経済危機の中で成長するシルバー産業、高齢者介護施設の現状

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスは先進国の中でも高い出生率を誇っており、人口減少はさほど問題化していない。しかし、第1次ベビーブーマーが高齢層に入ったこともあり、人口動態や高齢者の介護問題は日本同様に深刻になってきており、高齢者を対象にしたシルバー産業が興隆している。本稿では、高齢者介護施設の現状について概観する。

フランス人の平均寿命は2013年時点で、男性が78.7歳、女性が85.0歳。日本人に負けない長さになる。フランスは2013年の合計特殊出生率が2.0と、先進国の中でも高い出生率を誇っており、人口減少はさほど問題化していない。しかし、第1次ベビーブーマーが高齢層に入ったことにより、人口動態や高齢者の介護問題は日本同様に深刻になってきている。統計によると、2060年にはフランス人の3人に1人が60歳以上になる。現在の60歳以上の人口は1,500万人、これが2030年には2,000万人、2060年には2,400万人を超えると予想されている。85歳以上は500万人弱にまで増加するという(現在は140万人)。

こうなると、当然のことながら高齢者を対象にしたビジネスが出現する。
フランス政府も高齢者向けの製品やサービスの需要には大きな成長の余地があることを踏まえ、中小企業による技術開発などを中心に、この分野の育成を支援する意向だ。この分野で、パリ郊外のイブリー・シュル・セーヌにあるシルバー産業関連のクラスター「ソリアージュ」(レンズのエシロール、通信大手オレンジなど数十社が集結、雇用数は500人)は、2013年に「シルバー・バレー」へと改称され、インキュベーターの増設といった取り組みが開始された。政府の試算によると、シルバー産業では2020年までに30万人に上る雇用創出が期待できるという。

特に介護サービス、高齢者介護施設の興隆には目を見張るものがある。高齢者が増えれば、その分、要介護の認定を受ける人も増加する。フランス国立統計経済研究所(INSEE)は2013年9月17日、高齢者介護のための制度である高齢者自助手当(APA)の今後の費用負担に関する推計を公表した。APAは、在宅型であれ入居型であれ、要介護と認定された60歳以上の人に対して県から支払われる手当である1。APAの給付を受ける人の数は、2012年初めにはすでに120万人に上っているが、2025年には150万人、2040年には200万人とさらに増えるものと予想されている。

そこでフランスの介護サービス、特に高齢者介護施設の現状を探ってみたい。フランスでも「高齢者施設」には幾つかの分類があるようにみえる。というより、幾つかの名称があるようだ。

最も一般的な名称は「退職者ホーム(Maison de Retraite)」。しかしこの名称には「家族から見放された高齢者が入る施設」というイメージが付きまとうために、1980年代ごろから、公式には「MAPA」あるいは「MAPAD」という名称が使われるようになった。MAPAは「高齢者受け入れホーム(Maison d’Accueil pour Personnes Agées)」を指し、この最後に「D」、つまり「要介護(Dépendant)」が付いたものが「MAPAD=要介護高齢者受け入れホーム」となる。

しかし、名称を変えたものの「高齢者施設」のイメージは依然として改善されていない。そこで、施設、国、県の3者間でクオリティーに関する協定を結び、サービスとイメージの改善を図った施設が「EHPAD」として登場するようになった。EHPADは「要介護高齢者収容施設(Etablissement d’Hébergement pour Personnes Agées Dépendantes)」を略したもので、日本語にすると少々違和感があるかもしれないが、一定のクオリティーを備えた医療関係の設備や医療専門家を提供する施設というイメージを確立したいようだ。
EHPADを新設する際には、県議会と医療関係の国の地方出先機関の両方から事前に認可を得なければならず、前述の通り、運営上の目標、財政上の条件などを決めた5カ年協定を施設、国、県の3者間で結ぶことが義務付けられている。

他にも、自宅での生活への復帰を目指す「長期治療ユニット(Unités de Soins de Longue Durée:USLD)」2、介護施設と自宅の中間的存在となる自立性の高い高齢者用の「サービス付き高齢者向け住宅(Résidences avec Services)」3などがある。いずれにせよ、現在でも「老人ホーム」の通称は「Maison de Retraite」だが、その中でも医療システムを備えた要介護高齢者向け施設を「EHPAD」と総称すると考えてよさそうだ。
2014年現在、高齢者向け施設は7,752カ所あり、収容能力は59万2900人。85歳以上の6%が高齢者施設で生活している。

さて、高齢者介護施設を運営する民間企業の過去数年の業績を見ると、すでに2012年の時点でオルペア、コリアン(当時)、メディカ(当時)のフランス大手3社は、2桁の増収増益を達成している。2012年当時、欧州最大規模の介護企業であったオルペアは、売上高14億2910万ユーロ(前年比15.8%増)、利払い前税引き前償却前利益(EBITDA)は3億5850万ユーロ(同18.4%増)を計上した。

第2位のコリアン(当時)は、買収したドイツの同業企業Curanumを10カ月間連結したこともあり、売上高は11億840万ユーロ(同9.2%増)、EBITDAは2億7680万ユーロ(同11.7%増)となった。ドイツで展開する自社事業とCuranumの事業を合わせると、高齢者介護施設の運営でドイツ最大となり、2012年売上高の58%はフランス国外で得ている。
3社の中で最も規模の小さいメディカ(当時)の2012年売上高は7億1860万ユーロ(同13.7%増)で、EBITDAは1億9170万ユーロ(同13.9%増)となった。

なお、収容能力は、オルペアがトップで1万8285人、2位はDomusViで1万5115人、3位はメディカ(当時)で1万2000人弱、4位はコリアン(当時)で1万1152人である。

