フランスの携帯電話事情-フリー・モバイル参入がもたらすものは?

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フリー・モバイルが2012年年初にフランスの携帯電話市場への参入を果たした。フリー・モバイルは、格安の通信料金を提供してフランスの情報技術(IT)産業を揺るがしたインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)「フリー」の兄弟会社。今後、フランスの携帯電話市場の在り方や料金体系などに大きな変革を迫りそうだ。

フランスでは2012年1月、フリー・モバイルが携帯電話市場への参入を果たした。同社はそれまでの携帯電話事業者の料金体系を大幅に下回る格安の料金でサービスを提供し、携帯電話市場に大きな変動を起こした。今回は、同社の参入がフランスの携帯電話市場にもたらしたものを探ってみよう。

まず、フリー・モバイルという事業者についてであるが、同社は、フランスのIT産業の革命児と呼ばれるグザビエ・ニエル氏が創設したイリヤッドの子会社である。フリー・モバイルは、ADSLテレビ、IP電話、ブロードバンドアクセスを月額29.9ユーロで提供して業界に一石を投じた。その後、10年以上にわたってフリー・モバイルの料金体系が業界標準となっていたが、今回、フリー・モバイルは通話時間無制限+SMS(ショートメッセージサービス)・MMS(マルチメディアメッセージングサービス)無制限+モバイル・インターネット(3GB)利用で月額19.99ユーロという破格の料金を発表し、他の携帯電話事業者に再び強烈な衝撃を与えた。

携帯電話事業者大手のブイグテレコムとオレンジ(フランステレコム)のほぼ同内容のオファーは、それぞれ月額59.9ユーロ、月額76ユーロだった。また、フリー・モバイルは月額2ユーロで通話時間1時間+SMS60通というオファーも発表した。これは、フランス政府が事業者に義務付けていた低所得者向け料金さえ下回るものだった。他方、フリー・モバイルのオファーには、フランスでは通例である携帯端末に対する販売助成金も最低契約期間もない。さらに同社は販売店を持たず、基本的にオンラインで販売を行っている。

フランスの携帯電話事業者各社(オレンジ(フランステレコム)、SFR、ブイグテレコム)は、フリー・モバイルが比較的低い水準の料金を発表すると予想はしていたが、これほどまでとは予測しておらず、完全に不意打ちを食らった格好となった。対抗上、各社とも主に自社のローコスト・ブランドの料金を大幅に引き下げ、フリー・モバイルに即座に追随したが、このような泥縄式の対応により、逆にユーザーから「これまでの料金レベルは何だったのか」という不信感を招いたことは否めない。
特に影響が大きかったのは、それまで格安料金を売り物にしてきた仮想移動体通信事業者(自前のネットワークを持たず、ホスト事業者のネットワーク上でサービスを展開する事業者)で、そのほとんどが超格安料金のフリー・モバイルへの追随を余儀なくされ、一挙に存続の危機に直面することになった。

2012年上半期には、仮想移動体通信事業者だけでなく、携帯電話事業者も軒並み加入者数の減少と売り上げ減少に見舞われた。SFR加入者の契約解除数は2012年1~2月に20万人(フリー・モバイルへの乗り換え人数は発表なし)、ブイグテレコムのそれは同年年初から2月半ばまでに15万9000人(うちフリー・モバイルへの乗り換えが13万4000人)に達した。オレンジ(フランステレコム)に至っては、同年1~3月の加入者純減数は61万5000人(フリー・モバイルへの乗り換え人数は発表なし)に及んだ。

フリー・モバイルは料金面だけでなく、フランスの他の携帯電話事業者の販売政策にも大きな影響を与えつつある。特に、携帯端末に対する販売助成金システムへの影響には大きな注目が集まる。フリー・モバイルが販売助成金を出していないのは上述した通りだが、同社の補助金なしの端末販売は、携帯端末メーカーにも間接的に影響するとみられる。これまでは、最低契約期間が終わったユーザーは販売助成金を利用して新たな端末に更新するのが常だったが、それらのユーザーが端末を更新しないまま、フリー・モバイルなどの端末なし格安オファーへと移行するケースが増えると思われるからだ。つまり、携帯端末のライフサイクルが延び、ひいては販売台数の減少につながる可能性があるということになる。

以上、フリー・モバイルのフランスの携帯電話市場に対する影響を見てきたが、同社の新規参入は、これまで成長産業だった携帯電話市場の人員削減など社会的にも大きな影響をもたらすとみられる。フリー・モバイルはほとんど直営店を持たずオンライン販売に特化している。このため、多くの販売店を抱えている他の携帯電話事業者とコスト構造が大きく異なるが、今後は他の携帯電話事業者もフリー・モバイルへの対抗上、コスト構造の改革を迫られ、大幅な人員削減などを余儀なくされる可能性がある。ちなみに、フリー・モバイルの従業員数は、参入時にコールセンターを含めても5,000人だったが、オレンジ(フランステレコム)は10万人、SFRは1万人、ブイグテレコムは9,000人に達している。

また、他の携帯電話事業者は、経費節減だけでなく、投資の削減にも乗り出すとみられる。現在、フランスの通信業界の投資の主な対象は光ファイバー加入者回線と4G(第4世代移動通信システム)ネットワークだが、各携帯電話事業者は、このどちらを優先するか選択を迫られるだろう。その場合、格安携帯電話事業者との料金差を正当化するため、ネットワークの質と技術的な優位性を前面に押し出さねばならない携帯電話事業者は、おそらく4Gネットワークへの投資を優先させると思われる。その結果、光ファイバー加入者回線の敷設に遅れが出ることになろう。

しかし現時点では、フランスの光ファイバー回線加入世帯数は76万世帯で、接続可能世帯数(550万世帯)と比較するとわずかな数にとどまっている。これは、光ファイバー回線に対するニーズがフランスではまだ大きくないことを示しており、当面は投資削減も大きな影響を及ぼすことはないだろう。またフランスでは、スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、モバイル・インターネットの重要性が高まりつつあり、むしろフリー・モバイルは、携帯電話事業者の4G投資を促進し、フランスでの超高速モバイル・インターネットの急速な普及をもたらす触媒としての役割を果たすことになるのかもしれない。
(初出:MUFG BizBuddy 2012年10月)