フランス アルデバラン・ロボティクスの現状と今後

投稿日: カテゴリー: フランス産業

ソフトバンクは、フランス子会社のアルデバラン・ロボティクス(以下、アルデバラン)と共同開発した感情認識ロボットPepperを日本で一般向けに販売開始する。人型ロボットというフランスではなじみの薄い分野で世界レベルにまで到達したアルデバランの現状と今後を考察する。

世界初の感情認識パーソナルロボットという触れ込みで、ソフトバンクは、フランス子会社アルデバラン・ロボティクス(出資比率78.5%、以下、アルデバラン)と共同開発したPepperの一般への販売を2015年2月に日本で開始する予定だが、これを機会に、ソフトバンクの興味を引いたアルデバランの現状と今後を考察することとする。

アルデバランは、2005年に設立され、人型ロボットの設計・生産・販売を主な業務としており、主な製品としては、小型ロボットNAOが挙げられる。人型ロボットというフランスではなじみの薄い分野で、世界レベルにまで到達した企業である。

ロボットという語は、よく知られているように、1920年にチェコスロバキア(当時)の小説家カレル・チャペックが発表した戯曲『R.U.R』において初めて用いられたものだが、実際には、この作品に登場するロボットは、金属製のものではなく、有機体で構成された人造人間というもので、現在のロボットとは程遠いものである。『R.U.R』は、欧米でよく知られている版(第2幕まで)が、人間により魂を吹き込まれたロボットの人間に対する反乱・勝利で終わることから、欧米におけるロボットへの恐怖感を増幅させた面があるが、追加された第3幕では「人間より人間らしいロボット」というわれわれになじみ深いテーマが出現した上で、素材が何であれ、心が一番重要だという結論が示唆されている。ただし、第2幕までの展開が、後にSF作家アイザック・アシモフが作品の中でロボット三原則(人間への危害の禁止、命令への服従、自己防衛の義務)を示したにもかかわらず、欧米での否定的なロボット観に決定的な影響を与えたことは確かであり、現在でもその影響は大きい。

キリスト教の影響が強い欧米ではそもそも、人間に類するものをつくり出すということは造物主である神の領域を侵すことにつながり、タブー視されることが多い。そのような禁忌を犯した人々には、神罰に類する罰が下される、という類いの話は非常に多く、その端的な例としては、フランケンシュタインの怪物が挙げられる。小説家メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』においてフランケンシュタインの怪物は、醜悪だが知的であるとされていたのにもかかわらず、後に、醜いだけの怪物というイメージが定着しただけでなく、いつの間にか創造主であるフランケンシュタインと怪物が混同されるという状況が生じてしまった。チャペック自身が影響を受けたとされているゴーレム伝説にしてもしかりである。その点で、クローンや人型ロボットには、意識的レベルだけでなく無意識的な抵抗もあると思われる。少なくとも親近感はないだろう。これに対し日本では、ロボットに対する恐怖や不安はほとんどないと推察される。むしろ『鉄腕アトム』に象徴されるように、人型ロボットに対しては、強い親近感があるといってよいだろう。これが、日本で人型ロボットの研究が盛んであることの理由だという指摘は、よく見られるものである。

以上のような文脈から見ると、アルデバランという会社そのものが、実は、フランスでは突然変異的な存在なのではないかという感じを受ける。このような見方は、根拠のないものではない。アルデバランの初の一般向け製品がまず日本で発売されること自体がそれを裏付けるものだ。また、日本で人型ロボット開発で知られているのは、主にホンダやソニーなど知名度の高い大企業だが、アルデバランは、今でもほとんど無名の存在だ。アルデバランは、世界70カ国・地域で、同社が開発した人型ロボットNAOを、各国研究・教育機関向けに、発売以来5,000台以上販売したが、フランス国内での売り上げは5-8%にすぎないという。先端技術企業では、このような例は少なくないが、アルデバランの場合は、フランスに人型ロボット市場そのものが実はまだないことを反映したものではないかと思われる。その点で、アルデバランがソフトバンクにより買収されたということは、同社にとって非常に幸運なことだったといえるかもしれない。

