フランスでカーシェアリングがひそかなブームになっている。パリ南郊エッソンヌ県では、2013年7月に発生した列車脱線事故の直後にカーシェアリングの利用者が急増した。カーシェアリングサイト運営者によると、フランス国鉄(SNCF)のストの多さもビジネス興隆の一因になっているという。SNCFさえ脅威に感じている、この新たなビジネスの成功の鍵を探る。
パリ南郊エッソンヌ県では、2013年7月12日に同県ブレティニシュールオルジュ駅で発生した列車脱線事故の直後に、カーシェアリングの利用者が急増した。死者7人、負傷者61人を出したこの惨事の影響で、首都高速鉄道RER-C線(郊外連絡線)は数日間不通になった。通勤、通学の足を奪われた住民は苦肉の策としてカーシェアリングを利用し、自治体もこれを奨励した。
しかし、列車事故という特別な事情による市民のイニシアチブと自治体の奨励とは別に、フランスのカーシェアリングは近年急速な成長を遂げ、輸送業界に新風を吹き込み、フランス国鉄(SNCF)をはじめとする伝統的な輸送業者の脅威となりつつある。カーシェアリングを環境面からフォローするフランス環境エネルギー管理庁(ADEME)は、この消費者の新しい慣行を「素人のドライバーと同乗者による自動車の相乗り」と定義している。
新しい慣行のように見えるフランスのカーシェアリングの歴史は、実は1970年代にさかのぼる。とはいえ、長らく市民権を得られなかった慣行だが、ガソリン代の高騰と環境意識の高まりにより、ここ数年急速に成長しつつある。まず環境面から一部の自治体がこれを奨励し、政府がスモールビジネスとスタートアップを支援したことが追い風となった。さらに、インターネットの発展に伴うソーシャルネットワークの拡大とスマートフォンの普及がこのような動きに拍車を掛けたことは言うまでもない。2006年の設立からわずか数年間で欧州のカーシェアリング・サービス最大手になったブラブラカー(BlaBlaCar)によると、同社のサービス利用者の20%以上は携帯アプリで予約する。
ADEMEが公表したカーシェアリング調査報告書(2010年6月)によると、フランスでカーシェアリング・サービスを提供するウェブサイトは2010年時点で200を数える。同報告書は、フランスではマイカー維持のコストが高くなり、かつ国民の購買力が低下しているため、カーシェアリングへの関心が徐々に高まったと分析している。道路交通関連のNGO団体であるオートモービル・クラブ・アソシエーションの調査によると、2012年のオーナードライバーの年間支出額は、ガソリンカー利用者で6,409ユーロ、ディーゼルカー利用者で7,991ユーロに達した。
カーシェアリングの主な形体は長距離で、走行距離は平均330キロメートル。最も需要が多いのは、パリ-リール、パリ-レンヌ、あるいはナント-ボルドーなどの大都市間の行程。これに対して、自宅と会社を結ぶような短距離の需要は小規模にとどまっている。
最も需要が多いのはバカンスの時期だ。ブラブラカーによると、2012年12月21日から2013年1月6日の年末年始にかけて、満員の高速鉄道(TGV)1,250本に相当する約50万人が、同社のウェブサイトを通じてカーシェアリングを利用したもようだ。
カーシェアリングの旅はしばしば列車の旅ほど快適ではなく、時間もかかる。しかし、列車の旅があくまで「駅から駅」の旅であるのに対して、カーシェアリングは「ドア・ツー・ドア」の旅を提供してくれる。また、未知の人との出会いという魅力もある。最近では利用者サイドのネットワークも充実し、カーシェアリングはかつての「ヒッチハイク」とは様変わりした。
ブラブラカーの創始者フレデリック・マゼル氏(現CEO)は、2006年に仲間7人と共に資本金10万ユーロで新会社「コブワチュラジュ.fr」(フランス語で乗り合い自動車の意)を設立、その後社名を現社名に変更した。マゼル氏は1990年代末期にカリフォルニアのスタンフォード大学に留学(専攻はIT)しており、そこでカーシェアリングを初体験した。毎日、学友とカープールレーン(乗り合い自動車専用ルート)で通学するうちに、その有用性を確信するに至ったという。
その後、帰国してパリに住み着いた年の暮れに、彼はクリスマス休暇を利用してフランス南西部のヴァンデに帰省しようとしたが、あいにく列車の切符は売り切れだった。そこでインターネットでヴァンデ行きのカーシェアリング情報を丹念に探してみたが、皆無に等しくこの試みを断念した。結局、そのときは実姉が運転する車で帰省することができたが、車中の72時間、フランスでインターネットと携帯電話を使って全国規模のカーシェアリング・サービスをいかに立ち上げるか、ということだけを考えたという。
