若年有資格者の国外移住は頭脳流出か?

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

近年、フランス人の若年有資格者(大学入学資格であるバカロレアやマスターなどの資格者)の国外移住が増加している。この傾向を、国力の低下による「頭脳流出」と懸念する声がある一方、若者の旺盛な国外移住はグローバル化のなせる業で「国益につながる」と歓迎する声もある。フランス本国との結び付きが薄い現地雇用契約の増加、国外移住者に起業家が占める割合の拡大などから、在外フランス人の帰国は遠のく傾向が見られる。

近年、フランス人の若年有資格者(大学入学資格であるバカロレア1やマスター2などの資格者)の国外移住が増加している。この傾向を、国力の低下による「頭脳流出」と懸念する声がある一方、若者の旺盛な国外移住はグローバル化のなせる業で「国益につながる」と歓迎する声もある。フランス本国との結び付きが薄い現地雇用契約の増加、国外移住者に起業家が占める割合の拡大などから、在外フランス人の帰国は遠のく傾向が見られる。

外国のメディアによる「フランスの若者は成功するために国外へ移住しなければならないのか」という報道や、若者、大企業幹部、富裕層、起業家などによる国外移住の兆候に対し、国内から懸念する声が出始めたこともあり、若手管理職の相次ぐ国外移住に気をもみ始めていたパリ商工会議所(CCIP)は、利用可能な既存データの分析による実態調査「Les français à l’étranger-l’expatriation des français, quelle réalité ?(在外フランス人の実態は?)」を実施した。

CCIPの調査報告書(2014年3月12日公表)によると、フランス人、特に若年有資格者の国外移住は加速している。有資格者と有職者が多くを占める在外フランス人の数は、ここ10年間に毎年3~4%(毎年約6万~8万人)ずつ増加し、合計で約150万~200万人に達した。同期のフランスの人口も毎年平均0.6%ずつ増加した(2013年1月時点で6,550万人)。

報告書は同時に、調査機関Ifopがデロイトのために行った調査結果「Baromètre 2014 de l’humeur des jeunes diplômés(2014年若年有資格者の気分)」を引用して、若年有資格者の多くは「国内で働かなければならない理由は特にない」と考え、雇用をはじめとした国内のさまざまな情勢を「嘆かわしい」と思っていると指摘している。

また、Ifopの調査によれば、国内で就職活動をする若年有資格者の27%(前年並み)は「自らの将来は国内よりもむしろ国外にある」と感じているとのことだ。この割合は2012年に実施した初回の調査では13%だった。また、57%(前年は58%)は「6カ月以内に仕事を見つける可能性は低い」と考え、この割合は地方在住者では若干高めだった。これまでに実施した就職活動の期間は平均して22週間(前年は15週間)で、面接にこぎ着けなかった者は全体の48%(前年は38%)に上った。面接を1回受けた者は11%(前年は12%)、2回受けた者は17%(前年は20%)だった。この調査は、バカロレア取得者もしくはマスター取得者のうち、資格取得から3年未満の1,001人(このうちの51%は有職者)を対象として、2014年1月末にインターネット上で実施された。

フランス国立統計経済研究所(INSEE)が2014年6月26日に発表した統計によると、就労実績がゼロの失業者数(フランス本土のみ)は同年5月に2万4800人増加し、総数で過去最多の338万8000人に達した。この数は7カ月連続で増加した。一定の就労実績のある人を加えた失業者数(同上)は3万4300人増加し、502万人とついに500万人の大台を超え、こちらも過去最多を記録した。第1四半期の失業率は9.7%となり、INSEEは年内に0.1ポイント上昇すると予想している。ちなみに、欧州連合統計局(ユーロスタット)によると、ユーロ圏の2014年1月の失業率は12.0%で、2013年10月以降4カ月連続で横ばいとなった。

CCIPはこうした現状について、不況と失業という陰鬱(いんうつ)な国内情勢が、特に起業家タイプで意欲ある若年有資格者の国外移住を促進していると分析している。同時に、こうした傾向は「フランスに特有の頭脳流出」とはいえず、英国、イタリア、ドイツの若年有資格者の国外移住の数は、フランスのそれを上回っているとも指摘する。現に2010年における在外フランス人の数は184万人だったが、在外ドイツ人は428万人、在外イタリア人は362万人だった。国連の推定値によると、英国人の470万人が国外に在住し、このうちの4分の3は帰国しないとのことだ。また、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)によると、フランスは外国人学生の受け入れ数で世界3位にランクされている。従って、CCIPはフランスは有能な外国人を魅了しているとして早急な悲観論を制し、国外移住した有能な人材の帰国を促すための政策の必要性を指摘している。

CCIPの調査とは別に「Y a-t-il un exode des qualifiés français? Quels sont les chiffres de l’émigration?(フランスに頭脳流出はあるか。その実態は?)」と題した調査結果を同時期に公表した公共政策学際的評価研究所(LIEPP)は「若年有資格者の国外移住は確かに増えているが、他の経済協力開発機構(OECD)加盟国に比べればその数は少なく、フランス最高水準の有資格者の大規模な国外移住はない」と結論付けている。若年有資格者の国外移住が増加したこと自体については、有資格者が近年増加したこと、国外移住コストが低下したことが関係していると説明。また、外国人の有資格者の受け入れ数は、国外移住するフランス人の有資格者数を凌いでいるため、国内の総有資格者数は結局、差し引きするとプラスだとも指摘している。

