新型コロナで貯蓄過剰、「金は天下の回りもの」実現が課題に

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスでは、新型コロナ危機の下で支出が激減した富裕層の貯蓄が積み上がるという現象が起きており、そのような巨額の貯蓄が死蔵されてしまうのか、経済に再注入されるのかが、今後の経済の回復に大きな影響を与える可能性が指摘されている。本稿では、この件についての考察を試みる。

「金は天下の回りもの」という言葉があるが、それが、仏政府が現在望んでいることの1つだろう。というのも、フランスでは、新型コロナ危機の下での富裕層の莫大な貯蓄が問題となっているからだ。

2021年2月25日付けの仏レゼコー紙によると、仏中央銀行は、2020年と2021年の仏国民の貯蓄の純増分は、2,000億ユーロに達すると見込んでいる。また、仏経済分析評議会によると、貯蓄の増加分の70%が、仏世帯のうち20%を占める富裕層に由来するとされている。このような状況が発生したのは、大規模な財政出動により「是が非とも経済の崩壊を避ける」という仏政府の政策によるところが大きい。

仏政府は、2020年春から、新型コロナ危機対策として、企業に対する政府保証付き融資制度(PGE)や、企業や自営業者などにおける一時帰休制度の利用条件を大幅に緩和するなど一連の措置を導入した。一時帰休制度の恩恵に与った人々には、働かずとも賃金の大半(2020年春の第一次外出制限の際には、手取りの84%)が国と社会保障金庫により保障された。これらの措置により、フランスでは失業者の急増は見られず、2020年には、企業倒産件数も前年を大幅に下回るという状況が生じた。いわば、国と社会保障金庫が一時帰休制度の適用を受けた人々に賃金を支払い、企業の存続を保障しているのに近い状況なのだ。

一時帰休制度を受けるには、賃金がある一定限度を下回っていることが条件なのだが、2020年5月時点での対象者数は1,130万人に達し、民間部門の従業員の半数以上が適用を受けていた。その後も、一時帰休制度はある程度の手直しを加えつつ、雇用維持と引き換えに、新型コロナ危機の影響が大きい業種や、営業そのものが禁止されているバーやレストランなどにおいて利用され続けている。

一時帰休の対象となった人々は、当然のことながら、外出制限の下では自宅待機となった。また、テレワークが奨励されたことから、一時帰休の対象とならなかった高賃金の人々の大半も、自宅で働くことになった。彼らは、テレワークでも危機前の賃金水準を維持したが、バーやレストラン、映画館は閉まっており、旅行も不可能な状況の下で、金はあっても使い道がないという状況に直面したのだ。確かに、ビデオゲームやDIY、あるいはガーデニングなどへの支出は危機前と比べて増えたが、それでもたかが知れている。あるいは、株やビットコインなどへの投資に乗り出した人もいたが、全体としてはごく少数派であったと見られる。

このような状況を受け、多くの人々の貯蓄が膨れ上がるという事態が発生した。もちろん危機の直撃を受けた人々も多く、2020年の経済成長率がマイナス8.3%となったことからもわかるように、仏経済全体への影響は大きい。貧富の差も大きく拡大したはずだが、支出が大きく減少した上、収入も公的援助によりある程度確保されている(2020年の仏国民の購買力は0.6%の減少に留まっている)ことから、低所得層でも大きな影響はまだ受けていないように見られる。新型コロナ危機の本格的な影響が見られるようになるのは、政府の各種支援措置の打ち切りが始まってからのことになるのではないだろうか。

話が多少横にそれたが、現在の状況は、ソブリン債発行により国が調達する金がそのまま一部国民の懐に入ってしまい、彼らがいわば「焼け太り」しているのに等しいというものである。問題は、これらの貯蓄が経済に再注入され、仏経済の再活性化につながるかどうかだ。もちろん、すべてが経済に回ることはあり得ないだろうが、どれだけ経済に回るのか、また、それが短期的なものなのか、長期的なものとなってしまうのかでも、仏経済の回復の度合いとスピードは大きく変わるだろう。

仏シンクタンクOFCEによると、仏国民が新型コロナ危機の間に積み上げた貯蓄(OFCEの予測によると1,600億ユーロ)のうち20%を2022年に消費に回したならば、仏経済成長率は、そうでない場合の4.3%から6%へと上昇する。では、どうしたら、仏国民が、このような莫大な貯蓄を取り崩すだろうか。それには、大まかに言って、2つのシナリオがあろう。

1つは、国民が積極的に消費あるいは投資に向かうというものだ。それには、新型コロナ危機が終息し、先行きの見通しが好転する、あるいは、消費促進措置や投資に対する支援措置が導入されることが必要となろう。もう1つは、国民が貯蓄取り崩しを余儀なくされるというシナリオだ。それには、例えばインフレの回帰や貯蓄税制の強化、あるいは富裕層への課税強化などが要因となろう。国民の貯蓄が増加を続けるという最悪のシナリオもあるが、その場合は、仏経済の低迷が続くと予想され、いずれは国民所得そのものの低下を招き、長期的には国民が貯蓄の取り崩しを余儀なくされると見られるので、後者のシナリオに入ると思われる。

