アフリカでは経済成長と都市化の進行、医療システムの改善、中流階級の拡大などを背景に近年、医薬品市場が大きく拡大し、今後もさらなる成長が見込まれる。世界の大手製薬会社はアフリカ事業の強化に乗り出し、現地での生産・販売体制の増強に取り組んでおり、マグレブ諸国の製薬会社の進出も目立つ。
世界の医薬品生産は2016年に1兆1050億ドルに達し「Pharmerging」と呼ばれる医薬品新興国の市場拡大にけん引されて、2021年には1兆4000億ドルを超える見通しとなっている。アフリカ大陸における医薬品生産は世界全体の0.7%を占めるにすぎず、その70%は10カ国によって達成されている。アフリカ諸国の多くは医薬品を外国からの輸入に依存しており、アフリカで供給される医薬品の70%が外国からの輸入品だ。
アフリカ最大の製薬会社アスペン・ファーマケアの本拠地である南アフリカ共和国と、国内に約40の医薬品工場があり、南アフリカ共和国に次いでアフリカ第2の医薬品生産国であるモロッコは国内需要の70~80%を国内生産で賄うに至っている。だが中には需要の99%を輸入している国もあり、国内で医薬品を生産・供給する態勢が整っている国はそう多くない。
外国からの医薬品輸入によって生じるさまざまなコストに加えて、アフリカではサプライチェーンにおける仲介者の数が世界の他の地域と比較して格段に多く、最終的に消費者が支払うことになる医薬品価格を押し上げる結果となっている。国内で安価に生産することができても、販売価格が高いのはそのためだ。例えばケニアにおける医薬品の価格構成を見ると、48%が生産者、22%が卸売業者、21%が小売業者、9%が現地での再梱包(こんぽう)にかかるコストとなっているが、市場基盤の整っている米国で最終価格のうち卸売業者に振り向けられるのが約4%に抑えられているのと比べると、22%という数値の大きさが実感できる。
アフリカ諸国は近年、著しい経済成長を遂げ、中流階級が興隆し、世帯の購買力も上昇しているが、高価な医薬品に手の届かない人々が多いことに変わりはない。世界保健機関(WHO)によると、世界で流通する医薬品の10%程度が偽造医薬品とされるが、アフリカではその比率が70%にまで達している。
ニジェールで数年前に髄膜炎が流行した際に配布されたワクチンも偽造品だったという。品質の悪い偽造医薬品の摂取が原因で病状が悪化したり、死に至ることもあるという保健衛生上の問題に加えて、偽造医薬品が与える経済的な影響も無視できない。コートジボワールでは、偽造医薬品が原因で、医薬品業界が国の税収逸失分も含めて年間6,000万ユーロを超える損失を被っているとされる。当局は偽造医薬品の取り締まりに着手し、2017年5月には、西アフリカで最大の医薬品市場のあるアビジャンのアジャメで40トンの偽造医薬品が押収された。
このようにアフリカの医薬品業界の抱える課題は多いが、経済成長、人口増加と都市化の進行、中流階級の拡大などを背景に、市場規模は確実に広がっている。アフリカの医薬品市場は2000年の42億ドルから2012年の167億ドルへと拡大し、2020年には400億~600億ドルに成長すると予想される。市場規模自体は米国の3,930億ドルや日本の1,230億ドルには遠く及ばないものの、2010年から2020年の成長率は10%に近く(米国は2%、日本は1%)、処方薬、ジェネリック医薬品、市販薬、医療機器の全ての分野で成長が見込まれる。
高成長が期待できるアフリカ医薬品市場への製薬会社の関心は高く、世界大手は積極的なアフリカ戦略を展開している。当局による医療システム改善の取り組みをサポートする形で検診・治療薬を提供するというのが王道で、フランスのサノフィは2008年にモロッコ保健省、2013年にアルジェリア保健省との間で、高血圧、糖尿病、脂質異常症の診断と治療の改善に向けた合意に調印し、治療薬を提供するだけでなく、住民の意識向上キャンペーンから医療従事者のトレーニングまでサポートしている。
