投資誘致プラン「モロッコ・オファー」でグリーン水素開発に弾み

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

再生可能エネルギー資源に恵まれたモロッコはグリーン水素生産の分野でも有望視されている。政府は、再生可能エネルギー発電からグリーン水素および派生品の生産までを含む統合型プロジェクトの実施を促進すべく、「モロッコ・オファー」と名付けた投資誘致プランの実施を決めた。その概要を紹介する。

再生可能エネルギー開発におけるアフリカの先駆的存在であるモロッコは、自然資源が豊富で欧州に近いという立地を戦略的に活かして、数年前からグリーン水素の開発促進に取り組んでいる。グリーン水素開発に関する合意締結や大規模なプロジェクトもいくつか発表され、産学協同での研究開発も進められている。政府によると、これまでにすでに100近くの国内外の投資家がモロッコでのグリーン水素生産に関心を示した。モロッコは、世界のエネルギー転換と、その結果として変化するエネルギー供給の流れにおいて重要な役割を果たすとの野心を掲げている。その中でグリーン水素開発をエネルギー転換と持続可能な発展に向けた主要な道筋と位置付け、国内で芽生えつつあるグリーン水素産業がモロッコ経済にとって大きな転換点となると認識している。

こうした中、グリーン水素開発のエコシステム構築に向けて国内外の企業に投資を呼びかけるべく、「グリーン水素分野開発のためのモロッコ・オファーの実施」と題する首相通達が2024年3月11日に発表された。政府は2021年にグリーン水素開発に関する国家戦略を策定。その後2022年11月に、世界のグリーン水素部門におけるモロッコの競争力を高め、国の社会経済への利益を最大限に引き出すことを目的に、グリーン水素開発に関するバリューチェーンの全てをカバーする投資誘致プラン「モロッコ・オファー」を発表しており、その実施が長らく待たれていた。このほど発表された通達には、この「モロッコ・オファー」の実施に必要な詳細が定められている。

まず、モロッコ・オファーの対象となるのは、国内外市場向けにモロッコでグリーン水素およびその派生品を大量生産することを希望する投資家あるいはコンソーシアムによる統合型プロジェクト。再生可能エネルギー発電と水電解を経てグリーン水素を生産し、グリーン水素をアンモニア、メタノール、合成燃料などの派生品に加工、さらに関連のロジスティクスまでを含む統合型プロジェクトのみが対象となる。上流のグリーン水素生産の一部と下流の派生品生産、あるいは派生品生産のみを行うプロジェクトは、2022年に制定された新投資憲章の枠内での投資奨励措置の対象になりうるが、モロッコ・オファーの対象とはならない。モロッコにおけるグリーン水素分野の水平統合(グリーン水素のバリューチェーンに必要な設備など)あるいは垂直統合(モロッコにおけるグリーン水素と派生品の消費産業)に関するプロジェクトも、投資憲章の枠内での投資奨励措置を受けることはできるが、モロッコ・オファーの対象とはならない。

モロッコ・オファーの対象プロジェクトは、新投資憲章の枠内での投資奨励措置として対象投資額の30%を上限とする補助金を受ける可能性があるほか、設備財購入にかかる輸入関税と付加価値税が免除になるが、なんといっても大きいのは、モロッコ・オファーには用地の取得が含まれている点だ。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー発電を含むこれらの統合型プロジェクトの実施においては用地の確保が非常に重要であるとの観点から、政府はモロッコ・オファー向けに100万ヘクタール相当の用地を用意している。第1期として1ロット当たり1万から3万ヘクタール、合計30万ヘクタールの用地を提供する。プロジェクトの規模がこれより大きい場合は、複数期にわたって段階的に用地を提供する形となる。

モロッコ・オファーを利用してグリーン水素開発の統合プロジェクトを実施するには、窓口である持続可能エネルギー庁(MASEN)にプランを提出し、用地を仮押さえして概念設計・基本設計を段階的に行い、最終投資決定の結果に応じて国との間で投資枠組み協定を締結するという流れになる。投資枠組み協定において、国はプロジェクトの全期間を通じて当該用地を独占使用に供することを約束し、企業側は投資プログラム(コスト、日程、雇用創出、産業統合、国への支払いなど)と用地取得方法を明示する。ちなみに、MASENが事業主体となるグリーン水素生産プロジェクトもあるが、モロッコ・オファーのプロジェクトにはMASENは参加できない。

