえ銀行融資の壁は高いのに、何の証明書類も保証も持たないインフォーマル・セクターの人々にとっては、さらに非現実的である。しかし、アフリカの「近代的な金融機関」は、人口の過半数を占める彼らの事情には見向きもしない。
一方、トンティンは困ったとき即座に助けてくれる、信頼できて心のこもったシステムだが、不測の事態に際して保証する能力がなく危い。信頼に応えられないメンバーがいると、講の回転が止まってしまう。大銀行の資金力・組織力には程遠い。いかに人気があっても、トンティンができることは限られている。
国連が発表した世界人口予測によると、アフリカの人口は2015年から2050年で2.1倍となり、内訳では働き手の増加が顕著で、15~64歳の生産年齢人口は2.35倍になる。この人口の何割が銀行に口座を持つことができるのか。トンティンのシンプルな仕組みを愛する彼らのニーズに、アフリカの近代的で強力な銀行はどう応えるのであろうか。
(初出:MUFG BizBuddy 2016年3月)