2013年にはフランスの売上高第2位のコリアンと第3位のメディカが合併し、一大企業「コリアン・メディカ」が誕生した。合併後のコリアン・メディカは施設数600カ所、収容能力は5万7100人強、従業員数4万人となり、オルペアを抜いて欧州のトップクラスに躍り出た。2013年の売上高ランキングは降順で、コリアン・メディカ、オルペア、DomusViである。

コリアン・メディカは2013年、23億7600万ユーロの売上高を達成した。コリアンだけの数字を見ると、売上高は前年比23.7%増加の13億7100万ユーロ。コリアン・メディカは2014年にも売上高25億ユーロを見込んでおり、2017年には売上高30億ユーロの達成を目指している。

2位に転落したオルペアは、2013年に16億ユーロ(前年比12.5%増)の売上高を計上した。EBIDTAは前年比15.6%増の2億9800万ユーロ、純利益は同20.5%増の1億1690万ユーロとなった。同社は2013年にカナダの年金ファンドCPPIBから15.9%の出資を得て事業拡大に取り組んでおり、2014年3月にスイスの同業Senevitaを買収している。さらに4月にはドイツの同業シルバー・ケア・ホールディングを買収すると発表した。2006年創業のシルバー・ケア・ホールディングは、61施設(収容能力5,963人)を展開し、2014年の売上高を2億ユーロと見込んでいる。

オルペアはフランス、ドイツの他、スペイン、ベルギー、イタリア、スイスにも進出しており、現在、欧州で521施設(収容能力5万1259人)を展開している。また中国への進出にも力を入れており、都市・病院整備などを行う中国のGulouと、高齢者介護施設(収容能力180人)を南京に開くことで合意した。中国では80歳以上の高齢者が、2050年には1億5000万人に達する見通しで、今後、高齢者介護需要が大きく拡大すると見込まれる。オルペアは2014年に入ってから2度の売上高目標を修正しており、現時点での2014年の売上高目標は19億3000万ユーロ(前年比20%増)に設定されている。

DomusViは2014年6月に、投資会社PAIパートナーズに買収された。DomusViも、コリアン・メディカ同様、2011年に同業Dolcéaを吸収することで拡大した。DomusViの2013年の売上高は6億4700万ユーロ(前年比10.1%増)。EBITDAは1億8570万ユーロで前年比18.6%の伸びを見せた。オルペア同様に中国への進出を目指し、すでに中国で合弁企業を設立している。またドイツとスペインへの展開も視野に入れている。

上記3社のフランス市場シェアは45%となる。吸収合併で拡大し、積極的な国外展開を行って2桁の成長を実現する高齢者介護施設運営企業の将来は、この経済危機の中でも明るそうに見える。
しかし入居する高齢者はというと、そうはいかない。

社会問題省、高齢者自立支援連帯公庫(CNSA)などが、2013年に50カ所の高齢者介護施設を対象に行った調査によると、これらの施設では1人の要介護高齢者に掛かる費用は年間3万4707ユーロで、1カ月当たり2,892ユーロとなることが明らかになった。年間での内訳は、医療費が1万1844ユーロ(うち2,007ユーロは健保公庫の負担)、食事・宿泊が1万1616ユーロ、高齢者の日常介護が8,500ユーロ。
KPMGが2014年に実施した別の調査では、高齢者施設における1人当たりの個人負担は民間施設で1カ月当たり1,810ユーロ、公営施設で1カ月当たり1,708ユーロに上るとしている。ただしこの数字はパリ首都圏(イルドフランス地域圏)を除いており、地理的条件によって負担額には格差がある。

高齢者の末期をケアする公的機関ONFVが2014年にフランス政府に提出した調査報告によれば、高齢者施設に入居した人の40%が鬱(うつ)状態にあるという。4人に3人は施設にいることを望んでおらず、経済的・身体的理由などにより入居がやむを得なかったという。報告によると、調査の対象となった高齢者は老衰や孤独への恐怖を深めており、家族も身内を施設に入れたという罪悪感に悩まされるケースが多いようだ。

KPMGの調査によると、高齢者が介護施設に入ってから退去するまで、つまり亡くなるまでの平均期間は2012年時点で女性は3.81年、男性は3.43年だという。
これから高齢者になる身としては、高齢者介護施設運営企業には「ドル箱」といわれる産業によって得た利益を、さらなるサービス改善、精神的ケアの充実、イメージの向上などに充ててほしいと思う。

フランス政府は2014年6月3日、高齢化社会への対応に関する法案を閣議決定した。年内の下院審議を予定しているこの法案は、高齢者の自殺予防、医薬品の使用法の改善、高齢者の孤立への対策、APAの増額など、さまざまな側面からよりよい高齢者ケアの実現を目指す内容になっている。しかし、専門家や高齢者支援団体からは、政府の支援は十分ではないとの声が上がっており、介護人や専門家の育成も課題となっている。特に、高齢者介護施設で働く専門技術を有する人の不足が問題となっており、看護師、運動療法士、作業療法士の養成が待たれている。

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1 フランスの要介護高齢者はGIR1(重度)からGIR6(軽度)のカテゴリーに分けられるが、カテゴリーGIR1~4にそれぞれAPA支給上限額が決められている。収入に応じた自己負担分が決められるので、上限額をもらえないことも多い。また上限額をもらえるにせよ、本当に必要な介護費用全額を負担するには通常十分ではない。2012年3月の時点では、APA平均支給額は月額561ユーロであった。
2 「ホスピス(Hospices)」あるいは「長期滞在センター(Centre de Long Séjour)」とも呼ばれる。
3 公営施設は「Foyer Logement」、民間施設は「Résidence Service」と呼ばれる。

(初出:MUFG BizBuddy 2014年7月)