フランス外食産業における日本ブーム

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスではここ10年の日本食ブームにより、さまざまな日本料理を提供する店が急速に増えている。同時に、フレンチレストランで活躍する日本人シェフの登場や、フランス人シェフによる日本食材の多用など「食」と「日本」の関係に新しい展開が見られるようになった。フランスでの日本食への熱狂が、さらに新しいビジネスチャンスを生むのか、今後が非常に興味深い。

2004年のある日以来、パリにある中華料理の総菜屋が一転して「スシ・レストラン」に転身した。テレビのドキュメンタリー番組で、パリ市内の大半の中華レストランが仕入れを行っているギョーザなどの総菜が、アパートの一室の劣悪な衛生環境の中で作られていることが明らかにされたためだ。この番組は非常に話題を呼び、総菜屋の売り上げは一気に20~30%減少した。そこでこの総菜屋は、時の日本食ブームに目を付けて「中華レストラン」の看板を降ろし、一晩で「スシ・レストラン」に変わっていったわけだ。

この「事件」が日本人以外のアジア人の経営による「日本食レストラン」をフランスで増やした唯一の理由ではないが、到来しつつあった日本食の大ブームと、そこに多くの業界人がビジネスチャンスを見いだしたという事実を浮き彫りにする象徴的な出来事ではあった。

料理専門誌によると、1998年にはパリ近辺に日本料理の看板を掲げる店が250店舗あったそうだ。この時点では、パリ以外の地方には日本料理店はあまり見られなかった。その後、2011年2月のAFP通信の記事は、コンサルティング会社Gira Conseilの調査結果を引用し、フランス全土でハンバーガーを売るファストフード店が1,750店舗あるのに対して、すしを提供する店の数は1,580店舗であると報じた。15年足らずの間に、フランス全土で日本料理店がかなり増えたことになる。同じ調査によると、売上高では非常に大衆化しているハンバーガー系のファストフードが45億ユーロであるのに対して、日本食は8億6400万ユーロとなる。フランスの食文化への浸透度がハンバーガーほど高くないので絶対的な額では劣るが、日本料理は店舗ごとの売り上げが高く、実入りの良い商売ではある、とGira Conseilは指摘する。

さらにこの調査では、Sushi Shop、PLANET SUSHIといったチェーン店のフランチャイズ展開も日本食市場の拡大に一役買っていると分析する。このようなすし屋のチェーン店は、2010年末時点で132店舗を数えた(売上高は1億4000万ユーロ)。今後もこの手のチェーン店は拡大していくものとみられる。例えば、2010年末時点で30店舗(うち10店舗はフランチャイズ)であったPLANET SUSHIは、今後チェーン店舗を250店まで増やしたいとの意欲を示している。とはいえ、マクドナルドがフランスで1,200店舗を展開していることを考えると、まだ欧米系ファストフード並みとは言えない。一般化してきたとはいえ、日本食にはいまだにエリートが食べる料理というイメージが残っている。こうしたイメージを利用して日本食レストランは価格水準を高く設定できるが、逆に言えば、日本食は今でもある程度客層が絞られる商品であるとGira Conseilは報告している。

フランスには、2000年代前半の日本人以外のアジア人経営によるすし屋の開店ラッシュが訪れる以前にも日本食のコアなファンがいたが、上記の報告にもある通り、彼らはいわゆるインテリであったり「ボボ」と呼ばれる新階層であったりと「エリート」のイメージがある人々であった。「ボボ」というのはボヘミアンとブルジョアを合わせた造語で、経済的には比較的裕福であり教育水準やアート・文化志向が高いが、金持ちらしくない暮らしぶりを良しとする人たちのことを、少しばかりやゆした呼び名である。彼らの間で日本食がはやっている理由の一つは、日本食が「ヘルシー」で「スタイリッシュ」なイメージを持つためであるといわれる。日本食が好きなこと、日本食に精通していることが、知性やトレンドの基準になっていた面もあったわけだ。

ところが2000年代に、それまでの日本料理店より安価な、日本人以外のアジア人が経営するレストランが増加し始めたことで、日本料理の敷居が低くなった。さらに漫画やアニメ、ゲームのような日本のサブカルチャーの世界的な流行により、食を含めた日本の文化が若者にとって身近な存在になった。それにフランス人は、どちらかというと食に対する好奇心が旺盛であり、特に都市部の生活者は他の国の未知の料理を食べることに抵抗がない人が多いように思われる。複数の要素が重なったところに世界的な健康食ブームも加わって、エリートのイメージが残るとはいえ日本食はかなり大衆化した。フランスの日刊紙ル・モンドと調査会社GfKがすしチェーンのマルコ・ポーロ・フーズの依頼で2010年に行った調査によると、フランス国民の35%がすしを食べると回答。ル・モンド紙は、特に50歳未満の都市部に住む管理職者に愛好家が多いと報じている。

