フランスでも人生100年時代に

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

ある日、新聞を読んでいて、「フランスでの100歳以上の人口は2023年に3万人、1970年の30倍近くに」という見出しに目が止まった。そう、フランス人はなかなか長生きなのである。「人生100年時代」に突入し、高齢者の増加とその社会変化への対応を迫れらているのは日本だけではない。本稿では、100歳以上の「超高齢者」についてのINSEEの統計を紹介する。

フランス人と日本人の共通点(?)の一つは「長寿」だ。世界最高齢の記録保持者が1997年に亡くなったフランス人女性のジャンヌ=ルイーズ・カルマンさん(122歳164日)であることは有名な話である。実は1934年に亡くなったはずで、娘のイヴォンヌさんが、遺産相続問題を理由に1934年時点でジャンヌさんにすり代わっており(実際にこの年に亡くなったのは「本物」のジャンヌさん)、1997年に亡くなった「ジャンヌさん」はイヴォンヌさんであったという「替え玉説」もある。これも有名な噂ではあるのだが(そして替え玉説に反論する調査結果もあり真実の程は解明されていないのだが)、イヴォンヌさんがジャンヌさんに成りすましていたとしても享年は99歳になる計算だそうで、まあ、イヴォンヌさんであったって、なかなかの長寿ではないか、と思う。世界最高齢の第2位につけるのは、こちらはどこからも疑義がでていない日本人女性・田中力子さん(119歳107日)である。フランスでは今年の1月にリュシル・ランドンさん(118歳340日)が亡くなった。死去当時で存命する人物のうちで世界最高齢者であり、現時点での世界最高齢者ランキングでは4位につけている。余談だが、これら女性3人の共通点は、「長寿」とともに「好物がチョコレート」である。

平均寿命の方は、データを公表する機関にもよるようだが、日本の男女平均はほぼ必ず世界ランキングの上位3位に入っており、女性に関しては世界トップであることがほとんどであるようだ。片やフランスでは、女性の平均寿命は世界でも5位以内に入ることが多いのだが、男性を含めると、これが10位台に下がる。それでも世界のトップ20位には入るので、やはり「長生きな国」に入れてよさそうだ。

長生きに関心を持ったのも、最近のルフィガロ紙で「フランスの100歳超え人口が3万人になった」という記事を見かけたからだ。これは仏統計局INSEEの調査(https://www.insee.fr/fr/statistiques/7234483)を引用したものであった。件のINSEEの調査には、なかなか面白いデータが出ているので本稿ではこれを紹介したい。

先に書いた通りフランスでは、2023年の100歳以上の人口が3万人を超えている。100歳以上の人口は、1960-1975年の1100 人前後から、実に30倍近くに増えたことになる。統計によると、1975年から2015年まで、100歳以上の人口は年間8%のペースで増加している。ただし2015年から2019年には、第一次世界大戦時の出生数の減少に連動して、100歳以上の人口も2万4100人程度から1万8500人に減少する。その後の2020年からは年間15%というペースで再び大きく増えていくが、INSEEによるとこの伸びは新型コロナ感染拡大がなければ、より急激なものとなったそうだ。1923年以前に生まれた人の死亡数は、2020年に予想よりも5%、2021年には2%、2022年には9%多かった。前述のリュシル・ランドンさんは2021年に新型コロナの陽性反応がでたもの、無症状のまま隔離期間をへて陰性確認とあいなったそうだが、やはり100歳以上の「超高齢者」の身体にコロナ感染は大きな負担だったようだ。


出典:INSEEの調査を元に筆者が作成

100歳以上の存命者数は、フランスの人口全体の0.04%に相当する。INSEEによると「100歳以上の存命者のほとんどが世界の最高年齢記録保持者のジャンヌ・カルマンの122歳という記録にはほど遠く(INSEEは「122歳説」を採用しているようだ)」、その91%が100歳以上103歳未満である。2023年4月時点でフランスの存命の最高年齢者は116歳で、次は112歳。予想できることではあるが、100歳超えの人の86%が女性となる。

100歳以上の存命者数では、フランスは欧州第1位でもある。絶対的な人口が他の欧州諸国に比べて多いから当然ではあるのだが、「1980年に60歳であった1000人に対する2020年時点での存命者の割合」をみてもフランスは欧州諸国の中でトップになる(図2)。つまり100歳以上まで長生きする確率が他の国よりも高いのだそうだ。


