仏バスク地方のオーバーツーリズム問題とその対策

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

スペインとフランスの国境にまたがるバスク地方で、ここ数年オーバーツーリズム問題が浮上している。「観光公害」は欧州や世界の他の観光都市・地域でも問題視されているが、大抵、こういった都市・地域は観光業を主な収入源としており、住民のライフ・クオリティと都市・地域の経済発展との間の舵取りが難しい。バスク地方での課題とそれへの対応を概観したい。

世界最大の観光都市であるパリに、ここ数カ月、観光客が戻ってきた。新型コロナ危機により激減した観光客が増加して、フランスの観光業が再び活性化するのは喜ばしいことだが、ロックダウンにより観光客のいない静かな自分たちのパリを再発見してしまったパリジャンは、パリに大挙する賑やかすぎる観光客にどこか戸惑っているようにも見える。

フランスの観光地はパリだけではない。フランスや近隣の欧州諸国の国民に人気の夏のバカンス先の一つが、スペインとフランスの国境にまたがるバスク地方だ。何を隠そう筆者も、8年前にバスク地方の観光都市ビアリッツを初めて訪れて以来、すっかりこの街に魅了されてしまい、毎夏1~2週間をバスク地方で過ごす。

しかしここ数年、少し気になることがある。一見して裕福そうな若者や家族連れ、そして外国人(筆者もフランスでは外国人だが)が、一気に増えたような気がするのだ。パリ方面からバスク地方へと向かう高速道路を走る車のナンバープレートを見ると、5、6台に1台はベルギー、スイス、ドイツ、オランダなど国外のナンバーだ(そう、オランダの人々は何日もかけて、オランダからはるばる車でフランスとスペインの国境までやってくるのである)。市内の道に停めてある車も、国外や県外から来ているものが多い。宿泊施設、特にAirbnbなどの民泊のオファーも、数年前に比べて断然増えたし、価格も心なしか年々上がっている。以前はいつでも入れたレストランは、予約をしないと席がない。

ビアリッツはサーフィンのメッカで、筆者も子供たちと一緒にサーフィンをすることを目的にこの街を訪れるのだが、本物のサーファーたちは「夏のビアリッツは金持ちの観光客だらけで、宿代も食費も上がるから行かない」と、7~8月を避けてビアリッツにやってくるらしい。今年(2022年)の夏に所狭しとビーチパラソルが立てられたビアリッツのビーチを見て、我々もこの街のオーバーツーリズムに一役買ってしまっているのであろうな、と思った。

「オーバーツーリズム」とか「観光公害」という言葉を聞くようになったのはここ5年くらいのことであろうか。欧州ではイタリアのベネチア、オランダのアムステルダム、スペインのバルセロナ、クロアチアのドブロブニクなどで早くから問題が提起され、対策がとられた。

バスク地方でも最近、住民からオーバーツーリズム反対の声が上がっている、ということは知っていたが、調べてみると思ったより早くから警鐘を鳴らしていた人がいたようだ。フランス国営ラジオ局の報道によると*、2017年の夏には「パリジャンは出ていけ、お前にはパリ・プラージュがあるじゃないか」というステッカーが、バスク地方の都市のあちこちに貼られた。

パリ・プラージュとは、夏の間だけセーヌ川の河畔に砂を敷きつめて人工的な砂浜を設置し、市民の憩いやレジャーの場にしようというパリ市の試みである。人工砂浜にはオープンカフェ、ビーチチェアーやビーチパラソル、仮設の図書館、プールなどが設置され、ヨガや太極拳教室、子供向けのアトリエなどミニ・イベントも盛り沢山、パリジャンやパリを訪れる観光客には人気だが、大西洋の美しく広大な自然の海岸とは比べようもない。

同じく2017年には、バスク地方のスペイン側の観光都市サン・セバスチャンで反ツーリズムの抗議行動が組織された。つまりバスク地方でも、欧州の他の観光都市とほぼ同じ時期に、オーバーツーリズムへの問題意識が浮上していたということだ。観光公害への不満が一部で噴出する2017年の前年、つまり2016年の夏、バスク地方には250万人の観光客が詰めかけ、その80%は大西洋沿岸都市に集中したそうだ。

バスク地方の人口増は、新型コロナ危機中の「都市から田舎への移転者続出」の文脈でも話題になった。ロックダウン中には、都市部の小さな住居での隔離に耐えられなくなり、同時に職場に行かずとも実はテレワークが可能であることに気がついた都会人の一部が、地方に移住したり、地方に別荘を購入するという現象が見られた。パリから近いブルターニュやノルマンディーへの移住者が多かったように思うが、一部のバリジャンは、バイヨンヌやビアリッツといったバスク地方の住みやすい中堅都市を選んだ。経済的に余裕のあるパリジャンの登場で不動産価格が上がり、その結果、家賃の値上げに耐えられなくなった従来の住民が締め出されてしまうという状況が発生した。不動産価格の高騰はすでに新型コロナ前に、民泊の増加で問題視され始めていたが、新型コロナによる都会人の流入が、これに拍車をかけてしまったわけだ。2021年11月20日にはバイヨンヌ市で市民らが、夏の民泊規制と住民のための住宅確保を求めてデモ行進を実施した。

