アフリカのモバイルは弱者に優しい?

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

アフリカの携帯電話市場は近年大きく成長し、それに伴って多様なモバイルサービスが利用されるようになった。本稿では、アフリカの人々の生活を変え、開発を促進するようないくつかのサービスを紹介する。

アフリカではこの10年ほどの間に携帯電話が飛躍的に普及し、デジタルを通じた開発の加速に期待がかかっている。2004年時点で固定電話を保有していた世帯はわずか3%。移動体通信事業者や関連企業からなる業界団体GSM Association(GSMA)によると、サブサハラアフリカにおける2020年末時点での携帯電話加入者は4億9500万人(ユニークユーザー)を数え、普及率は46%に達した。携帯電話市場の成長ペースは世界のどの地域よりも早く、加入者数は2025年には6億人に達すると見られている。

中国製をはじめとする「ローコスト」モデルのおかげでスマートフォンの普及も加速度的に進み、さまざまに利用されている。ラゴスやナイロビ、アクラといった大都市では配車サービスや食事宅配のアプリが大人気だし、モバイルマネーが広く普及しているのは言うまでもないだろう。ケニアで2007年にMペサ(M-Pesa)が導入されて以来、同様のモバイルマネーサービスはアフリカ中に広まり、現在では、世界中で用いられているモバイルマネー・アカウントの半分近くがアフリカに集中しているという。ショートメッセージと同じくらい気軽に送金サービスが利用できるようになっている。

アフリカで携帯電話が普及したのは固定電話という先進国では当たり前のように使われている通信手段が浸透していなかったという事情があり、モバイルマネーが普及した背景には銀行口座保有率の低さがあったということもよく知られている。携帯電話を保有してアカウントを開設しさえすれば、銀行口座を持っていなくても遠方への送金が可能になったり、公共料金の支払いが可能になったりするわけで、それまで銀行口座がないために受けられなかったサービスを享受できるようになる。電気の通っていない農村地域の住民が自家発電用の小型ソーラーキットを月賦で購入できるのも、モバイルマネーを通じてのことだ。仏日刊紙ル・モンドは、2019年にすでに6,000万世帯がこの方法で電力にアクセスしていると報じている。

Mペサのお膝元であるケニアでは、130%という携帯電話加入率の高さが示すように住民の多くが携帯電話を保有し、モバイルマネーを日々利用している。モバイルマネーの技術を使ったアプリやサービスも数多く、中でもモバイルローンは、従来の銀行サービスから締め出されている貧しい人々を中心に活用されている。FSDケニアと中央銀行が2019年に実施した調査によると、400万人以上がモバイルローンを利用したことがあり、その数は大きく増加する傾向にあるという。

予期せぬ出費を迫られた主婦、播種用にトウモロコシの種を購入する農家、そして、商品を仕入れる露天商など、モバイルローンの利用者はさまざまで、借り入れる額は平均で3,000シリング(3,500円)程度、最大で3万シリング程度だ。例えば、露天商が朝モバイルローンを利用して卸市場で商品を仕入れ、その日の売り上げで返済するのはよくあることで、モバイルローンが生活を支えているとも言える。金利が高いのが難点だが、アプリを通じてローンを申し込むと5分後にはモバイルマネーのアカウントにお金が振り込まれるという便利さは何物にも代え難い。そして何よりも、銀行はこのような少額をこんなに簡単には貸してくれないし、融通が利くという点では、伝統的にアフリカの人々を支えてきたインフォーマルな金融システムの「トンティン(Tontine)」にも大きく勝る。

