新型コロナで「活況」のセクト新事情

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

フランスでは、新型コロナウイルス危機下の社会不安が格好の燃料になって、セクト的な活動が活況を呈しているという。本稿では、最近に話題になったセクトが、社会不安の中で同じように広がる陰謀論や極右的思想などと親和しつつ、どのような活動を行っているかを紹介する。

フランスでは、新型コロナウイルス危機下の社会不安が格好の燃料になって、セクト的な活動が活況を呈しているという。セクト監督当局として内務省下に置かれるMIVILUDESが受け取った通報と情報請求は2020年に合計で3,008件に上り、うち686件が真剣な通報・請求事例であると判断された。本稿では、最近に話題になったセクトが、社会不安の中で同じように広がる陰謀論や極右的思想などと親和しつつ、どのような活動を行っているかを紹介する。

フランスの法令は、「セクト」はもとより「宗教」の定義さえ与えていない。セクトそのものを取り締まる法的根拠はないが、「参加者の精神的又は肉体的な支配を創出、維持又は利用することを目的とするか、そのような状況を結果として生じせしめる事業を営む集団」を取り締まる刑法上の規定(第223-15-2条)が存在する。「セクト的逸脱」と呼ばれるそのような活動は、「精神支配、圧力又は脅迫の技術を用いて、公序、治安、人の安全を毀損するあらゆる団体又は個人の行為」と規定されている。「セクト的逸脱」に関する情報を収集し、監視する任を負っているのがMIVILUDESと呼ばれるセクト監視省間本部で、現在は内務省下の組織となっている。イスラム過激派の脅威への対応に追われて、セクトへの対応は後回しにされた感があるが、危機を背景にした社会不安の拡大の中で、政府としても見過ごせない案件として浮上している。

2021年1月に発表された報告によると、MIVILUDESが2020年に受け取った通報と情報請求は合計で3,008件に上り、うち686件が真剣な通報・請求事例であると判断された。MIVILUDESが通報案件を踏まえて司法当局に行った提訴の件数は16件を数えた。

案件の内訳は、「健康」が38%で最も多く、「未成年者の保護」が22%、「治安」が19%、「経済問題、労働、雇用、職業教育」が17%などとなった。「健康」と「ウェルネス」に関係した通報案件は増加の一途を辿っており、地理的にも全国に広がっている。通報案件のすべてが、公序良俗を乱すか、人に危害を加える案件と判断されるわけではないが、「セクト的逸脱」において特徴的な「イデオロギー、リーダーの存在、精神支配」を備えた事案も少なくない。2019年にMIVILUDESが他の当局機関の協力を得て行った調査では、675人の当業者を検査したところ、460人に違反行為が発見された。

MIVILUDESの分析によると、「代替医療」を展開するセクト的勢力が援用する論拠は主に次の3つであり、これらが同時に展開されることも多い。

1 従来の医療は人を全体として捉え損ねている。
2 公衆衛生当局は製薬産業の影響下に置かれている。
3 すべての解決法は自然の中か、自分自身の中に見つけられる。

この分野のトレンドの一つが「断食セミナー」である。オーストラリア人のエレン・グレーブ氏(「ジャスムヒーン」を名乗る)が主唱した、断食21日目を過ぎると光と空気だけで生きられるとする説に依拠している。フランスでは10人弱が「不食」などとも呼ばれるこのムーブメントを展開しており、2020年には3件の通報がMIVILUDESに寄せられた。外国ではこれまでに10人程度が断食死した事例がある。

しかし、この分野の最大のスターは、何といってもティエリー・カサノバ氏(Thierry Casasnovas)であろう。同氏は主に、生食を健康増進の手段として掲げており、YouTubeのチャンネル上で実践方法のチュートリアルを大量に公開している。登録者数は52万3000人と多数に上る。カサノバ氏は最も通報が多い人物であり、2016年以来で600件を超える通報の対象となった。2020年だけでも70件に上る。

カサノバ氏は生食だけでなく不食のテーマも手掛けている。この「掛け持ち」はカルト的勢力における近年の特徴の一つで、相互に参照しあい、「顧客」を呼び込みあうネットワークがインターネット上で形成されている。いったんこのサイクルに入ると、SMSに特有の「類は友を呼ぶ」バイアスが働き、主張を相互に支え合うコミュニティが出現する。循環的な証明と見かけ上の多数派の形成が、各人をもう一つの「代替医療」の世界に引き入れてゆく。

「代替医療」の世界においては、法外に高い料金のセミナーやコーチングを通じて顧客の生活を破壊するような事案が報告されている。2年間で4万ユーロから10万ユーロが支払われたといったケースも多い。顧客の精神が支配下にあり、抜け出すのが難しい状態に置かれている場合に、「セクト的逸脱」と認定することが可能になる。カサノバ氏のほかに、フランスで影響力のある人物として、ベルギー人でカナダ・ケベック市在住のジャンジャック・クレーブクール氏(Jean-Jacques Crèvecoeur)がいる。同氏は新型コロナウイルス感染症の原因を5G携帯通信と見定めた陰謀論を展開。波動の乱れが病気の原因とし、波動による治療を提唱。当然、ワクチンは害毒であり、陰謀の手段であると主張し、強硬なワクチン反対論を展開している。

こうした勢力の主張の基本的な部分は、カサノバ氏が自らチャンネルの筆頭に掲げている動画を見るとわかりやすい。同氏はこの中で、病気が存在するというのは幻想に過ぎず、あるのは症状だけであって、それは、人体が健康を取り戻そうとする自然の働きであるから、症状をなくそうという治療は誤りであると主張している。例えば腫瘍は、人体が取り込んでしまった毒素を1カ所にまとめたものであるから、毒素を体外に排出する体の働きを助ければ、自然に腫瘍は解消される。我々がなすべきことは、人体の自然の働きを助けて、健康を高めるものを摂取することであり、医薬品はむしろ有害である。当局はこうした当然の知識を隠蔽し、セクトというレッテルを貼って妨害しようとしているが、それに屈してはならない。要約すると、このような主張が展開されている。ここには、陰謀論と自然への回帰、医療への不信という材料がすべて揃っている。自然回帰を訴え、進歩を批判するその姿勢は極右勢力と親和力が高い。現に、元コメディアンで極右思想に傾き、陰謀論を展開するデュードネ氏が動画にゲスト出演するなどして協力。これもカサノバ氏のオーディエンスを増やす武器になっている。報道によれば、カサノバ氏の事業は2019年に200万ユーロを稼いでいる。2020年には、セミナーや講演はコロナ騒ぎで途絶えたものの、リモート研修(300ユーロ)の販売や、生食法に用いる「エキス抽出機」(1,000ユーロ程度で販売)のライセンス収入など、潤沢なビジネスを継続しているという。

※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。

(初出:MUFG BizBuddy 2021年4月)