中国人観光客、フランス観光の最大目的は高級ブランド品の購入

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスを訪れる中国人観光客が近年増加している。中国人観光客は高級ブランド品の購入をフランス観光の最大の目的としており、フランス経済に恩恵をもたらしている。その一方で、中国人観光客を狙った犯罪の増加がフランス観光ブームに水を差すことが懸念されており、治安強化や観光客の安全確保などの対策が図られつつある。

競争・産業・サービス総局(DGCIS)の最新の統計によると、2011年にフランスを訪れた外国人観光客は8,140万人に達した。それまでの過去最高であった2010年(7,760万人)比で4.9%増加し、記録を更新したことになる。欧州からの観光客は前年比3.1%増の約6,780万人で、全体の83.3%を占めている。欧州以外の国からの観光客については、3年連続で減少してきた米国人観光客が2011年には同14%増の330万人となった他、東日本大震災の影響があった日本人観光客も同4.3%増加した。

一方、新興国(ロシア、中国、ブラジル)からの観光客も前年比17%増え、2009年から2010年の増加率に比べて半減したとはいえ、フランスの観光産業を大きく支えている。この他、中国からの観光客の急増(同23.9%増)が注目されている。その数は110万人にとどまっているが、2020年には200万人に達すると予測される。

中国人の観光ブームは、国連世界観光機関(UNWTO)の統計でも確認できる。中国人観光客数は、2000年の1,000万人から2012年には8,300万人に増加した。また、中国人観光客の支出総額は2012年に1,020億ドル(755億ユーロ)に達し、観光客の国・地域別支出総額で中国が世界トップとなった。UNWTOはその理由として、中国人の所得増加と出国に関する中国政府の規制緩和を挙げている。

中国人観光客の多くは、欧州ツアーの一環としてフランスを訪問する。そのため滞在日数は短く、訪問場所もパリ、南フランス、ワイン産地のボルドーと限られている。フランスに関する知識も映画、書籍、インターネットなどを通じて得た限られたものであるようだ。
多数の中国人はフランスに対するイメージとしてロマンチック、ガストロノミー(美食学)、高級ブランド品、数多くの観光名所などを列挙して、好印象を抱いている。特に中国人女性にとってフランスは憧れの国となっている。フランス観光開発機構の調査によると、フランスを訪れた中国人観光客の71%は「フランス行きを身近な人に勧める」と答えており、フランスはイタリア、スイス、ドイツを抜いて欧州の中で最も人気が高い。

中国人のフランス観光の最大の目的として、ショッピングが挙げられている。レザーグッズ、プレタポルテ、化粧品、香水などフランス製の高級ブランド品が目当てで、パリの百貨店を行き先として優先する傾向にある。上海のHurum Report社の調査によると、特に富裕層の中国人観光客の間では、フランスは高級ブランド品の購入先として米国、シンガポールを抑えて首位につけている。この調査によると、個人資産が100万ドルを超える中国人富裕層は280万人に上り、このうちの半分弱は1回の旅行で5,000ドル超(3,800ユーロ)を高級ブランド品の購入に当てている。免税品販売世界大手のグローバル・ブルーの調べでは、世界の免税品消費の4分の1を中国人観光客が占める。

現金で高価な高級ブランド品を買ってくれる中国人観光客はフランスで大歓迎されているが、ここにきて中国人観光客を狙ったすり、窃盗事件が増加しつつあるという問題が浮上してきた。2013年3月20日には、中国人のツアー客23人が、欧州ツアーの最初の訪問地であるフランスのパリ郊外で襲われ、全員のパスポートと現金7,500ユーロの入った貴重品袋を奪われた。この事件はインターネットを通じ中国でも大きく報じられた。

中国人観光客が特に狙われるのは、多額の現金を持ち歩く習慣があると知られていることにある。パリの中国旅行専門会社で中国人観光客の受け入れも行うAnsel Travel Agencyの代表によると、中には1万ユーロ、2万ユーロといった現金を持ち歩く中国人旅行者もいる。この事件では、欧州ツアーに参加した中国人観光客が予算節約のために治安に問題があるパリ郊外に宿泊したことも災いした。

またAnsel Travel Agencyの代表は、2012年10月に受け入れた中国人観光客800人のうち10人が同じ日にルーブル美術館ですりの被害に遭い、2013年2月には交通渋滞で動けなくなった中国人観光客を乗せたミニバスが襲撃を受けてバッグが盗まれた他、中国人観光客がパリの四つ星ホテル内で強盗に遭った事例を挙げている。

