アフリカにおけるデジタル経済の興隆

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

世界の発展途上地域と見なされ、ビジネスの対象としては注目されることが少ないアフリカだが、デジタル経済では世界でも先進的なイニシアチブに事欠かない。特にモバイルでは、アフリカの「進歩の遅さ」が逆に世界でも先進的な試みを生み出すという興味深い現象が見られている。このようなアフリカの状況を知ることは、新たなビジネス・チャンスをつかむための助けになると思われる。

エボラ出血熱などの感染症の流行やイスラム過激派の台頭などによる政情不安、あるいは根強い貧困問題など、アフリカ諸国は多くの難題を抱えており、投資先として注目されることは少ないとされる。しかしながら実はデジタル経済では、アフリカ諸国は世界でも先進的なイニシアチブに事欠かず、特にケニアやナイジェリアでは、将来有望なスタートアップ企業が相次いで出現している。例えばケニアでのモバイル決済の普及率は75%に達している。ナイジェリアでは、インターネット・トラフィックの88%がモバイルによるものである。この割合は、米国では30%にすぎない。またルワンダでは、2017年までに世界初のキャッシュレス経済となるための大規模計画が開始されている。

このような根本的な変化は全て、携帯電話の爆発的な普及に関係したものだ。アフリカは、確かに固定インターネットでは後れを取ったが、モバイル・インターネットでは決して遅れていない。アフリカでの携帯端末数は、人口11億人に対し既に8億8000万台に達しており(携帯事業者団体GSMAの統計による)、固定電話の1,400万回線を圧倒している。スマートフォン(スマホ)普及はまだまだだが、その将来性は大きく、2020年には世界のスマホ台数の80%は新興市場が占めると予測されている。

このようなモバイルの普及を受け、幾つかのスタートアップ企業が成功しており、その数はアフリカ全域で増加の一途をたどっている。その一つであるウガンダのRemit(https://remit.ug/)の創設者であるStone Atwine氏は、アフリカ人はモバイル・ネーティブだと指摘した上で「アフリカ人以上にモバイルのメカニズムを理解できる人々はいない」とまで語る。アフリカでは、通信網がもともと他のアフリカ諸国より発達しているケニア、市場のポテンシャルが高いナイジェリア(現在、人口約1億8000万人、2050年には4億人以上の見込み)、そして南アフリカ共和国などがデジタル経済の中心地となっているが、ルワンダやウガンダ、またはセネガルなどもデジタル経済の発展にかなりの力を入れている。

カメルーン出身で、セネガルで事業を開始したTed Boulou氏は、アフリカ市場へのアプローチの仕方について、次のように語る。「アフリカ市場にアプローチするには二つの方法がある。一つは、欧米の国民のように消費する比較的富裕な中産階級が出現するまで待つというものだ。その場合、欧米のコンセプトをコピーしさえすればいいが、時間がかかる。もう一つは、全ての人々をターゲットとするものだが、その場合欧米の学校で学んだことは全て忘れて、現実に直面しなければならない(つまり、製品開発やマーケティングにおいて、欧州の伝統的な方法とは異なる全く別の視点を持つ必要がある)」。

Boulou氏自身も、Somtou(http://www.somtou.com/)という中小商店に向けたターンキーソリューションを開発した。Somtouでは、タブレット端末とレジの中間に位置する非常に丈夫で単純な端末を利用し、中小商店主は、販売した全ての商品をスキャン・記録・追跡することができる。これにより保存されたデータは、大企業の関心を引くものでもある。Boulou氏は「コカ・コーラは、販売にどのような影響を与えるかを知らずに、アフリカの辺境で看板を出すことはないだろう。Somtouなら、そのようなデータがリアルタイムで入手できる」と指摘する。加えて、Somtouの端末は太陽光発電パネルを備えており、至るところで利用できるように設計されている。

このようなアフリカにおけるデジタル経済発展の背景の理由を挙げるとすると、これまで基本的と見なされていたインフラが不足していたことが挙げられる。上述したが、アフリカ全体での固定電話回線数は1,400万回線にすぎない。米国・マンハッタンだけでも、同じ数の回線がある。アフリカ大陸の面積を考えてみれば、固定電話インフラは実質的にはないといってよいだろう。アフリカが、固定インターネットで後れを取ったのは当然のことだ。しかし、このようなインフラ不在がかえってモバイルの急速な普及を促した。

前述の Atwine氏が指摘したように、アフリカの人々はモバイル・ネーティブなのだろう。固定電話が日本で普及を始めたときのことを想像してもらいたい。もたらした影響は巨大なものだったはずだ。アフリカの人々は、それを飛び越えてモバイル時代に突入したのだ。衝撃は、固定電話が日本にもたらした影響をも上回るものであるに違いない。

