フランスでは「ビニール(vinyle)」と呼んでいるが、世界的にアナログレコード(塩化ビニール盤のレコード)が人気を回復している。過去に親しんでいたシニア層だけでなく、若者の間でもファンは多いという。音質もデジタル媒体による再生とは異なり、CDなどより優れているといわれる。筆者は音楽に疎いので、そのあたりの違いはよくわからない。そもそも音質の良し悪しに強いこだわりもないが、かつてCDが登場した当初に、むしろ従来のアナログレコードと比べたクリアーな音質に感銘を受けていた人がけっこういた覚えがあるので、いま音質の優劣について逆を言われると、あれ、そうなの?という戸惑いもある。もちろん再生される音には客観的な物理的データがあるわけで、CDなどのデジタル処理では実際に一部の音域がカットされていると言われればそれまでだが、それを「物足りない」と感じるかどうかには聞き手の聴覚や音感の良し悪しだけでなく主観も交じるから、判断には揺れが生じるかもしれない。そ れとは別に、デジタル処理された音楽をサプスクなどで聞く場合に比べて、手で触ることができるモノとしてのレコードの魅力を語る人もいる。CDだって手で触ることができるモノだが、アナログレコードのような重みや質感がない、というのは確かにそうだろう。これは書籍などでも同じで、紙の本の手触りや匂いなどへの愛着やこだわりを口にする人は多い。筆者は音楽よりは文学のほうに親しみがあるが、申し訳ないことに、実はそういう愛着やこだわりがあまり実感できない。1台のスマホやタブレットに何百冊も入れて手軽に持ち運べる電子書籍のほうがよほど便利で好ましいと思っているが、こういう人間は「本物の本好き」の目にはいかにも軽佻浮薄に映るらしく、本当の良さがわからないままに、デジタル化の流れに軽々しく迎合する野蛮な輩という扱いを受けることが多い。しかし、年を重ね、老眼が進むと、文字のサイズを自分の好みに調節できる電子書籍はやはりありがたい。音楽にしても、年齢とともに聴覚の鋭敏さは否応なく衰え、聞き取れない音域も増す。若い人はともかく、シニア層がアナログレコードにこだわるのは、音質云々よりもノスタルジーがやはり強い動機なのかもしれない。実験してみないとわからないが、本当は、同じ楽曲でも、聴覚の劣化したシニア層向けに特別にアレンジしたデジタルバージョンがあれば、そのほうが「音質は良い」と感じるのではなかろうか。「本物志向」にありがちな幻想にごまかされないことも年の功だろう。