民泊の増加による市民の住宅不足や不動産価格の高騰は、パリや他のフランスの都市でも批判の対象となり、各地で民泊規制強化が検討されているが、バスク地方ももちろん例外ではない。バスク地方都市圏共同体は2022年3月5日、「家具付き賃貸物件を短期で提供(つまり民泊である)する賃貸不動産オーナーは、当該物件とは別の賃貸物件を年間の通常契約で賃貸しなければならない」という措置の導入を決めた。民泊を提供するハードルがかなり上げられたわけだが、この措置は、2022年6月3日のポー行政裁判所の判断により一時停止された。バスク地方都市圏共同体は、行政最高裁(コンセイユ・デタ)に上訴しており、その判断が2023年末にまでに下される予定だが、その前に同都市圏共同体では、ポー行政裁判所の判断を考慮した上で当初の内容を若干緩和した措置を2023年3月1日から施行する予定でいる。バスク地方の当局によると、民泊型の賃貸は2016年の7,150件から2020年には1万6440件へと大幅増を記録した**。

オーバーツーリズムの問題は住居関連だけではない。騒音、ゴミのポイ捨て、住宅以外の物価の上昇、景観・環境破壊、治安の悪化など課題は山積みだ。ビアリッツのアロステギ市長は2022年3月26日に、観光・治安関係者、政治家、市民団体を集め、「ビアリッツの静けさ」と題する全体会議を開催した。欧州の他の観光都市では、観光名所や海岸のリゾート地への入場制限、観光バスの市街地乗り入れ禁止、土産店の新設禁止といった「観光業制限」措置をとっているところもあるが、ビアリッツは「市民と観光客のより良い共存」を目指す方向で、この会議を開いたようだ。ビアリッツの市民の87%は「観光業はビアリッツに必須」と考えている。観光客を追い出すのではなく、市民にも配慮した新しい観光のあり方を探る、というのがこの会議の主旨であろう。

会議では、歩行者天国・サイクリングロードの拡大や市内の無料シャトルバスの拡充などで自家用車の乗り入れを制限する、という通常の「オーバーツーリズム制限」策に加え、観光客の動線に配慮して1カ所への人の集中を避けるまちづくりを目指す、など「サステナブル・ツーリズム」への道が模索された。また、市民から「観光大使」を選んで、市民にとってのビアリッツの魅力や穴場スポットを紹介してもらい、市民と観光客の交流を図るといった案が協議された。これは、ニューヨークの「ビッグアップル・グリーター(市民のボランティア観光ガイド)」にヒントを得たものらしい。

大西洋沿岸都市の道路の排水溝の脇には、「海は、ここから始まる!」という大きなメッセージが書いてあることがある。街にタバコやゴミをポイ捨てすれば、それは海に流れつき、最終的には海洋を汚染する、というわけだ。地元住民に対してのメッセージというよりは、地元の海を大事にする住民からの観光客に対してのメッセージだろう。観光客の意識を徐々に変えていき、共に、観光資産を守ってもらいたい、という切実な思いを感じる。

肩から大きな箱をぶら下げて、浜辺を歩いてドーナツや清涼飲料水、アイスクリームを売り歩く若者の姿を今年の夏にもバスク地方の砂浜で見かけたが、例年と違って、「アイスクリーム!! サンドイッチ!! ミネラルウォーターは要りませんか?」と大声で叫んでいない。売る気のないアルバイトなのかと思ったら、「騒音にならないように、浜辺で声を上げてものを売るのが禁止になったのよね」と微笑んでいた。微妙な配慮だな、と思ったものだが、これも一種の騒音・ゴミポイ捨て防止対策なのだろうか。ひょっとしたらこういう地味な対策や取り組みが、観光客の意識改革へとつながっていくのかもしれない。

ビアリッツは、ナポレオン3世がウジェニー皇后のために離宮を建てたことでリゾート地化したが、先にも書いた通り、1950~1960年代からは、その波のコンディションがサーフィンに最適とのことで、世界からサーファーが集まる街にもなった。サーファーたちには海と自然をリスペクトするカルチャーがあり、彼らは、持続可能性やエコロジーへの関心が非常に高い。

波のない穏やかな地中海とは違って適度な波のある大西洋の海辺には、ビアリッツに限らず、サーフィンを中心としたマリンスポーツの愛好者が集まり、なんとなく「環境問題への意識が高い集団」を形成しているように思う。そんなわけで、今日のビアリッツには、消費だけを目的とした高級リゾートという側面と、ヒッピー風のスローでエコなサーファー・カルチャーが共存している。これからは、この後者の特徴をより前面に出した「サステナブル・ツーリズム」を推進し、来夏以降も、この地方を愛する筆者とその家族を温かく迎えてほしい、と切に願う次第である。

※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。

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* https://www.francetvinfo.fr/economie/emploi/metiers/restauration-hotellerie-sports-loisirs/mouvement-anti-touristes-au-pays-basque-nous-avons-besoin-du-tourisme-mais-il-faut-le-developper-de-maniere-equilibree_2327341.html
** https://www.lechotouristique.com/article/pays-basque-la-reglementation-anti-airbnb-est-assouplie

(初出:MUFG BizBuddy 2022年10月)