スマートフォンの普及でますます興隆するソーシャルメディア。その利用は個人の域を超え、個人とマスメディアの間を埋める形で、実社会での影響を強めている。一方、ヘイトスピーチによる被害やテロの助長、言論・表現の自由への規制など、現代のネット社会が生み出した新たな側面への対応が課題となっている。フランスにおけるソーシャルメディアを取り巻く現状を俯瞰(ふかん)する。
Facebook、Twitter、Instagram、LinkedIn…。ソーシャルネットワーク&メディアのユーザー数はフランスでも増加の一途をたどる。Facebookは、2015年8月に1日当たりの世界ユーザー数が初めて10億人を突破したと発表したが、フランスでも2015年9月にアクティブユーザー数が3,000万人を突破した1。ストラスブールに所在するメディアエージェンシーによるソーシャルネットワークに関する調査は、フランスの人口の50%に値する累計5,540万人が何かしらのソーシャルネットワークを少なくとも月に1度は利用するアクティブユーザーであると報告している。メディアごとにおける利用者数の内訳では、Facebookが3,100万人で1位、それにYouTube(2,400万人)、Twitter(1,280万人)、Snapchat(1,070万人)、InstagramとGoogle+(それぞれ1,000万人)が続く2。
同調査によると、ユーザー増加の理由には、パソコンとスマートフォンの価格低下、スマートフォンにおける高速通信(3G・4G)の普及、改良が進みより使いやすくなったアプリケーションなどが挙げられる。Facebookの全世界ユーザー数約15億人の半数以上に当たる8億人がモバイルユーザーであることを考えると、スマートフォン(スマホ)の普及が直接の要因と言っても過言ではない。
ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の浸透により、フランスでは携帯電話の役割に変化が現れている。多くの携帯電話ユーザーは加入して以来、1度も番号を変更していない、もしくは同じ番号をキープしようと試みてきたが、昨今では、WhatsAppやViberなどの無料通話アプリが普及し、アカウント名やIDを伝えればコンタクトが取れるケースが増えて、携帯電話番号の持つ意味に変化が生じている。同時に従来の有料音声通話量は減少傾向にあり、2015年には2012年以来で初の減少(6分減)を記録した。こうした事情から事業者は、SNSやチャットなど、音声以外のコミュニケーションツールへの対応を進めている。また、1台の携帯電話で複数の番号を同時に持つことが可能になったことも加わり、携帯電話番号は従来の役割から今後は単なる識別番号と捉えられる日が来るのかもしれない。
フランスのSNS市場では、米国勢が大きなシェアを占めている。これらの企業はフランス市場を成長市場と見なして攻勢をかけており、Instagramは2016年6月にパリの中心部に従業員数75人の事業所を開設して、大規模な広告キャンペーンを開始した。Twitterは同年5月に、フランスのバルス首相(本人のTwitterアカウントには46万人のフォロワーがいる)出席の下、パリ新社屋の開設式を行い、フランス市場の重要性をアピールした。
フランス生まれのSNSも存在するが、国内のみの展開がほとんどだ。開設当初から多言語で展開した米国生まれのソーシャルメディアに対し、長いことフランス語のみでしか展開してこなかったため乗り遅れてしまった感がある。例えば、2004年にフランスで誕生したビジネスSNSのViadeoは、LinkedInの競合として2012年以降に海外展開を目指したものの、2015年には2,300万ユーロの損失を記録し、海外展開を正式に断念している。
フランスでのSNS利用の特徴として、2015年から国内で立て続けに起こったテロ事件により、SNSが有効なコミュニケーションツールとして注目を集めたという経緯が挙げられる。また、東日本大震災をきっかけに開発されたFacebookの「Safety check」機能、行方の分からない人を探すことができるTwitterのハッシュタグなど、緊急時のソーシャルネットワーク使用がこの機に一気に広まって、多くのフランス人がソーシャルネットワークの意義を見直した。
このような事情を背景に、フランス政府は、ソーシャルネットワークを利用したテロ・アラート・アプリ「SAIP」を、自国で開催されたサッカー欧州選手権2016(UEFA Euro 2016)に合わせて発動させた。アラートをソーシャルネットワークで共有することができる無料アプリで、フランス語・英語版が用意された。テロや緊急事態の警報が出されると、15分以内にスマホ上にアラートが表示される。2016年7月14日のフランス革命記念日に起きたニースでの事件では残念ながら「SAIP」は予想通りには機能せず、事件から2時間後にアラートが出るという結果に終わったため、今後の改善が大いに期待されている。
