マクロン法発効でフランス長距離バス市場が様変わり

投稿日: カテゴリー: フランス産業

「経済の機会均等・経済活動・成長のための法律」(通称「マクロン法」)が2015年8月に発効し、100キロメートルを超える長距離バス事業部門が完全に自由化された。フランスをはじめ英国、ドイツの事業者5社が新たに参入。利用客数は、低料金、路線の拡大などにより大幅に増加するも、利用が一部の路線に集中するなど、今後の市場推移が注目される。

低迷するフランス経済の活性化を目指して、マクロン経済・産業・デジタル相が2014年末に提案した「経済の機会均等・経済活動・成長のための法律」(通称「マクロン法」)が2015年8月7日に発効した。マクロン法では、さまざまな斬新な経済改革を打ち出しており、その中には、鉄道よりも手頃な価格でサービスが提供できる「長距離バス事業の自由化」も含まれている。フランスではこれまで、フランス国鉄(SNCF)の独占が法律で保障されていたため、SNCFに競合するような長距離バス事業部門は大きく規制されていたが、マクロン法により、100キロメートルを超える路線は完全に自由化された。その一方で、100キロメートル以下の路線については、在来線(TER)との競合などもあり、自治体に路線開設を拒否する権利が残されている。

フランスの鉄道・道路事業調整委員会(Arafer)によると、長距離バスの利用者数は、マクロン法発効後の2015年8月から同年12月末までの5カ月間で77万人を数え、1日当たり約7,000人が利用した計算になる。また、政府の諮問機関フランス・ストラテジーの調べによると、2015年9月から2016年2月末までの半年間の利用者数は150万人を超え、1日当たりで8,000人以上が長距離バスを利用したもようである。2014年の利用者数は年間で11万人足らずだったことから、市場は急成長を遂げている。ただし、期間中のフランス高速列車(TGV)利用者は5,000万人以上、カーシェアリングサービスを提供するBlablacarの利用客は700万人ということを考えると、長距離バス市場は拡大しているとはいえ、旅行者の輸送手段としては依然マイナーな存在といえるだろう。

マクロン法発効後、フランスのIsilines、Starshipper、Ouibus、ドイツのFlixbus、英国のMegabusの5社が長距離バス事業に参入した。うち、フランスの事業者を見てみたい。Isilinesは、フランス公共輸送事業者Transdevの子会社で2015年6月に設立された。フランス国内のみのサービスを提供し、現在21路線を運行している。また、マクロン法発効以前からサービスを提供しているEurolines Franceも同じTransdev傘下にある。同社は2011年に民間事業者として初めて、州間を結ぶ路線開設の許可をフランス運輸省から得た(Eurolines Franceは、1985年に設立された欧州主要都市を結ぶ路線を運行する事業者によるアソシエーション・Eurolinesにも加盟している)。

Starshipperは、フランス国内の独立系旅客輸送事業者で設立されたRéunirの下で、フランス国内の州を結ぶ路線や国外路線サービスを提供している。そしてOuibusは、SNCFによる長距離バス事業サービスである。2012年にIdbusとして立ち上げられ、2015年9月にOuibusに改名し事業を拡大した。

SNCFのペピ総裁は、長距離バス市場への進出について「鉄道と長距離バス市場は、所要時間や価格などの点から競合しない」と指摘し、長距離バス市場がカーシェアリング市場に食い込んでいる、と分析している。フランス・ストラテジーも、走行距離1キロメートル当たりのコストについて、長距離バスは4.5セント、カーシェアリングでは6セント、長距離列車は10セントで、バスとカーシェアリングの競争の激化を予想している。

事業者数は市場の自由化後増加の一途をたどり、許可を必要とする運行距離100キロメートル以下のサービスも増えている。Frethelle(パリ地域)、Migratour(サントル)などの小規模な事業者も多く、現在120件余りのプロジェクトがAraferに提出されている。このうち数件は既に申請が受理された。輸送ネットワークは大きく拡大したとはいうものの、利用はパリ~リール、パリ~リヨン、パリ~ルーアンなど一部の路線に集中している。

