フランスのワイン産業

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フランスのワイン産業は、同国の主要産業部門の一つとして、航空宇宙産業に次ぐ外貨収入源となっており、その生産量は世界で首位を競っている。近年は新興国との競争が激化しつつあるものの、長い伝統とブランド力を持つフランスのワイン産業は、今後ますます高級品に重心をシフトすることで、高い競争力を維持すると予想される。

オランド大統領、ワイン産業の重要性を強調
2015年6月半ばに世界最大規模のワイン・スピリッツの国際見本市「VINEXPO 2015」がフランスのボルドーで開催され、オランド大統領が出席した。フランスの大統領がこの見本市を見学したのはこれが初めてだが、オランド大統領は、ワイン産業が50万人に雇用を提供し、その貿易黒字が航空宇宙産業に次ぐ100億ユーロ弱に達していることを称賛した。

フランスの産業というと、同国がてこ入れしている航空宇宙や原子力などが注目されがちだが、長い伝統と国際的に認められたブランド力を土台に、安定した外貨収入源となっているワイン産業の方が、実はフランス経済の本当の実力を図る上で重要な目安となるかもしれない。例えば、2011年の福島第1原発事故後、フランスの原子力産業は前代未聞の危機に直面しているが、突発的な危機によって明日から突然、フランスワインが(より一般的にワイン自体が)売れなくなるというような事態は考えにくい。フランスのワイン産業は、今後も長期にわたって世界首位の座を競い続けるだろう。

シャンパーニュ地方とブルゴーニュ地方、ユネスコ世界文化遺産に登録
ドイツのボンで2015年7月5日に開かれたユネスコ世界遺産委員会では、フランスのシャンパーニュ地方とブルゴーニュ地方のブドウ畑や地下貯蔵庫がユネスコ世界文化遺産に登録されることが決まった。ワイン産地としては、すでにフランスのサンテミリオン、ポルトガルのアルト・ドウロ、ハンガリーのトカイ地方、イタリアのピエモンテ州とロンバルディア州のサクロ・モンテが世界文化遺産に登録されている。

ブルゴーニュ地方は2006年に、シャンパーニュ地方は2007年に世界文化遺産登録を申請した。ブルゴーニュ地方は7,000~8,000ヘクタールのブドウ畑が対象でロマネコンティ、ヴォーヌ・ロマネ、モンラッシェなどの有名ワインが含まれる。シャンパーニュ地方はエペルネ市のシャンパーニュ大通り、ランスのサンニケーズ丘、エペルネ市周辺のブドウ畑が対象で、ポメリー、ヴーヴ・クリコ、シャルル・エドシック、テタンジェなどが含まれる。

フランスの世界遺産登録はこれで41件となったが、今回の決定は、フランスにおけるワインの歴史的・文化的重要性をあらためて印象付けた。フランスは世界的なワインの生産国であり、消費国であると同時に輸出国でもある。
ただし、現在のプレステージの上にあぐらをかくことは禁物だ。伝統と品質に支えられるフランスワインが世界のワイン市場に占める位置は強固だが、欧州だけでもイタリアやスペインのような強力な競争相手がいる。また、世界的にはチリやアルゼンチン、オーストラリアなどの新興国の躍進があり、フランス国内でも安価な割に品質が良いチリワインやアルゼンチンワインが売れているなど、フランスにとって油断できない状況となっている。

ワイン消費国としてのフランス
2014年に国際ブドウ・ワイン機構(OIV)が発表した2013年の国・地域別ワイン消費量に関する統計によると、米国が2,900万ヘクトリットルを記録し、フランスの2,800万ヘクトリットルを抜いて世界最大のワイン消費国となった。米国の消費量は前年比で0.5%増えただけだが、フランスの消費が同6.9%減少したことで、両国の位置が入れ替わった。ただし、米国の方が人口規模がはるかに大きいため、国民1人当たりのワイン消費量ではフランスがトップの座を維持した。3位以下は、イタリア(2,170万ヘクトリットル)、ドイツ(2,030万ヘクトリットル)、中国(1,680万ヘクトリットル)が続いた。