この2つのシナリオのうちで、仏政府にとって好ましいのは、当然のことながら前者だろう。左派の間からは、富裕層を対象とした増税という声も上がっているが、2022年に大統領選を控えるマクロン政権は、増税は避けたいだろうし、実際に増税はしないと言明している。また、昨今の第一次産品価格の急上昇などから見て、インフレが回帰する可能性もあるが、その場合、新型コロナ危機の間に急増した債務の利払いの増加により、国家財政が窮迫する可能性があり、政府としては望ましいことではなかろう。ただし、このシナリオが実現する可能性は高まりつつあるとも見られる。

こういった事情から、仏政府はむしろ最初のシナリオを目指すと考えられよう。先にブリュノ・ルメール仏経済相は、生前贈与を対象とした税制の緩和を打ち出したのは、消費促進を目的にしたものだ。
ただし、生前贈与税制の緩和には、政治的なリスクが大きい。マクロン仏大統領は、就任直後に、富裕層を対象とした連帯富裕税を廃止、IFI(不動産資産課税)に衣替えしたが、これが金持ち優遇と見なされ、大統領には「金持ちの大統領」というレッテルが貼られたという経緯がある。この件は、2018年秋から2019年春にかけて発生した抗議行動であった「黄色ベスト運動」の背景ともなったが、新型コロナ危機が発生してからは、大統領が主導した大規模財政出動政策の効果により、そのような印象は薄くなってはいる。しかし、生前贈与税制の緩和は、「金持ちの大統領」というレッテルが再び持ち出される契機になる可能性がある。

この背景を勘案してか、ルメール経済相はその後、非課税とする「生前贈与」の上限を1万ユーロ程度に抑えた上、親から子供に、あるいは祖父母から孫への贈与だけを対象とするという案を主に検討していると軌道修正した。危機下で困っている若者を親あるいは祖父母が一時的に援助するということであり、富裕層優遇ではないと言いたいわけだ。しかし、この案には、この条件に適合する生前贈与の件数が限られており、大きな経済効果が期待できないという問題がある。

2022年の次期大統領選では、現時点では、マクロン大統領と極右政党RNのルペン党首が決選投票に進む可能性が高いと見られている。2021年5月7日付けのルモンド紙は、左派支持者の間で、マクロン政権の右寄りの姿勢を嫌って大統領もルペン党首も支持しない傾向が見られていると伝えた。マクロン大統領は、右でもなく、左でもないという姿勢を掲げて、2017年の大統領選で当選を果たしたが、左派のオランド大統領の下で経済相を務めた経緯もあり、左派からも一定の支持を得た。とはいえ、オランド政権の下でも、日曜営業禁止措置の緩和や長距離バス路線の自由化など、どちらかというと企業寄りの姿勢を打ち出し、左派からの反発を受けていた上、大統領就任後も、中道右派に属するフィリップ前首相とルメール現経済相を任命したのに加え、上に述べたように、左派にとって象徴的な意味を持っていた「連帯富裕税」を廃止するなど、右寄りの姿勢が目立っている。したがって、マクロン大統領にとっては、これ以上の左派離れは食い止めねばならない。

このような状況の下では、大きな経済効果が期待できないのならば、上に述べたような政治的リスクを冒してまで生前贈与税制の緩和を実施する意味があるのだろうかという議論となるのは当然だろう。
このように、貯蓄税制の強化というムチの政策も、生前贈与税制の緩和というアメの政策も、政治的な要素が絡み、実現には障害も多い。月並みではあるが、国民に貯蓄の取り崩しと消費を促すには、医療体制の充実に加えて大規模なPCR検査の実施やワクチン接種の加速などの新型コロナ対策の徹底による国民の将来への懸念解消が、実は最も早道なのかもしれない。新たな変異株の出現など不確定要因は数多く、それには困難がつきまとうが、新型コロナウイルス感染症の抑え込みこそが、最大のアメの政策であり、理想だろう。新型コロナ危機により失職する懸念、危機が今後も何年にもわたって続くという懸念、さらには、自らも感染してしまう懸念がある間は、将来に備えての貯蓄が増えることはあっても、大幅に減ることは困難だ。

だが、ここにもう1つ、一石二鳥ともなり得るアメの政策がないわけではない。それは、国民が生産設備に貯蓄を振り向ける場合には、政府が投資の元本をある程度まで(100%が理想だが)保証するというシステムを構築することだ。これにより、国民は安心して投資できる上、仏国内への生産拠点の還流などの効果も期待できる。また、そうなれば、これまでは例えば中国など仏国外で生産されていた物品の消費が減り、長期的には貿易収支の改善につながるかもしれない。ただし、このような政策は、結果的には、財政のさらなる逼迫を招きかねないものであり、長期的なものではあり得ないと思われ、実現されたとしても、一時的なものでなければならないだろう。また、元本が保証されている場合、国民による投資が投機的な方向に向かうというリスクもあり、そのようなリスクを避けるため、元本保証の割合や期間も問題になろう。

このような政策は、通常時では実現困難だろうが、ある意味、企業に対するPGEなどに見られる「是が非とも経済の崩壊を避ける」という危機対策の一環と考えれば、まったく不可能なものではないと思われる。ただし、繰り返しになるが、新型コロナ対策の徹底による国民の将来への懸念の解消が、「金は天下の回りもの」を自然に実現するには最善の方策であることには間違いはなかろう。しかし、それには時間がかかるのなら、力ずくでもそれを実現する方策も必要となってくる可能性も考慮すべきではないかと考える次第である。

※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。

(初出:MUFG BizBuddy 2021年5月)