出典:INSEEの調査を元に筆者が作成

そんな超高齢者たちはどのように生活しているのであろう。INSEEの調査によると、80歳未満の人で、高齢者施設に入居している人は非常に少ない(80歳未満の4%のみが入居)。この数字は80歳以上から増加するものの、90歳でも79%の人が自宅で生活している。100歳になると、さすがに50%強が高齢者施設で生活するようになる。残る50%弱の内訳をみると4%が自宅にてカップルで生活、12%が身内(多くは子供の一人)の家で共同生活、33%が自宅にて単身で生活している。50%以上は施設に入っているものの、100歳以上の3人に1人が一人で生活しているというのは、少し寂しいながらもなんとなく頼もしい気がする(頑丈な個体はとことん頑丈なんですね)のは筆者だけだろうか。

もう一つ面白いのは、学歴別の100歳超えの存命者割合である。1990年に70-75歳であった人の中で100歳超えの存命者の割合を男女・学歴別みると以下のようになる(図3)。


出典:INSEEの調査を元に筆者が作成

これを見ると高学歴であるほど長生きする、ということが一目でわかるが、筆者がこのグラフの中で目を奪われたのは「女性の間でもっとも長生きする可能性が低い『中学卒業資格を有しないカテゴリー』に入る女性の方が、男性の間でもっとも長生きする可能性が高い『高校卒業資格(いわゆる「バカロレア」)以上の学歴を有するカテゴリー(つまり大卒以上)』に入る男性よりも、長生きする確率が高い」という事実である(女性ってやっぱり頑丈なんですね)。

このようにフランスでは、比較的元気な超高齢者が増えているわけだが、この傾向は今後も続くようである。同じINSEE調査の予想によると、1940年に生まれた女性の6%、男性の2%が100歳を超えても存命でいる可能性が高い(1922年に生まれた女性ではこの数字が3%、男性では0.9%である)。それ以降に関しては、いくつかのシナリオが考えられるようで、1970年に生まれた女性では6%から20%、男性では2%から12%が100歳を超える可能性がある。図4をみるに、平均寿命が長くなるシナリオでは100歳以上の人口が6万人に達することになる。女性では5人に1人が100歳を超えるまで生きるわけだ。去年ついに五十路に突入した筆者(女性、かつ長寿家系)としては「え、まだ折り返しなの!?もう走れませんけど」って感じである。


出典:INSEEの調査を元に筆者が作成

日本でも大きく報道されている最近のフランスの年金改革とそれに対する抗議行動では、定年年齢が引き上げられることが最大の争点になっているが、長寿化が進むのであればちょっとくらい長く働いてもいいのではないか。そう思うのは、筆者が日本人だからなのかもしれない。

それに、100歳を超えて生きるにしても、やっぱり「元気じゃないとなぁ」とは誰もが思うところであろう。昨年に死への対応に関する国民協議会なるものが開催された。これは、くじ引きにより選出された184人の市民が「死」に関連する様々な問題を協議し、政府に提言するという試みで、この協議での最大のテーマは「安楽死制度の合法的導入」であった。欧州ではすでにオランダ、ルクセンブルク、ベルギー、スペイン、スイスで安楽死が合法化されている。ヌーヴェルヴァーグの騎手として名高い映画監督ジャン=リュック・ゴダールが、スイスでの安楽死を選んだことは記憶に新しい。国民協議会は、安楽死制度の合法化に賛意を示し、フランス政府は条件付きで安楽死を認める方向で法制度を準備しているところだ。
昨年の年初には、ジャーナリストのビクトール・カスタネ氏が高齢者施設をチェーン運営する某民間企業「入居者の権利を無視した虐待に近い対応」を暴露した著作「墓掘り人たち(Les Fossyeurs)」が大きな社会問題となった。人生の終盤に若輩者に虐められるような辛い日々を送るのは避けたいものだ。
そんなわけで、「元気に100歳を迎えるために、毎日スクワットを100回実践する」という人生で100回目くらいの同じ決意を、今日も新たにする筆者であった。

(初出:MUFG BizBuddy 2023年4月)