2013年の世界のワイン消費量は2億3870万ヘクトリットルで、前年比1%減少した。フランスで大きく減少しただけでなく、ワインの伝統的な消費国であるイタリア(同3.7%減)、スペイン(同2.2%減)でもワインの消費量は減少傾向にある。この理由として、毎日ワインを飲むという習慣が薄れ、時々上質のワインを楽しむことを好む新世代の消費者が増えてきたため、と説明されている。

一方、VINEXPOからの依頼を受けて、英国の市場調査会社IWSRが行った世界のワイン消費に関する調査が2015年1月に発表された。同調査によると、フランスは2014年のワイン消費量(総量および国民1人当たりの消費量)と消費額で世界2位となった。また、ロゼワインと赤ワインの消費量では世界1位だった。
この調査では、フランスのワイン消費量が1970年代から後退局面に入り、2009~2014年に4%減少したとした上で、今後減少ペースは鈍化し、2018年までの減少率は2.8%にとどまると予想している。OIVの調査とは数値に食い違いはあるが、フランスが世界有数のワイン消費国であり続ける一方で、その消費量自体は減っていることが両調査で確認されている。

これは、フランスでの生活実感とも合致している。往年のフランス映画でおなじみの、日常消費用のテーブルワインを頻繁に飲むという習慣がフランス人の生活から消滅しつつあり、カフェやレストランで昼食時にワインを飲む人も減っている。若者の飲酒量自体はビンジドリンキング(一時的多量飲酒)の浸透などで減っていないかもしれないが、若者の間でもワインの人気は確実に低下している。他方で、ワインの愛好者は従来に比べ、量より質を求める傾向を一層強めているため、消費量がさらに減少するという結果になっていると思われる。

なお、VINEXPOの調査によると、世界のワイン消費量は2009~2013年に2.7%増加したが、2018年までに増加率は3.5%に達する見通しだ。その成長をけん引するのは米国で、2009~2013年に消費量が11.6%増加したのに続き、2018年までに11.3%の増加が見込まれるという。一方、ワイン消費の新興国である中国では、2009~2013年に69.3%の消費増を記録したが、2014~2018年には増加率が24.8%まで減速すると予測されている。特に、汚職取り締まりの強化と中国の国内ワイン生産の発展が、外国産ワインの輸入低下につながるとみられる。

ワイン生産国としてのフランス
ワインの生産量では近年、イタリアとフランスがトップの座を争ってきたが(統計によってはこれにスペインが加わる)、2010年代に入ってからはイタリアの優位が続いていた。しかし、OIVによると、フランスの2014年の生産量は前年比10%増の4,615万ヘクトリットルに達して、その4年前にイタリアに譲ったトップの座を奪回した。2014年の世界の生産量は、同6%減の2億7100万ヘクトリットルと推定される。特にイタリアは悪天候にたたられ、同15%減の4,400万ヘクトリットルに落ち込み、1950年以来で最悪となった。

フランスも悪天候の影響を受けたが、2014年は9月の例外的な好天に救われた。3位のスペインは2013年に記録的な生産量を達成したが、2014年は平年並みの3,700万ヘクトリットル(前年比19%減)だった。4位の米国は2,250万ヘクトリットル(同4%減)、5位のアルゼンチンは前年並みの1,520万ヘクトリットル、6位には僅差でオーストラリアが続いた。ちなみに、中国は1,100万ヘクトリットルで7位。他にニュージーランドやチリが新興の生産国として台頭している。

中国がワインの生産に注力していることは、ブドウ畑の急増でも分かる。OIVの調査によると、中国のブドウ畑の面積は2014年に80万ヘクタール弱に達し、ついにフランスを僅差で抜いて、スペインに次ぐ世界2位に躍進した。世界のブドウ畑の総面積に占める比率は、スペインが13.6%、中国が10.6%、フランスが10.5%となっている。中国は2000年にはこの比率が4%であったことから、その急成長ぶりがうかがわれる。なお、イタリアは2000年には2位だったが、2014年は4位に後退した。