ポワティエ大学の専門家によると、有資格者ほど国外へ移住する傾向が見られるという。例えば、フランス人の非資格者全体の0.04%が国外に移住する。これに対して、バカロレア取得者の0.4%、マスター取得者の1.1%、ドクター3取得者の2.1%が国外に移住するとのことだ。

グランゼコール(大学とは別の高等専門教育機関の総称で、入学選抜試験がある)の組織は、グランゼコールの卒業生の多くが初めての職務を国外で経験することは、労働市場のグローバル化を証明するもので、このこと自体は問題にならないと述べている。また、彼らの本国への関心が低下しているとの現象も確認されておらず、現時点では心配していないと表明している。

グランゼコールの中でも、教育水準の高さで定評のある理工科系高等学校卒業生組織(IESF)が2013年に実施した調査結果によると、2012年に国外で仕事をする若年エンジニアの割合は19%に上り、2008年の14.6%、2011年の15.3%に比べて上昇している。ただし「エンジニアの国外移住が加速しているか」との問いに答えることは困難とされる。理工科系グランゼコール組織(CDEFI)によると、国外移住するエンジニアの割合は毎年微増しているが、同時に理工科系高等学校が受け入れる外国人学生の数も増加している。2008年に同校が受け入れた外国人学生の数は1万4000人だったが、2012年には2万3000人(全学生数:12万人)となり、外国人学生が全学生数に占める割合(19%)は、国外移住した若年エンジニアの割合と等しい。

国外移住したエンジニアが外国人であるとは限らないが、いずれにしても「高等教育の国際化」と「頭脳流出」を同一視するべきではないとの指摘がある。ある調査によれば、エンジニアの国外移住先の50%は欧州で、国別ではドイツ(16.3%)がトップ。これに米国(13.9%)、スイス(12.3%)が続く。

それでは、国外移住者の帰国の実態はどうであろうか。国の将来を左右する有能な国外移住者の帰国データは存在しないが、CCIPの報告書は、在外フランス人は帰国を急がなくなっていると指摘している。また、国外移住関連ウェブサイトであるMondissimo.comによると、2005年から2013年にかけて、10年以上の国外滞在を計画する人の割合は27%から38%に増加したという。他にデロイトの調査によれば、若年有資格者の28%は生涯を通じて国外で生活することを考えているとのことだ。一方、国外移住を希望するフランス人への情報提供を目的とする外務省のサービス機関(MFE)が2013年初めに実施した調査によると、在外フランス人の47%が帰国時期は未定と回答した。

現実問題として帰国は、国外在住者にとって試練であり、しばしば経済的、精神的な困難を伴うことは周知の事実である。国外在住期間が長期にわたり、しかも家族連れとなると問題は一層深刻である。こうした現状を踏まえて、外務省は、在外フランス人担当相を通じて問題の対処に乗り出し、今や明確な「課題」となった在外フランス人の帰国の簡略化に向けた「統一窓口」の開設を推進している。これに対して、世界100カ国・地域に支部を持つ在外フランス人組織(UFE)は、政府の手が届かない日常生活に密着した分野(住居探し、社会保険番号あるいは年金受給権利の再取得、家族手当公庫への登録など)で、国外在住フランス人の帰国支援を行っている。

一方、国外移住する高級管理職の帰国問題を取り扱う国際的な弁護士事務所Proskauerは「国外移住(出国)は、もう一つの国外移住(帰国)を生む」と指摘している。そして、帰国に伴う困難の根底には「国外勤務に伴う高額所得がもたらす快適な生活環境」があるとも述べている。実際に在外フランス人の50%以上はマスター、あるいはドクターの取得者で、全体の57%の年収(手取り額)は3万ユーロを超えるとされ、中にはそれを凌ぐ高額所得者も存在するという報告がある。参考までに、2012年の国内のフランス人の年収(手取り額)中間値は、2万720ユーロだった。

フランスのメディアは2014年6月4日、製薬大手サノフィのヴィーバッハー最高経営責任者(CEO)が、米国ボストンに居住地を移すと報道した。2011年に電機大手シュナイダーエレクトリックのトリコワールCEOが、経営幹部4人と共に香港に移住したのをきっかけに、フランスの経営幹部が外国に居住地を移すケースが増えている。不況と高齢化の波が押し寄せる社会環境を回避し、有望な若者は能力本意のグローバル化した競争に身を委ねていく。同時に大企業の経営の重心が国外に移りつつあるとしたら、国の将来を憂う声が高まることもあり得ると思われる。本国との結び付きが薄い現地雇用契約が増えつつあり、また国外移住者に起業家が占める割合が増加していることなどを考え合わせると、在外フランス人の帰国はさらに遠のく傾向にあるといえるかもしれない。

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1 フランスの代表的な中等教育修了および大学などの高等教育入学資格
2 バカロレア取得後5年で取得できる資格
3 バカロレア取得後8年で取得できる資格

(初出:MUFG BizBuddy 2014年8月)