2023年6月に報告書「グリーン水素:ネットゼロへの道を切り開く」を発表したデロイトは、2050年には北アフリカが世界のグリーン水素生産量の10%、輸出量の40%近くを占め、世界最大の輸出地域になると予測する。中でもモロッコのグリーン水素生産は年間900万トン(世界生産の4%)、うち輸出は700万トンに上り、モロッコのグリーン水素部門は有望な輸出産業に成長することが期待されている。特に、大きな需要が見込まれ、地理的に近く物流コストを抑えられる欧州市場への輸出が念頭に置かれており、すでにドイツ、フランス、ポルトガル、オランダ、ベルギーなどの官民パートナーとの間で、モロッコでのグリーン水素開発をめぐる協力合意や具体的なプロジェクトの実施が決められている。また、中国やインド、サウジアラビアといった国々もモロッコでのグリーン水素生産を計画している。

他方、モロッコ・オファーでも言及されているように、輸出だけでなく国内需要への対応も重視される。グリーン水素は代替燃料として輸送・産業の脱炭素化に貢献することが期待されており、例えば、モロッコ国営電力水道公社(ONEE)は重油焚きのアイウン火力発電所をグリーン水素で稼働する発電所に転換することを計画している。しかし、なんといっても、リン酸塩が豊富で世界有数の窒素肥料生産国であるモロッコにとって、グリーン水素は、窒素肥料に欠かせないアンモニアの生産にも用いることができるという点で需要が大きい。国内のリン酸塩開発を独占する国営燐鉱石公社(OCP)は2027年に100万トン、2032年に300万トンのグリーン・アンモニア生産を目標とし、南部タルファヤでグリーン水素を原料とするアンモニア工場の建設を進めている。再生可能エネルギー(太陽光および風力)利用の海水淡水化プラントで得られる水を電解して、アンモニアの原料となるグリーン水素を調達するという統合型のプロジェクトに70億ドルが投資される。

こうした統合型プロジェクトをさらに受け入れるには、追加インフラの整備が不可欠である。モロッコ・オファーは、それぞれのプロジェクトが共有できるインフラを、場合によっては官民連携で整備することを約束している。現段階では、グリーン水素を輸出するための港湾インフラと輸送のための水素パイプラインをはじめ、水電解に必要な水を確保するための海水淡水化プラント、生産したグリーン水素を貯蔵するための地下の塩岩層の洞窟に関して、それぞれの管轄当局が調査を実施することが定められている。水素パイプラインはガスパイプラインの転用も含め、将来的に欧州の水素パイプラインに接続するネットワークの構築が目指される。このほかに、西サハラで生産した再生可能エネルギー由来の電力を国内の別の場所に輸送するための送電網の強化と、グリーン水素分野を中心とする国内の産業統合を促進するために必要となる産業ゾーンの展開についても目配りがなされる。

グリーン水素をめぐる国際競争において、モロッコには15年ほど前からクリーンエネルギーを大きく推進してきたという利点がある。現在、電力の38%が再生可能エネルギー由来となっており、2030年に52%の達成を目指している。ただし、グリーン水素部門を大きく成長させるには、モーリタニアやエジプトといった競合国に負けない安価な電力が必要となる。モロッコが再生可能エネルギー発電を含む統合型のグリーン水素生産プロジェクトを促進する理由もその辺りにありそうだ。

モロッコ・オファーの実施通達が発表され、モロッコのグリーン水素開発に関心を持つ投資家と産業界は沸き立っている。政府は、モロッコ・オファーの枠内での最初の用地割り当てを2024年第3四半期中に開始する意向を明らかにしており、新たなプロジェクトが続々と発表されるだろう。近年、野心的な産業政策と投資奨励を通じて自動車部門や航空部門を大きな輸出産業へと育て上げたモロッコが、グリーン水素開発部門をいかに発展させられるか、今後の展開に期待したい。

(初出:MUFG BizBuddy 2024年3月)