しかし、こうした順位の入れ替わりの背景には、欧州連合(EU)が過剰生産によるワインの値下がりを防ぐために、計画的にブドウ畑を減らす政策を講じているという事情もある。特に2008年から2011年にかけてその面積が大きく、年間当たり9万4000ヘクタールずつ減らし、2014年にも2万1000ヘクタール減らして340万ヘクタールとした。もちろん、ブドウ畑の面積とワインの生産量が比例するわけではなく、中国でもブドウ畑の面積が拡大しているにもかかわらず、2014年の生産量は2010年よりも15%減少している。また、原産地などによる品質の違いを無視して、単にワインの生産量を比較することにも意味がないだろう。

ワインビジネスへの関心を強めている中国人は、フランスでブドウ畑を積極的に購入している。ワイナリーの買収仲介業者の連合組織ビネア・トランザクションがまとめた集計(フランス国内のワイン用ブドウ畑の8割に当たる60万ヘクタールが対象)によると、2014年末時点で、外国人が所有するブドウ畑は全体の2%(1万2000ヘクタール)に相当する。国籍別に見ると、英国人が22%を占めて最も多いが、中国人が21%でこれに迫っている。中国人はボルドーへの進出が特に目立ち、外国人全体の47%を占め、ベルギー人(21%)や英国人(11%)を大きく上回っている。ボルドーでは、外国人が全体の4.6%に相当する5,000ヘクタールのブドウ畑を所有している。

また、2015年3月のル・フィガロ紙の報道によると、中国人が所有するボルドーのワイナリーの数は100を超えた。中国人によるボルドーのワイナリー買収は2008年に始まったが、7年間でベルギー人による所有を上回る規模に達した。なお、ボルドーのワイナリーの数は7,000程度に上り、中国人はそのうち1.5%程度を所有している計算になる。

ワイン輸出国としてのフランス
フランスの輸出競争力は自動車や機械など製造業ではドイツなどの後塵を拝しているが、ワインなどの農産物についてはブランド力が高い。上記のようにワイン市場でも新興国の台頭が目立つものの、フランスは今後ますます高級品に重心をシフトすることで、競争力を維持するのではないかと予想される。

フランスのワイン・スピリッツ輸出連盟(FEVS)によると、2014年のワイン・スピリッツ輸出額は108億ユーロに達した。前年比で2.8%減少したとはいえ、同部門の貿易収支は95億ユーロの黒字となり、フランスの食品産業における最大の稼ぎ頭のポジションを維持した。なお、ワインの輸出額は同1.7%減の74億ユーロで、このうちシャンパンは24億ユーロ(同7.8%増)、AOC(原産地統制名称)ワインは37億ユーロ(同8.4%減)。また、スピリッツ部門の輸出は同5.3%減の33億ユーロで、このうちコニャックは22億ユーロ(同7.6%減)、ウオツカは4億ユーロ(同6.9%増)となった。

フランスのワイン・スピリッツの最大の輸出先である米国への輸出は2014年、2006年以降では初めて20億ユーロを突破し、フランスのワイン・スピリッツ輸出額の2割を占めた。2位の英国の場合は、同国経由の中国向け輸出の減少や、ブルゴーニュワインの値上げを受けて、輸出額が前年より10.4%減った。

また、汚職取り締まりが強化された中国では、フランスからのワインの輸入は前年より7%弱減少し、スピリッツの輸入は同30%超減少した。それでも中国は、輸出先として5位につけている。特にボルドーワインについては、中国はフランス国内を除くと最大の消費市場であり、2014年には4,900万本を輸出した。これは販売全体の12%に相当する。また、中国での売上高は2億2100万ユーロに上る。

その意味で、中国の李克強首相が2015年6月末にフランスを公式訪問した機会に、ボルドーワインの原産地名称保護を承認することを明らかにしたのは、朗報だった。中国が原産地名称保護を認めるのは、ワイン・スピリッツの分野は、コニャック、スコッチウイスキー、シャンパン、ナパバレー(米国カリフォルニア州)に次いで5番目。ボルドーワインの個別の45銘柄が名称保護の認定を受ける見通しだ。

フランスが世界において十分に競争力を維持できる産業部門は数えるほどしかなく、将来的にはますます減るリスクもあるが、ワイン産業は、今後も高い競争力を維持する産業の一つであり続けるだろう。

(初出:MUFG BizBuddy 2015年7月)