欧州の業界最大手に成長したブラブラカー(従業員数:6カ国で70人、業績は未発表)が掲げる数字は、カーシェアリング市場の急速な成長を裏付けるかのごとく驚異的だ。同社ウェブサイト(http://www.blablacar.com/)によると、欧州で300万人の加入者を誇り、1日当たりの新規加入者数は4,000人に上る。進出先はスペイン、英国、イタリア、ポーランド、ドイツ、ポルトガル。欧州における1カ月当たりの利用者数は60万人で、満員のTGV1,500本の旅客輸送量に相当する。2013年末にはこれが90万人に達し、ユーロスター(英国とフランスを結ぶ高速鉄道)の旅客輸送量に匹敵する見通しだ。
ブラブラカーのビジネスモデルは、インターネットによる「予約」と「前払い(ガソリン代+高速代)」、「コミッション(10%)の徴収」に基づく有料システムに依拠する。同社はフランスのカーシェアリングに有料モデルを導入した最初の企業で、成功の秘訣(ひけつ)はこの有料システムにあるという。カーシェアリング市場では、有料サービスに対する抵抗感が依然として根強く、同社の収入源もかつては広告収入だけだった。有料サービスへの移行後は、出発前48時間以内のキャンセル率は35%から4%に激減。前払い方式により、ドライバーと利用者の双方に安心感と信頼感を植え付けることに成功した。
ブラブラカーは現在成長期にあり、利益獲得は最優先課題ではないという。利益は全てビジネス拡大のための資金に充当する。設立からこれまでに2009年(60万ユーロ)、2010年(120万ユーロ)、2012年(750万ユーロ)と3度にわたってビジネス拡大のための資金を調達した。資金調達に当たっては目的を明確に定め、1度目はエンジェル投資家と近親者、2度目はフランスの投資ファンドISAI、3度目はロンドンに拠点を置くアングロサクソン系投資ファンドAccel Partnersの信頼を勝ち得た。
同社の当面の課題は、欧州進出に重点を置いた成長戦略の推進である。社名をフランス式名称の「コブワチュラジ.fr」から「ブラブラカー」に改めたのも、欧州進出を意識してのことである。いま一つの課題は、同社のサービス利用者の不安感を払拭(ふっしょく)することだ。利用者が安心して初対面のドライバーが運転する車で快適な旅ができるよう、ドライバーの写真、(カーシェアリングの)経験年数、過去の利用者による評価にとどまらず、車中の話題を提供するために、職業や趣味などの補足情報をウェブサイトに掲載することに細心の注意を払っている。
カーシェアリング・サービスの売り上げは、ドライバーと同乗者の出会いの場をつくるインターネットサイト運営に支払われる10%の手数料だけなので、売上高の高い輸送業界全体から見れば微々たるものである。しかし、その急速な成長は伝統的な輸送業者にとっての脅威となりつつある。マゼル氏は「ブラブラカーに飛躍の機会を与えてくれたのはSNCFのスト」と明言する。
片やSNCFは、カーシェアリングがTGVと直接の競合関係にあることを認識し、他に先駆けて反撃に出た。SNCFはまず、2009年にカーシェアリング・サービスを提供するウェブサイト「123envoiture.com」の親会社Green Coveに20%出資して業界に参入し、2013年夏には出資率を引き上げて同社を100%子会社化した。2012年には長期にわたって規制されてきた長距離バス市場の自由化の恩恵を受けるべく、長距離バス運行サービス専用のバス子会社iDBUSを設立した。料金は予約時期にかかわらず定額とし、グループ料金も設けた。
この他にTGVの利用を奨励するために、イル=ド=フランス地域圏(首都圏)で自宅と駅を車で結ぶ「ドア・ツー・ドア」のサービスを開始して好評を得た。SNCFは、本業の鉄道市場のシェアを奪う恐れのある事業への多角化は「欧州のモビリティー・チャンピオン」を目指す戦略の一環と説明する。
マゼル氏は、SNCFの業界参入はカーシェアリング・サービスの有用性と信頼性を高めるものと歓迎。またブラブラカーの将来を予想することは難しいが、カーシェアリングのさらなる発展は間違いない、と見ている。SNCFは今後、国内最大の営業・販売網を通じて大規模な攻勢に出るだろう。筆者がこの記事を作成中の9月のある朝、パリの地下鉄を乗り継いで出勤中に、ブラブラカーの青い広告を何枚も見掛けた。パリ-リールが16ユーロ、パリ-レンヌとパリ-ボルドーが共に18ユーロ、パリ-ブリュッセルが24ユーロだったと思う。SNCFのウェブサイトを見ると、例えばパリ-リールのTGV料金(2等車)は予約の時期により25~55ユーロとなっていた。両者の勝敗は予想し難いが、カーシェアリングの本格的な市場が誕生しつつあることは間違いない。
(初出:MUFG BizBuddy 2013年10月)