現在、フランスの「日本食レストラン」の90%は、日本人以外のオーナーが経営しているが、日本人から見るとやや奇妙な日本料理を出す店がほとんどというのが現状で、これを「本物の日本食」の範囲に入れるかどうかは賛否が分かれるところだ。

ただし、ここ10年の日本食ブームに目を付けた日本人ももちろんいる。在仏日本人や、上記のような従来の日本食ファン、さらには日本食を食べ慣れ始めた「新人種」を対象として、これまでのすし、焼き鳥などといった外国人にも受け入れやすかったメニュー以外のものを提案する日本人経営の料理店も出現し始めた。うどん、ラーメン、そばといった麺類から、とんかつ、お好み焼きのような庶民的な食べ物、ウナギ、天ぷらくらいまでは食べたことがあるフランス人も増えた。中には、フランス国内にも店が幾つかある「懐石料理」を知る人も出てきた。

パリ市内には、たこ焼き専門店、ギョーザ専門店、串カツ専門店、本格的な日本風居酒屋、ワインバーならぬ酒バーなども登場し、それぞれ人気を博している。2008年には、日本料理店として初めてパリの「あい田」がミシュランの星を獲得した。

新聞・雑誌には大抵レストラン紹介ページがあるが、日本食ブームの到来以来、週に数度、必ず日本料理店が紹介されるようになった。「日本人街」といわれるオペラ地区周辺の日本料理店はどこも予約でいっぱいで、店頭に行列ができている店も多い。レストランだけではなく、お茶や日本酒の専門店も見られるようになり、日本食材全般を扱う店も増えた。日本でも人気の俳優ジェラール・ドパルデューが最近、パリ7区に高級日本食材店を開店して話題になっている。

純粋な日本料理以外にも、食に絡んで「日本」が語られることが多くなった。まず挙げられるのは、優れた日本人シェフの活躍ぶりである。2012年のフランス版ミシュランガイドでは、星を獲得したフレンチの日本人シェフが12人もいる。星を取らずとも、日本人がシェフを務めるフレンチレストランは数多い。日本人が料理を担当するフレンチレストランを「おいしいお薦め店ランキング」の上位に見つける機会も増えた。こういった店では、日本の食材を取り入れた個性のあるフランス料理、日本人らしい繊細な味付けや季節感が好評を得ている。

また、二つ星、三つ星のフレンチレストランには必ずと言っていいほど、料理人のチームの中に日本人がいる。日本人の料理人は真面目に働く上に、日本独自の食材や調理方法をマンネリ気味なメニューに持ち込んでくれることが多いため、重宝されるのだ。パリだけではなく、フランスの地方で活躍する日本人シェフも増えた。日刊紙リベラシオンが毎年発行している最新のグルメ本のリヨンのページでは、紹介されているほとんどのフレンチレストランのシェフが日本人だった。「美食の町」として有名なリヨンでも、日本人の味が受けているということだ。

加えて新ブームとして、フレンチレストランの有名シェフが日本の食材を扱う例が増えたということも挙げられよう。大根、シイタケ、ゆずといった生鮮食品から、わさび、みそ、しょうゆといった調味料・香辛料、昆布やかつおのだしが、最近は星付きレストランの料理に非常によく使われている。「アラン・デュカス」のような老舗でも「シャトーブリアン」のような最近話題の流行店でも、メニューに目を通すと日本の食材を入れた一皿がほぼ100%の確立である。ゆずこしょうや塩麹といった、日本でも比較的最近流行した食材まで見掛けることがある他、ワインリストに酒を入れるレストランやビストロも出現し始めている。しょうゆを使ったソースや昆布だしなど、日本食素材をそれらしく使うこともあれば、わさびのアイスクリームや酒を使ったデザートなど、大胆にアレンジが加えられることもある。まさに、日本とフランスの食文化の出会いを見る思いがする。

こうして眺めてみると、フランスにおける食への「日本」の深い入り込み方には目を見張るものがある。フランス料理はすでにユネスコの無形文化遺産に認定されているが、日本食も同じタイトルを得るための提案を行っているところだ。「食」へのこだわりというところで、両国には明らかな共通点がある。この二つの食文化の間で、単純な「ブーム」を超えたフランスでの日本食への熱狂が、さらに新しいビジネスチャンスを生むのか、今後が非常に興味深い。
(初出:MUFG BizBuddy 2013年1月)