ソフトバンクがアルデバランの株式80%を1億ドルで買収するという計画を英「フィナンシャル・タイムズ」が2012年3月27日に報道した際には、アルデバランは「フィナンシャル・タイムズ」の報道を認めることを拒否し、正式に認めたのは、2014年6月5日のPepperの発表と同時でしかなかった。その間、アルデバランのウェブサイトには、ソフトバンクに関する記載は一切なかった。このような遅れの理由は明らかにされていない。推測だが、アルデバランがフランスの産学官共同の人型ロボット、ロミオ開発計画の中心だったことから、ソフトバンクによる買収に対して、フランス政府から横やりが入ることを危惧してのことだったのではないかと思われる。

ロミオ計画始動は2009年1月のことで、パリとその周辺のイル・ド・フランス地域圏の産業クラスターであるCap Digitalの下で、アルデバランをはじめとする民間企業5社と研究所七つが参加した。予算は、総額1,000万ユーロで、うち半分をイル・ド・フランス地域圏とパリおよびフランス生産復興省競争力・産業・サービス総局が負担し、残り半分を参加企業・研究所が負担した。このような公的資金が投入された計画の研究成果を、国外企業に持っていかれる形となることは、フランスの世論からの反発を買い、フランス政府による介入を招いた可能性はなきにしもあらず、ソフトバンクとアルデバランの対応が多少秘密めいたものとなったのかもしれない。

いずれにせよ、アルデバランは、ソフトバンクによる買収後、秘密裏にPepper開発を進め、2014年になって発表したわけだが、同社がソフトバンク傘下に入ったことに対する批判は、意外なことにフランスではまったく聞かれなかった。ソフトバンクが経営陣に手を付けず、ブルーノ・メゾニエ創業者兼最高経営責任者(CEO)が留任している上、本社もパリに残されていることから、依然としてフランス企業と認知されているのであろう。また、現実問題として、Pepperを20万円以下という、当面は赤字必至の価格で販売することは、ソフトバンクの後ろ盾がなければ不可能であり、アルデバランの発展にとって、ソフトバンクによる買収がプラスに働いているとの認識もあるのかもしれない。

アルデバランの今後だが、欧米ではまだ一般家庭に人型ロボットを受け入れる用意があるとは考えにくく、浸透には非常に時間がかかる可能性が大きい。また欧米では、昔から、ロボットや機械により人間の職が脅かされていると感じている人が多く、人型ロボットが実用に供された場合、そのように考える人はさらに増加するという可能性も否定できない。しかしながら、欧米の大半の諸国では、高齢化社会の到来により、ニーズが高まりつつある介護など対人サービスに特化したロボットの利用が拡大する可能性はある。
他方、日本では、ロボットへの恐怖感が少なく、Pepperを買ってみたいという人々も少なからずいるだろう。また、欧米にも増して介護ロボットへのニーズは高まるばかりであり、成功の余地はある。

ソフトバンクがアルデバランを買収した狙いも、この辺にあるのではないかと思われる。アルデバランにとっても、ソフトバンクによる買収は、非常に有望な市場である日本へのアクセス確保という意味で、絶好のチャンスであり、双方にとって有益な買収ではないか。ただし、日本の家屋は狭いことが多く、Pepperのようなそれなりにスペースを必要とするロボットを置く場所はあるのかという疑問は残る。また、介護ロボットのように役割が特化されておらず、用途が明確でない場合、高価なおもちゃと見なされてしまう可能性も否定できず、普及するとしてもかなりの時間が必要だろう。しかし、ソフトバンクは、当初の赤字を度外視して事業の発展を待つ姿勢とみられることから、アルデバランは、恵まれた環境での発展が望める。また、日本で成功すれば、世界の他の地域への浸透に弾みがつく可能性もある。

(初出:MUFG BizBuddy 2014年10月)