Araferによると、2015年12月末の時点で、長距離バスは136都市を結び、合計で686路線が運行されていた。その後、2016年2月半ばにフランス・ストラテジーが行った調査では、路線数は734に増加し、うち約4分の1がパリを含んだ路線となっていた。これらの長距離バスの平均乗車率は、2015年第3四半期は29%、第4四半期は32%とそれほど高くなく、これからの市場といえよう。同時にAraferでは、長距離バスのフランス市場について、2013年に一足先に市場を開放したドイツと同じような道を歩むだろうと予想している。ちなみに、ドイツの長距離バスの利用者数は、2012年の200万人から、2013年には500万人へと2.5倍も跳ね上がった。フランスでの2016年通年の利用客数は、ドイツほどではないにせよ、夏期休暇やサッカー欧州選手権「UEFA EURO 2016」などのイベント開催により、300万人程度に達する見通しである。

現在、各事業者は顧客獲得のため、1~10ユーロという超低料金を導入しているが、インフラ整備や職員募集などで大規模な投資が必要であり、この価格では採算が取れないという。Araferによると、走行距離100キロメートルの平均価格は2015年末で3ユーロ。一方、長距離バス利用距離の平均は376キロメートルで、その平均料金は12ユーロとなる。また、フランス・ストラテジーは、マクロン法発効後2015年9月から2016年2月末までに、1,300人の直接雇用の機会が創出されたと試算している。既に2015年中で1,000人以上の雇用機会が創出され、このうち800人はドライバーとしての雇用であった。

今後どれだけの長距離バス事業者が生き残るか、市場の将来を予想することは難しい。市場が安定するには約2年かかる。2015年12月末時点で、マクロン法発効後に参入したIsilinesなど5社とEurolines Franceの計6社の売り上げを見ると、合計930万ユーロで市場規模は小さい。このうち、フランス勢のIsilines、Starshipper、Ouibusが健闘しており、ドイツや英国の事業者の進出を抑えられるのではないかと期待されている。

2015年第3四半期と第4四半期の新規路線開設数を事業者別に見ると、Flixbusが2路線から28路線へと最も増加率が高く、Ouibusが16路線から47路線でこれに続く。この他、Megabusが7路線から14路線、Isilinesが17路線から24路線、Starshipperが9路線から13路線、Eurolines Franceは22路線で変わらず、という結果になっている。一方、第4四半期の路線シェアを見ると、Ouibusが32%でトップ、以下Flixbus19%、Isilines 16%、Eurolines France15%、Megabus 9%、Starshipper 9%の順となる。6社合計の路線数は148路線だが、この中でサービスが重なるのは8路線のみで、各事業者はサービス地域(路線)の特化を進めているといえよう。

さて、長距離バスの乗り心地やサービスだが、筆者が良く利用するパリ~ブリュッセル路線に関してはかなり良い。この路線はOuibusとEurolines Franceが運行している。Ouibusは発着地点がパリ、ブリュッセルともに市内にあり、交通のアクセスが非常に良いところが魅力だ。しかも車体もとても新しく座席も広く、Wi-Fi、充電用電源が備え付けられている。サービスはフランスの公共輸送サービスとしては相当の努力の跡が見られる。まず出発時刻は非常に正確で、ドライバーの応対も非常に丁寧で必要最低限の英語も話す。所要時間は休憩を含めて4時間弱。価格については、2015年秋までの最低料金は15ユーロだったが2016年に入って12ユーロとなり、競争の激化が感じられる。利用率は60~70%程度。客層を見るに老若男女を問わず、所得に関係なく限りある予算を有効に使おうという利用者の姿勢がうかがわれる。対するEurolines Franceは、片道9ユーロからサービスを提供し、所要時間もOuibusとほぼ同じだが、発着地点がパリ、ブリュッセルともに郊外で、市内までのアクセスに若干時間がかかるという難点が指摘されている。

(初出:MUFG BizBuddy 2016年4月)