アルジェリアでは、2017年に国営サイダルとパスツール研究所(アルジェリア)との間でワクチン製造を行う工場を合弁で設立することで合意し、2018年にはシディアブダラに建設中の医薬品工場が稼働を開始する予定となっている。8,500万ユーロを投じて建設される新工場は、年間1億個の生産能力を持つ、アフリカ・中東地域におけるサノフィ最大の生産拠点で、将来的にはサノフィ・アルジェリアで供給する医薬品の80%を生産することになる。サノフィはマグレブ諸国で50年以上にわたって活動、南アフリカにも足場を築いており、西アフリカのフランス語圏諸国だけでなく、東アフリカの英語圏諸国へも攻勢をかけている。
英国のグラクソ・スミスクライン(GSK)は、サブサハラ・アフリカ諸国で増加する医薬品需要に対応すると共に、これら諸国における長期的なプレゼンスを強化すべく、2014年には5年間で1億3000万ポンド(約1億5700万ユーロ)を投資する計画を発表した。投資額のうち2,500万ポンドを非感染性疾患の研究所の設立に、1億ポンドをナイジェリアとケニアの既存工場の発展や新工場の設置に充てる計画だ。
一方、アフリカ製薬業界で3位につけるスイスのノバルティスは、マラリア・イニシアチブやジェネリック医薬品にとどまらない新たな市場の開拓に取り組んでいる。ノバルティスは2014年4月にワクチン部門をGSKに売却。その代わりGSKのがん治療薬部門を買い取っており、当面の必要度の高い医薬品市場から未来の医薬品市場へと軸足を移すべく、新製品・新薬開発に投資を集中させている。
またノバルティスは、アフリカ市場で処方箋なしで購入できる解熱剤や塗り薬、栄養補給剤の他、糖尿病、てんかん、心臓・循環器系疾患の治療薬など、新たな製品を投入していく方針だという。2015年に低所得国における慢性病治療薬へのアクセス改善プログラムを開始し、非感染症の治療薬を1カ月当たり1ドル(輸送費・保険料・税金を除く)で提供している。ケニア、エチオピア、ルワンダ、パキスタン、ウガンダの5カ国にカメルーンが加わり、2017年現在、アフリカでは6カ国で実施されている。
ノバルティスはこれと並行して、子会社サンドを通じたジェネリック医薬品部門の強化にも取り組んでいる。サンドはフランス語圏西アフリカのジェネリック医薬品市場で首位につけ、それ以外の地域へも進出。2012年8月にはザンビア保健省と提携して、遠隔地の住民に基本的な医薬品をばら売りするヘルスショップを展開し、2017年までに250万人に医薬品を提供する見通しとなっている。
アフリカの医薬品市場に注目しているのは、世界大手だけではない。中でも、サブサハラ・アフリカとの関係強化に努めるマグレブ諸国の動きが目立つ。特にモロッコは国を挙げて積極的なアフリカ戦略を実行しており、製薬業界でもサブサハラ・アフリカを視野に据えた事業が展開されている。モロッコのファーマ5は、世界で最も高価な米国のギリアド・サイエンシズのC型慢性肝炎治療薬「ソホスブビル(商品名:ソバルディ)」の途上国向けジェネリック医薬品を生産し、業績を順調に伸ばしている製薬会社である。このC型慢性肝炎治療薬をはじめとする感染症薬、婦人科関連薬、鎮痛剤、抗生物質などを西アフリカ諸国向けに生産する工場をコートジボワールのアビジャンに建設中で、2019年秋に生産を開始する予定だ。
ファーマ5は2016年に売上高1億ドル(約9億3730万ディルハム)を達成、向こう数年間で売上高における輸出の割合を25%から50%に引き上げることを目標としており、アビジャン工場は西アフリカ戦略の先鋒(せんぽう)となる。この他に、チュニジアのサイフ・ファーマスーティカルもアビジャン郊外のグランバッサムで医薬品工場の建設を進めている。またアルジェリアの国営サイダルは、2016年にアフリカ13カ国における医薬品の販売に関する独占契約を結び、コートジボワールを皮切りに輸出を開始した。
アフリカでは今後、都市化の進行やヘルスケア能力の増強、ビジネス環境の改善を背景に、医薬品市場が大きく成長することが予想される。各国レベルで国内の医薬品部門の成長を後押しする取り組みが行われ、外国製薬会社と国内企業との連携も行われている。製薬会社の関心も、アフリカで猛威を振るうマラリアやコレラなどの感染症対策から、生活習慣病を含む多岐にわたる分野へと広がっている。現在のところ、外国製薬会社の医薬品の(ライセンス)生産がアフリカでの医薬品生産の主流となっているが、将来、アフリカで開発・生産された医薬品が市場に溢れる日が来るかもしれない。今後の展開に期待したい。
(初出:MUFG BizBuddy 2018年2月)