医療部門にもデジタルの波、遠隔医療がアフリカの医療を変える?

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

世界のどの地域よりも医師の数が少ないアフリカで、デジタル技術の発展を背景に遠隔医療の導入が進みつつある。専門医のいない農村部の患者が都市部の専門医による診断・治療を受けられることの恩恵は大きい。本稿では、遠隔医療を目的とする医師のネットワークや専用ツールの開発といった取り組みを紹介する。

世界保健機関(WHO)によると、アフリカには人口1万人に対して医師が2.6人しかいない(2014年)。これは欧州(33.1人)の10分の1以下、同じく医師が少ないとされる東南アジア(5.9人)の半分以下であり、アフリカでいかに医師が不足しているかが分かる(ちなみに日本は24.5人)。医師に限らず、医療従事者全体に関しても状況は同じで、アフリカで機能的な医療システムを発達させるためには180万人の医療従事者が不足しているとされる。さらに、少ない人材が都市部に集中しているため、大都市から離れた農村部の住民は専門医の診察や治療を受けることができず、できたとしても、旅費を工面し、長い道のりをたどることを余儀なくされている。

こうした状況にあって、医師の不足する遠隔地における医療アクセスを改善するための試みとして、通信インフラを利用した遠隔医療に注目が集まっている。2003年に発足したフランス語圏アフリカ遠隔医療ネットワーク(RAFT)は、現地の状況にあったシンプルで丈夫な通信ツールを用いて医師間のコミュニケーション、協力、トレーニングをサポートし、患者がより良い医療サービスを受けられるようにすることを目指している。アフリカ20カ国の医師1,000人以上が参加し、eラーニングのコースを受講したり、レントゲンや超音波検査、心電図などの診断や困難な症例の治療法に関して専門医に意見を求めたりしている。

RAFTはジュネーブ大学病院とWHOの支援を受け、フランスのボルドー大学医学部などとも協力しており、例えば、マリの農村部で活動する医師はバマコやジュネーブの医師に意見を求めることができる。現在、遠隔診断の80%はアフリカ内で行われているという。

RAFTの開発した遠隔診断プラットフォーム「Bogou」にはウェブサイト版とアンドロイド版があり、パソコンでインターネットに接続できなくてもスマートフォンでアクセスすることができる。携帯電話の普及が加速度的に進むアフリカにぴったりのツールだ。これを利用して成果を上げているのが、ピエール・ファーブル財団の支援の下、マリで実施される皮膚科の遠隔診断・治療プロジェクトだ。地方の診療所の一般医が患者の写真をBogou経由でバマコの皮膚科医に送信し、皮膚科医が診断を下す仕組みになっている。患者にとってはバマコの病院まで行かずに専門医の診察を受けられ、浮いたお金で薬を購入できるなどの利点があり、遠隔地の一般医にとっても皮膚科のトレーニングになるというメリットがある。

困難な症例に関して、皮膚科医同士で意見を交わし合うこともある。マリでは国民の30%近くが皮膚病(ハンセン病、乾癬、湿疹など)を患っているが、皮膚科医は人口100万人に対して1人しかおらず、一般医が遠隔医療ツールを利用して治療を行えるようになることの恩恵は大きい。また、他のアフリカ諸国も同様の試みに関心を寄せており、2017年6月にバマコで開催されたアフリカにおける皮膚病の遠隔診断・治療に関する第1回会議には、8カ国から皮膚科医らが参加した。

アフリカでは医師だけでなく、医療インフラ・機器も不足している。遠隔地の貧しい診療所では高価な医療機器を購入することはできず、適切な診断を行えないがために患者の病状が悪化したり、取り返しのつかないことになることもある。ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院(LSHTM)国際眼科研究所のプロジェクトとして開発されたPeek Retinaはスマートフォンをベースとする検眼システムで、農村部の診療所や患者の自宅で眼底検査ができる画期的なツールだ。スマートフォンのカメラ部分に装着して検査を行い、検査結果はスマートフォン経由で専門の眼科医に送られる。価格が180ポンドと手頃なのも利点だ。開発を主導した眼科医のアンドリュー・バストーラス氏はケニアに移り住み、スマートフォンで視力検査ができるアプリ「ピーク・ビジョン」と眼底検査装置「ピーク・レティナ」を利用して眼科疾患の早期発見に取り組んでいる。

デジタル技術を利用した遠隔医療用ツールの開発は、アフリカでも行われている。アフリカ初の医療タブレット「CardioPad」は、2009年に当時カメルーンのヤウンデ理工科学校で情報処理を学んでいたアルチュール・ザング氏が心臓外科で研修した際に、21世紀だというのに心電図が紙に記録されているのを見て、パソコンで利用できるソフトウエアの設計を申し出たことに端を発している。最終的にはソフトウエアではなく持ち運びが可能なタブレットの形に落ち着き、プロジェクトに目を留めたビヤ大統領から資金援助を受けてプロトタイプを作成、2014年にロレックス賞を受賞、クラウドファンディングで資金を調達して100台程度を中国で生産し、国内の医療機関に提供した。2016年には国内での組み立てを開始し、現在、1台200万CFAフラン(約3,000ユーロ)で販売する。

電力事情の悪い土地でも利用できるようにソーラーパネルが付いているのも、停電の多いカメルーンならではだ。50人に満たない心臓外科医が首都ヤウンデとドゥアラに集中しているカメルーンでは、農村部で心臓病の診断・治療はほとんど行われておらず、CardioPadの貢献に期待がかかる。ガボンやチャドからも引き合いがあるという。そして、アルチュール・ザング氏は、CardioPadの次はタブレットを経由して遠隔で超音波検査ができるシステムの開発に意欲を示している。

このようにアフリカでは、専門医の不足と都市部への集中を補う手段として遠隔医療の導入が進んでいる。銀行口座の保有率が世界のどの地域よりも低いアフリカで、携帯電話の急速な普及を背景にモバイルバンキングが成長しつつあるように、医師の不足というハンディキャップがあるからこそ、デジタル技術を駆使した遠隔医療が普及する可能性は大きい。しかし、医師が増えない限り遠隔地の医師をサポートする専門医の負担は増加する一方であり、遠隔医療は医師不足を補うことはできても、根本的な解決策には成り得ない。冒頭に引用した2014年のWHO報告書によると、人口増加を背景に医療ニーズも拡大し、2035年にはアフリカで430万人の医療従事者が不足する見通しとなっている。遠隔医療と併せて、医師の育成を進めることが今後の課題となるだろう。

(初出:MUFG BizBuddy 2017年10月)