フランスの一般ユーザーのみならず企業も全世界的な傾向に漏れず、マーケティングやコミュニケーションのツールとしてソーシャルメディアを利用している。最近は企業がソーシャルメディア担当者をリクルートするケースも増えている。フランスの老舗高級ブランドがソーシャルメディア上でコレクションの様子を配信し、通常では見られないバックステージを公開して話題をさらい、その結果新しい世代のファンを増やすことに成功した例など、ソーシャルメディアの利用は新たな企業PRの重要なツールとして見なされている。特に、新顧客層開拓には伝統的な広告のみで情報を提供するだけでは十分でなくなったといえるのかもしれない。
顧客との新しい関係の構築といえば、エールフランスが2014年にヨーロッパの「ベスト・ソーシャル・メディア・イン・カスターマーサービス賞」を受賞したことは記憶に新しい。同社では、ソーシャルメディアを介した顧客サービスを最も重要な経営戦略の一つと捉えている3。フランスでも従来のカスタマーサービスから、ソーシャルメディアを介した総合的なソーシャルカスタマーサービスという概念が生まれつつあるようだ。
同時に、SNSのネガティブな影響も取り沙汰されている。学校内で始まったいじめがソーシャルネットワーク上で炎上し、逃げ場をなくした若者たちが自殺する事件や、Periscope(Twitter傘下)上で自身の自殺をライブで中継する女子学生の事件などが相次ぎ、ソーシャルネットワークにおけるモラルが問題となっている。
ヘイトスピーチによる被害もある。フランスでは15~25歳の82%がFacebookのアカウントを持っている4。Snapchatも加入者の多くが15~25歳であり、Twitterをしのぐ勢いだ。Snapchatは投稿した写真や動画が視聴後1~10秒で消去されログが残らないことから、投稿を戸惑うような過激的な内容でも気軽に投稿できてしまう。こうしたネット上での嫌がらせには法的な規制もあり、刑事責任も問われる(最高刑が禁錮2年、罰金3万ユーロなど)5。また、犠牲者が15歳未満の場合はより厳しく罰せられる。しかし、被害を証明すること自体簡単ではなく、告発によりさらなるいじめを受けることを恐れて黙り込んでしまうという悪循環も見られる。昨今のテロ事件に関しても、ISIL(いわゆるイスラム国)がSNSを巧みに利用して、若者たちに大きな影響を与えていることが問題視されて、ソーシャルメディアへの法規制の厳格化を求める声が高まった。
こうした中、Twitterは2016年8月18日、2015年中旬から2016年2月までにおよそ36万個のアカウントを「不適切」であることを理由に削除した(うち「テロのプロパガンダ」であることを理由に削除されたアカウントは23万個)と発表した。SNSを利用したテロの称揚などの違法行為については、発言者だけでなく運営企業の責任も問われるため、企業は適切な対応を迫られるが、今回のTwitterの措置は、国内で増える当局による取り締まり強化の声に配慮した結果といえるであろう。
「言論・表現の自由」のその「自由」によって、ある人の自由が脅かされる場合、もしくは生命の危険さえもある場合、どこかで線引きが必要になるが、国家がその「線引き」をすることが「言論・表現の自由」の侵害になるとの批判の声もあり「検閲」の危険性を問う論議も多い。SNSは、フランス革命以来「自由」をスローガンの一つに掲げるフランスの民主主義にとって、永遠のテーマとなるであろう「自由の規制」という課題を投げ掛けてもいる。
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1 AFP通信、2015年9月1日付の報道
2 http://www.tiz.fr/utilisateurs-reseaux-sociaux-france-monde/
3 http://corporate.airfrance.com/en/press/news/article/item/air-france-nominated-europes-best-social-media-in-customer-service-1/
4 https://vimeo.com/159263746
5 https://www.service-public.fr/particuliers/vosdroits/F32239
(初出:MUFG BizBuddy 2016年8月)