「トンティン」とは、金銭の融通を目的とする互助組織を形成し、一定の期日に構成員が掛け金を出して、あらかじめ決められた順番に従って一人が全額を受け取るという頼母子講のアフリカ版。同業者や同郷、同じ宗派や同じ町内などの縁で集まった複数のメンバーが、グループ内部の規則に従いそれぞれ定額を定期的に持ち寄って「共同のつぼ」に貯めていく。拠出金を受け取る順番によっては、期間中の返済を伴う融資にもなるし、期間が終了しないと手をつけられない積み立て貯金にもなる。拠出金を受け取る順番はあらかじめ決められるとはいえ、出産や冠婚葬祭、病気や事故の際にはメンバー全員の承諾を得て順番が変更されることも多く、保険のような役割も果たしている。

この「トンティン」もデジタルの波に乗っている。2015年にセネガルで創設された「私のトンティン(MaTontine)」は「トンティン」を組織したい人々にプラットフォーム上で共同のつぼを提供するだけでなく、マイクロクレジット機関として少額の融資や健康保険も行っている。伝統的な「トンティン」と違って、現金の入ったつぼを持ち歩かずに済むというセキュリティ上の利点もある。

「トンティン」の仕組みを利用した一風変わったサービスも誕生した。互助会を組織し、モバイルマネーを使って定期的に一定額を支払うのは同じだが、受け取るのは現金ではなく、家具や調理台、冷蔵庫、テレビ、パソコン、スマートフォンなどの商品。個人が分割払いで購入するのではなく、「トンティン」という集団の講を通じてお金を出し合い、全員が最終的に商品を手にするという仕組みだ。同じくセネガルで始まった「E-Tontine」は、国境を越えてマリやモーリタニアにも会員がいる。そして将来的には、在外アフリカ人の多く居住するスペインやフランスに進出することを目指している。

固定電話がなかったから携帯電話が普及し、「ローコスト」モデルのおかげでスマートフォンの利用が加速度的に伸びていると先に述べたが、アフリカの人口が若いこともデジタルブームに寄与している。自分の子どもを見ていても、若者が直感的にデジタル媒体を使いこなす様子には甚だ感心させられる。生まれた時からインターネットやモバイルが存在した世代のデジタルリテラシーの高さは、それ以前の世代のそれを遥かに超えている。アフリカの若者はまさにモバイルと共に生まれたと言っても過言ではなく、状況によって何台もの携帯電話を使い分ける知恵もアフリカならではだろう。とはいえ、モバイルを利用する上での障害がないわけではない。その1つが、識字率の低さだ。

いくら直感的に使えるとは言え、モバイルやそこに搭載されているアプリを利用するには、文字が読めなければならない。近年の努力の成果もあってサブサハラアフリカ全体の識字率は全体で66%へと向上したが、随一の経済大国である南アフリカが95%、西アフリカの小国である赤道ギニアが94%の識字率を誇る一方で、同じく経済大国であるナイジェリアの識字率は62%、中部アフリカのチャドに至っては22%にとどまり、国によって非常にばらつきがある。

公用語による識字教育を受けていない人が多いこと、公用語以外の言語が多数存在することが、アフリカにおける識字率の低さの背景にはある。こうした事情を考慮し、文字が読めない人を意識したサービス(音声メッセージやビデオ)もあるが、この度、文字を読めない人々でも問題なくモバイルを使えるように、アフリカの言語による音声制御システムを備えた携帯電話がコートジボワールで発売された。ベナン出身の研究者であり起業家のアラン・カポシシ氏が開発した「オープン」だ。すでにコートジボワールで話されている17の言語とアフリカの50の言語での利用が可能で、アフリカ中のボランティアを動員して、ゆくゆくは1,000の言語を組み込み、文字を読めない人々の日常生活を便利にすることに貢献するのが目標だという。

国や開発パートナー、社会のレベルで、識字率を向上させるための努力はなされているが、その成果が出るにはある程度の時間が必要となるだろうし、一定の年齢層の人々はもはや、学校に行って読み書きを学ぶことはないだろう。アビジャン郊外のグラン=バッサムで開発・生産された「オープン」は、非識字者がモバイル弱者とならないための正真正銘アフリカ発のソリューションと言える。

(初出:MUFG BizBuddy 2022年10月)