フランスの親ガチャ事情

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

子供が親と異なる社会的階層へと移動する「世代間のソーシャル・モビリティ」。この階層移動は、いわゆる「親ガチャ」の当たり外れに比例しそうである。フランスにも、親の能力や家庭環境により子供の人生が決定してしまう、という一面がある。本稿では、最近発表された統計当局の調査を参考に、フランスの親ガチャ事情を考察したい。

子供が親と異なる社会的階層へと移動することを「社会的格差の世代間移動」とか「世代間のソーシャル・モビリティ(社会的流動性または階層移動)」などと呼ぶらしい。日本では、親の能力や家庭環境により子供の人生が決定することを「親ガチャ」と言うようだが、「世代間のソーシャル・モビリティ」は、まさに「親ガチャ」の当たり外れに比例しそうである。日本に「カエルの子はカエル」という言い回しがあるように、フランスにも「tel père, tel fils(この父親にしてこの息子あり)」という表現がある。新生児取り違え問題を扱った是枝裕和監督の映画「そして父になる」のフランス語タイトルが「tel père, tel fils」であったことが印象的だ。この表現からもわかるように、フランスにも、生まれた環境により子の人生が決まってしまうという一種の諦観があり、つまり「親ガチャあるある」なわけだ。

INSEE(フランス国立統計経済研究所)が2022年5月に、親と子の収入額をベースにしたソーシャル・モビリティに関する調査結果を発表した。フランスには、社会的地位・職業階層別のソーシャル・モビリティに関する調査は多いが、収入にスポットを当てたモビリティに関する調査はこれまでになかったそうだ。これが税制データの集積により可能となったということで、多分、所得申告がデジタル化されたことで親と子の収入の比較が容易になったのではないかと拝察する。本稿では、この調査をもとに、フランスの親ガチャ事情を考察したい。

この調査は、親の2010年の収入と、28歳になるその子供(1990年生まれでまだ自らの世帯を持っていない子供)の2018年の収入を比較するという試みである。結論から言えば、裕福な家庭出身の子は、同世代の収入額上位20%に入る確率が貧困家庭出身の子より3倍高い。つまり「世代間の社会的格差は再生産される」という一般的なイメージの一部は正しい。片や、貧困層下位20%の家庭出身の子供のうち12%が、同世代の収入額上位20%に入るということから、収入格差の世代間移動は全くないとも言えない。以下に統計の詳細を眺めてみる。

一般的に収入が高い親の子は、他の同世代の若者と比較して収入が高い。すなわち格差の再生産・固定化はやはりある。

図1では親の収入レベルを20段階、子供の収入レベルを100段階に分けて、子供の収入額上位25%と下位25%がどこに位置するか、を示す。例えば、親の収入が2段階目の子供の中で自らの収入額が下位25%に入る集団は、子供全体の収入100段階のうち18程度以下(つまり全体の下位18%以下の層)に位置する。親の収入が20段階目(つまり富裕層)の子供の中で自らの収入額が上位25%に入る集団は、100段階のうち90強以上に位置する。

少しわかりづらい図だが、X軸が右にいくほど親の収入が高く、Y軸が上にいくほど子の収入が高い、ということになるわけで、これがほぼ右肩上りになるのだから、単純に「収入が高い親の子は、大方、同世代と比較して収入が高め」ということになりそうだ。ちなみに国際的な同様の調査を比較すると、フランスは、収入額ベースの世代間のソーシャル・モビリティが米国よりも高いが、北欧諸国よりも低いのだそうだ。

同じ図から、親の収入レベルが同じ子供たちの間でも、子の収入に格差があることが見てとれ、特に親の収入レベルが最上位あるいは最下位にある子供の間での収入格差が大きいことがわかる。親の収入が1段階目(つまり最貧層)の子供の中で、収入額が下位25%の集団と上位25%の集団の間には50の開きがある。同じことが親の収入が20段階目(つまり最富裕層)の子供間にもいえる。

また、親の収入が1段階目の子供のうち、収入額上位25%の集団は、同世代全体の収入額上位40%弱に入っており、逆に、親の収入が20段階目の子供のうち、収入額下位25%の集団は、同世代全体の収入額下位40%弱に入る。