この他、パリ観光局の代表は、中国人観光客が狙われる場所として2カ所を挙げている。一つはルーブル美術館、オペラ座地区、凱旋(がいせん)門などのパリの主要観光名所、もう一つは宿泊するホテルが所在する寂しい郊外地区としている。
このような状況の中、ピネル手工業・商業・観光業大臣は6月26日、フランス政府は、同国を訪れる外国人観光客の安全が保証されるよう全力を尽くすと約束した。

2013年4月10日には、ルーブル美術館が閉鎖された。これは、警備員が同館内で外国人観光客を狙った集団によるすり、グループによる暴力行為が頻発していることに抗議してストライキを行ったことによる。警備強化が約束されたことで4月11日には開館したが、中国政府が自国観光客の身の安全に対する懸念を表明済みであり、フランスの観光業界にとっては打撃となった。

警備員の労働組合によると、主に東欧出身の未成年者が20~30人の集団で同館(26歳未満は入館料無料)に入り、外国人をターゲットにすりを働き、捕まえると脅迫、唾を吐くなどの暴力行為を働くという。また警備員は、パスポートや金銭を奪われ、ぼうぜん自失としている観光客のために大使館に連絡するという業務外の仕事も余儀なくされている。警備員労組は、ルーブル美術館やパリ中心部にはこれまでもすりはいたが、特にこの1年半ほどの間に暴力的となり、集団化していると警告した。

こうした治安悪化を背景に、ルイ・ヴィトン、イヴ・サンローラン、シャネル、ディオール、エルメスなど75のフランスの高級ブランドが加入するコルベール委員会は2013年5月24日、パリの治安強化をフランス政府に促した。「パリは危ない」という評判が確立しつつあり、外国人に敬遠されると雇用にも影響を及ぼすと警告した。高級ブランド業界は、中国などの新興国の観光ブームの恩恵を受けている。フランス政府は外国人観光客の安全性を強化する措置を取ったと発表して懸念払拭(ふっしょく)に努めており、パリ警視庁も、観光名所と公共輸送機関に警察官200人を配置、暴力を伴うひったくりは4月に12%減少したと説明している。

コルベール委員会では、パリの治安悪化に伴う損害額を算定していないが、観光客が「危険だから」という理由でパリを避けて、ミラノやロンドンに行くような事態を回避したいとしている。フランス首相府は、現金での買い物の支払い額を1回につき1,000ユーロに制限する措置を検討しているが、コルベール委員会は、この提案に反対する見解をすでにフランス政府に伝えたことを明らかにした。これとは別に、欧州委員会では、現金での買い物の支払い額の上限を7,500ユーロに設定することを検討しているとされる。

また、観光客ではないが、ボルドー近郊でワイン学講座を受講するため同市内に滞在していた中国人学生6人が襲われて負傷するという事件が2013年6月14日に起きた。武器を携行した3人の若者が、中国人学生の住居に押し入り暴行に及んだ。ボルドーでは6月16日からワイン・スピリッツの国際見本市、ヴィネクスポが開催されたが、ルフォル農相はヴィネクスポの会場を訪れた機会に、フランスのイメージを傷つける許し難い行為として中国人学生を襲った若者を糾弾した。警察は6月16日までに容疑者3人を逮捕し、予審裁判(担当予審判事が起訴の是非を決めるために行う裁判上の手続き)の開始を通告した。

中国はワイン消費で世界5位。これまで40程度のワイナリーが中国資本の傘下に入っている。ヴィネクスポでも出展する中国の業者数が増加する傾向にあり、見本市に参加する中国の輸入業者・仲買業者も急増している。中国側は、観光客を狙った犯罪が増えていることを受けて警戒を強めており、在フランス中国大使館はフランス当局に対して、迅速に事件の捜査を行い、中国人学生の安全の確保に努めるよう要請した。

治安を強化することでフランスの対外イメージを回復することは重要であるが、同時に、中国人観光客がフランスを訪れやすい環境を整えることも大事である。フランス政府は2013年3月、在外公館に宛てて、短期滞在査証の取得手続きの簡素化を指示した。中国のみを対象とした措置ではないものの、短期滞在査証の取得で、中国はモロッコ、ロシアに次いで3番目に付けている。また、フランスの観光業界は、中国人観光客のニーズに十分対応していないとの指摘もあり、今後一層の取り組みが必要とされている。

(初出:MUFG BizBuddy 2013年7月)