「格安」あの手この手-フランスの旅客輸送

投稿日: カテゴリー: フランス産業

概要
厳しい経済状況が長引く中、フランスでもあらゆる分野で「格安」「ローコスト」が幅を利かせている。「お買い得情報」を意味する「bon plan(ボン・プラン)」という言葉も消費生活にすっかり定着したが、これは旅客輸送の分野でも例外ではない。今回は鉄道を中心に、需要の取り込みを狙ったさまざまな取り組みを紹介する。

国鉄SNCFが始める「格安高速鉄道」
フランス国鉄(SNCF)は2013年4月1日、高速鉄道(TGV)の格安サービス「OUIGO」を開始した。パリ-マルセイユとパリ-モンペリエ路線を対象に、同年2月20日に予約受付を始めた。

専用車両を投入してTGVの格安サービスを展開するのは世界でも前例がない。SNCFは「ローコスト」ではなく「リーズナブル」なサービスである、と呼び名にこだわりを見せているが、格安航空の手法を全面的に取り入れたサービスであるのは間違いない。この背景には、航空会社との競争が激しくなっているという事情もある。例えば、エールフランスは地方航空を新ブランド「HOP!」に統合し、格安航空を意識した料金設定で攻勢に転じたばかりで、鉄道サービスの側でも対抗するサービスが必要となった。

「OUIGO」では、新たに整備された4編成の二階建て車両を投入。車両は食堂車と一等車を廃止し、通常車両より20%多い1,200人の旅客を乗せることができるよう改造された。また、発着駅はインフラ利用料が高い市内の駅は使わずに郊外駅を利用。パリでは東郊外のシェシー・マルヌラバレー(ディズニーランド・パリの最寄り駅)、リヨンではリヨン・サン=テグジュペリ駅が利用される。また、利益率を高める工夫として、1編成の稼働時間は1日当たり12時間と最大限に長く設定された。さらに車内検札を廃止し、フランスでは異例の乗車前改札に切り替えることで車掌の数を減らし、ローコストを実現する。

乗車券の販売はインターネットに限定しているが、気になる料金設定は、パリ-マルセイユとパリ-モンペリエで10~85ユーロと確かに安い。イールドマネジメントの手法を用いて、時間帯により料金設定を加減するが、最も安い10ユーロの乗車券は、全体の10%(年間40万枚)に相当する。子どもは半額、4~8人のグループには一部の便で団体割引を適用。ただし手荷物は1人一つまでで、二つ目からは一つにつき5ユーロの割り増し料金が発生する。この他、座席でコンセントを使用するためには2ユーロの追加料金が掛かるなど、このあたりも「格安」の厳しさを感じさせる。

果たして、この新サービスは成功するだろうか。開始前からの評判はあまり芳しくなかった。何といっても、市内からかなりの時間がかかる郊外駅へ赴くという手間が敬遠されている。パリの場合は市内から30分ほどかかり、旅客機に対するTGVのメリットである「市街地に直接乗り入れ」という気軽な感じはない。また、郊外駅への移動にはそれなりの費用もかかる。それでも、SNCFはこの格安サービスにより、他の移動手段に流れる層をつなぎ留めてTGVの利用客の裾野を広げることを狙っている。

割引予約券の転売サイト
鉄道の割引予約券はお得だが、キャンセルや変更ができないという難点がある。割引予約券を買ってから予定が変わったらどうするか。そういうときに役立つ割引予約券の転売サイトも、格安ブームに乗って成功を収めている。買い手にとっては、さらに割安なチケットを獲得するチャンスもある。2005年にTroc des Trains.comが開業したのを皮切りに、現在ではKelBillet.com、zepass.com、leguichet.frなど幾つかのウェブサイトが事業を展開している。いずれも、出品されている予約券の信頼性や価格設定などについて検証した情報を提供した上で、売り手と買い手の仲介を行う。新規参入のleguichet.fr以外はいずれも手数料を取らず、広告スペースで収入を確保するビジネスモデルを採用している。

古参のTroc des Trains.comは、年金生活者のベルナール・トマ氏が立ち上げた。毎日800~1,000件の新規出品がある。同氏は事業規模の拡大は望んでおらず、鉄道予約券のみを扱い、この副業により年間で14万ユーロの収入(費用はほぼゼロ)を得ている。これに対して、KelBillet.com(月間ユニークビジター数100万人)は他の輸送サービスの仲介や旅行商品の検索サービスなど多角化を図り、zepass.comの場合は、コンサートやイベントのチケットも扱っている。

leguichet.frの場合は、予約券(当面は額面50ユーロ未満の紙のチケットのみ)を自ら買い入れ、手数料(5ユーロ)と送料(3ユーロ)を得て転売するというビジネスモデルを採用している。同社は、こうした転売サイトの存在は、消費者が気軽に割引予約券を購入できる環境をつくるため、SNCFにとっても販売増加につながり好都合だと主張している。ただし、SNCFは2010年に転売サイトのTicketChange.comを買収したが、2012年に同ウェブサイトを閉鎖して撤退したという経緯がある。

長距離バスの参入も
国民の購買力維持は政府の課題でもある。政府は2013年4月10日に地方分権法案の閣議決定を行うが、この中に、長距離旅客バス事業の規制緩和に関する条項を盛り込む。フランスでは長らく、長距離バスの運行が厳しく規制されてきたが、欧州連合(EU)による鉄道市場自由化推進の流れの中で、規制緩和が避けられない情勢になっている。そこで政府も、徐々に高速バスなど長距離バスの解禁に向けて動き出した。

2011年には、国際長距離バスに対して国内の2地点間の旅客輸送を行うことを認める形で、規制緩和に向けた第一歩がスタートした。これにより、例えばリヨンからパリを経由して外国へと運行する国際バスが、リヨン-パリ間のみを利用する国内の旅客を輸送することが可能になった。それでも、一つの路線で国内のみの利用者数が全体の半数を超えてはならない、国内のみの利用者から得られる収入が全体の半分を超えてはならない、など規制も多い。このため、長距離バスのより本格的な発展に向けて、さらに踏み込んだ法令の改正が期待されている。

政府は今回の法案を通じて、隣接する二つ以上の州を結ぶ長距離バスの運行を原則として許可する方針とみられている。現状では、全国で22の州が主体となり、各州内の公共交通機関という形で長距離路線を運行することは認められているが、州をまたぐ路線の運行は認められていない。この規制緩和が実現すれば、例えば、最近全線が開通したTGVのA89を利用して、リヨンとボルドーを結ぶ高速バスの運行が可能になる。ただし政府は、事業を認可するに当たり、SNCFなどの既存の役務とのバランスに配慮し、鉄道との競合が過熱するような局面を排除する方針ともいわれる。規制緩和によりどの程度、格安サービスが浸透するかが注目される。

(初出:MUFG BizBuddy 2013年4月3日)