図2では親の収入レベルを5段階、子供の収入レベルを5段階に分けて、モビリティの実態を推定している。この5段階評価を通じて、28歳の子供のうち72%が親と違う収入レベルに属することがわかったそうである。2の図からは、親の収入が1段階目(つまり収入額下位20%)に属する子供のうち31%が親と同じ段階である1段階目にとどまり、12%が5段階目(つまり収入額上位20%)まで段階を上げるのが見てとれる。この「上への移動」はフランスの方が米国よりも容易、つまり、親よりも収入レベルを上げる若者が相対的に多くなるそうだ。反対に親の収入が5段階目(つまり収入額上位20%)に属する子供のうち34%が親と同じ収入段階である5段階目にとどまり、15%が1段階目(つまり収入額下位20%)まで段階を下げる。これらから、親の収入レベルが子供の収入レベルを決める唯一の要素ではない、ということがわかる。さらにここから見てとれるのは、富裕層の子供の方が、貧困層の子供よりも、収入額で上位20%に入る確率が3倍高いということである。

図に示される事実以外にも、この調査では、ソーシャル・モビリティに男女格差があることがわかり、男子の方が女子よりも「収入のレベルが親よりも上の段階に移動する」可能性が高い。「上への移動」の可能性は、男子が女子の2倍となる。また、シングル・ペアレンツの家庭の子供は、「上への移動」の可能性が低く、反対に「下への移動」が多いという。加えて、家庭内の子供の数が3人以上だと、子供が「上への移動」を実現する可能性が低くなる。

地域差もある。パリ首都圏(イル・ド・フランス地域圏)では「上への移動」ケースが多く、反対に少ない地方はオー・ド・フランス地域圏とノルマンディ地域圏である。

フランスでもう一つ気になる観点は、「移民出身かどうか」であろう。移民家庭の子供は「収入レベルが親よりも上の段階に移動する」ことが、純粋なフランス人よりも多い。理由の一つには、移民家庭がより就職の機会が多く、経済活動が活発な大都市に集まっている、という点が挙げられるそうだ。さらに親の世代が移民である場合には、親が能力や学力に見合った収入を得られていないことがあり、子供が親を超えやすいという点、そして、移民家庭の方が家計に占める子供の教育への投資額が大きい点が挙げられる。ただし、「収入レベルが親よりも下の段階に移動する」可能性も移民家庭の方が小さい(全体の33%に対して移民家庭では27%)。ちなみに、移民家庭の出身地域別カテゴリーの中では、「収入が高い方の親がアジア出身の移民家庭」において、「子供の収入レベルが親よりも上の段階に移動する」可能性が最も高い。

「親の学歴が子供の収入に及ぼす影響」も気になるところだ。予想できることではあるが、収入が高い方の親の学歴が高いほど、「子供の収入レベルが親よりも上の段階に移動する」ことが多い。この傾向は移民家庭でより顕著である。上への移動を実現する子供は、収入が高い方の親が高学歴である移民家庭で20%、収入が高い方の親が低学歴である移民家庭で9%となる。

これらのフランスのソーシャル・モビリティ数値は、世界的に見るとどの位置にあるのか。OECD(経済協力開発機構)が実施するソーシャル・モビリティ指標(2020年)で、フランスは加盟国中12位だそうだ1。日本は同じ調査の中で15位につける2。親ガチャ度は日本もフランスもそれほど違わないのかもしれない。

ところで、筆者がこの点に注目したのも、久々に日本に帰国して母親と話しながら、「わずかしかもらえない」と彼女が嘆くところの彼女の年金額と、自分の今の手取り給与額が同じ程度である、という事実にややショックを受けたからである。高度な専門職に就いていた母が現役時代にそこそこの額の給与を得ていたという点や、フランスは社会保障費が高く給与の天引き部分が大きいので手取り額が低くなるという点を差し引いても、筆者が「親よりも下の段階に移動した」感は否めない。上への移動確率が上がるというあらゆる要素、つまり「収入が高い方の親がアジア出身の移民家庭に生まれ、収入が高い方の親が(曲がりなりにも)高等教育を終了しており、かつ、きょうだいは妹だけで、パリ首都圏に住む男子」である我が家の愚息に、ささやかなエールを送りたい(が、夏休み前にもらってきた成績表を見ながら嘆息中の筆者)。

※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。

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1 https://reports.weforum.org/social-mobility-report-2020/economy-profiles/#economy=FRA
2 https://reports.weforum.org/social-mobility-report-2020/economy-profiles/?doing_wp_cron=1585188964.5265009403228759765625#economy=JPN

(初出:MUFG BizBuddy 2022年7月)