このような携帯電話の普及を背景に、モバイル・バンキングの普及が始まったわけだが、これにも、銀行インフラの未整備という背景がある。日本での成人10万人当たりの現金自動預払機(ATM)設置台数は133台、世界平均は44台だが、ケニアではわずか7台にすぎない。また、アフリカ全体の銀行口座の保有率は2〜3割にとどまっている。携帯を財布代わりに使用する下地がそろっていたわけで、本格的キャッシュレス社会へと進化する可能性をはらんでいる。もちろん手数料の問題など、今後解決されなければならない問題は多いと思われるが、モバイル決済に対するニーズは大きいはずだ。

類似の既存技術が普及していたせいで、ある先端技術の普及が遅れるという現象はしばしば見られるもので、例えばミニテル(ビデオテックス)が普及していたことから、フランスでのインターネットの普及が2000年ごろと他国より遅れたケースを指摘できる。これとは逆に、アフリカでのモバイル・バンキングの普及には、技術・インフラ面で白紙に近かったことがプラスに働いているといえよう。

このようなアフリカでのモバイルの発展から得られる教訓を一言で言えば、陳腐な言い方だが、逆転の発想ということになろう。「進歩の遅さ」を逆手にとって、時代の先端に踊り出るというわけだ。アフリカの場合、モバイルの発展は固定電話インフラの不在により強いられたもので自発的なものではないという事情はあろうが、今後は積極的な逆転の発想が相次いで出現する可能性をはらんでおり、われわれにとっても参考となる可能性は大きい。

上述したことと関連するが、アフリカでのデジタル経済の発展から得られる教訓としては、既存技術、あるいは時代遅れになったと見なされる技術の見直しがあろう。その例としては、Saya(http://allthingsd.com/20120916/ghanaian-start-up-saya-brings-modern-messaging-to-feature-phones/)が挙げられる。2011年創設のSayaは「2GのWhatsApp」(メッセンジャーアプリケーション)と呼ばれ、アフリカでのスマホの普及が遅れていることを背景に(逆転の発想である)、2G上でのショートメッセージサービス(SMS)を利用したチャット・システムを開発した。当初は、ガーナで業務を展開していたが、ナイジェリア、ケニアに続いて、アジア・中南米・中東など30カ国・地域に相次いで進出、アクティブ・ユーザー数は8,000万人に達した。Sayaは2014年に米通信サービスのKirusaに買収されたが、アフリカ人の創業者たちは依然として経営に携わっている。

Sayaのように、既存技術あるいは時代遅れと見なされる技術に手直しを加えることにより、新たなサービスをつくり出すという姿勢は発想が勝負だが、意外なビジネス・チャンスにつながりそうだ。日本では現在顧みられなくなったが、アフリカの人々にとっては十分有益な技術・製品が多くあるのではないだろうか。基本的なインフラが使用不可能となる緊急時・災害時向け製品の開発などが日本で進められているが、アフリカでも日常的なニーズに応えるものがありそうだ。

余談ながら、フランスにはSIGFOXというスタートアップ企業がある。先に、NTTドコモ・ベンチャーズの出資を受け、フランスのスタートアップ企業としては史上最高となる1億ユーロの増資に成功した。SIGFOXは、エネルギーをほとんど必要としない超低速モバイル・ネットワーク(通信速度1キロビット毎秒以下、到達距離が非常に長い868メガヘルツの周波数帯を利用しており、帯域幅は100ヘルツ程度)を、モノのインターネット向けに開発・敷設している。同社のネットワークは、現在では大方の通信事業者が顧みない20世紀初頭の無線通信技術に想を得たものだが、モノのインターネットという新時代のコンセプト向けに設計されており、まさに逆転の発想を体現した企業といえそうだ。

以上、アフリカにおけるデジタル経済の発展ぶりを紹介してきたが、本格的発展には問題も多く残されている。特に財政面での困難は大きい。アフリカ外からの投資家にとっては、アフリカでのニーズが分かりづらいことから、投資にためらいがちとなり、その結果、せっかくのアイデアが生かされない可能性は大きい。またモバイル・バンキングにしても、アフリカでの利用額が少額であるケースが多いことから手数料が問題になるとみられ、これを抑える工夫が必要である。他方、基本的と見なされるインフラが不在であることは弱点に転換する可能性を常に秘めている。将来超高速ブロードバンドが主流となった場合、モバイルではなく固定回線の方が有利であり、その場合アフリカにおける固定回線の不在が再びハンディキャップとなる可能性は捨てられない。

(初出:MUFG BizBuddy 2015年3月)