アフリカ発ファッションに世界が注目

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

コロナ危機が本格化する直前、2020年年初に開催のパリコレでは、オートクチュール/プレタポルテともにサブサハラ出身のクリエイターがコレクションを披露し注目を集めた。近年、自己主張を始めた才能あるクリエイターらにより、アフリカのエレガンスの伝統は再生とグローバル化の時代を迎えている。ハンディを抱えながらも台頭するアフリカ・ファッションへの期待は大きい。

アフリカという大陸が、貧困、紛争、飢餓といった暗い印象とは裏腹に、「オシャレなアフリカ人」という印象を与えることも確かな事実である。色鮮やかで大胆なモチーフのテキスタイル、華やかなドレスに「フラー」と呼ばれる頭巻布を誇らしげに頂き、賑やかに通りを練り歩く女性たち。シャープなラインのモダンな装身具。

洋服のオシャレに関しても「サプール(sapeur)」と呼ばれるコンゴの洒落者紳士たちがいる。彼らは決して裕福ではないのだが、カトリック信仰をバックグラウンドにした平和主義が洋装紳士のダンディズムと結びつき、赤、黄、青、黒、白などいかにも目につくカラーのスーツとピカピカの革靴で決めたシャレ男たちが、これみよがしに街中を闊歩する。

一日に一度は「晴れ着」を装い、人から見られるために街頭に出張る「オシャレでショー」とも呼べる文化、ヨーロッパではおそらくイタリアの一部を除いて消滅してしまった文化が、アフリカではまだ息づいている。

服飾のエレガンスにこだわるこうした風土を背景とすれば、中間層の勃興、消費社会の形成という大きな社会的変化を生じつつある21世紀初頭のアフリカにおいて、世界的にも大きな訴求力を持つ個性的なモードの才能が台頭してくるのは意外ではない。しかもアフリカには、シャープでミニマリストな現代的美的センスが古くから存在していた。20世紀初頭に遡れば、ピカソ、マティス、モディリアニらの画家がアフリカの彫刻や仮面から大きな影響を受け、新たな絵画表現の地平を切り開いたことはよく知られている。アフリカの工芸芸術に見られる幾何学性や抽象性のうちに、来るべき時代の美学の予兆を感知したためであろう。

新型コロナウイルス感染症の危機が深刻化する直前、2020年1月に開催されたパリコレクションにおいて、歴史上初めて、サブサハラ出身のデザイナーがオートクチュールのコレクションを発表した。「アクマ」(エウォンド語で「豊かさ」の意)と命名されたコレクションを発表したのはカメルーン出身のイマン・アイシ(Imane Ayissi, 52歳)だ。ボクサー、ダンサーの経歴を持つアイシは1990年代にフランスに移り、さまざまな有名ブランドのモデルとして活躍した後、クリエイターに転じた。

アフリカのテキスタイルが、「ワックス」と呼ばれる、実はインドネシア起源のプリント布地だけに限定されるものではないことを繰り返し指摘するアイシは、「ワックス」よりはるかに古い昔から西アフリカ各地に存在してきた多様なテキスタイル群、そして裁断、縫製のノウハウを再解釈しつつ、極めてシックかつ新鮮なラグジュアリーの世界を創出した。

2020年2月に開催されたプレタポルテのコレクションにおいても、ナイジェリアのケネス・イーゼイ(Kenneth Ize, 29歳)、南アフリカのテベ・マググ(Thebe Magugu, 26歳)など、アフリカの新進気鋭のデザイナーが注目を集めた。

ナイジェリアで生まれウィーンで育ったイーゼイがパリ・コレ初出展の舞台で披露したのは、「アショ・オケ」と呼ばれるナイジェリアのヨルバ族の伝統的織物をベースにしたマルチカラーの縦縞の世界だ。イーゼイは2019年、若手デザイナーの登竜門となっている「LVMHプライズ」で1,700人余りの候補者の中から最終選考の8人に残った。ランウェイショーでは、イーゼイのファンでもあるトップモデル、ナオミ・キャンベルがフィナーレを飾った。イーゼイがモードを学んだのは、画家クリムトの母校でもある有名なウィーン応用美術大学だが、イーゼイは現在ナイジェリアのラゴスを拠点として活動している。2016年にメンズ専門で自身のブランドを立ち上げたものの、メンズ物を買った顧客のほとんどが女性だったという。

一方のテベ・マググは、イーゼイが惜しくも逃した2019年「LVMHプライズ」の優勝を勝ちとった南ア出身の若手で、ヨハネスブルクを拠点に活動している。モードにとどまらず写真やメディアの分野にも手を染めたマググは、2017年に自身のブランドを設立した。マググも、アイシ、イーゼイと同様、「ワックスだけがアフリカのファッションではない」ことを主張したうえで、南アの伝統的なファッションや工芸に新時代の息吹きを吹き込むコレクションを発表した。布地の織りから染めまで、バッグなどの小物も含めたすべてにアフリカのハンドメイド製品を使った。

「アフリカのファッション=ワックス」というクリシェを拒否しつつ、自分たちのバックグラウンドであるアフリカの文化を、それぞれの個性を媒体として新たに創造しなおし現代に発信していこうというのが、アイシ、イーゼイ、マググの3氏に共通する立ち位置である。

世界のひのき舞台でアフリカ出身の優れたクリエイターが脚光を浴びるのと並行して、こうしたクリエイティヴィティの「アフリカ域外への流出」を懸念し、これを防ぐべく設立されたファンドがある。2020年設立のビリミアンである。ビリミアン(Birimian)とは、ダイヤモンドや金を多く含む西アフリカ南部の岩石の名称だ。

2020年7月に発足したビリミアンは、アフリカのファッション業界にターゲットを絞った投資ファンドである。アフリカのスタートアップ支援を事業とするファンドは数多いが、ファッション業界専門のファンドは初めてである。ビリミアンはすでにガーナのChristie Brown、コートジボワールのLoza Maléombho、Simone et Élise、yEBAなどのブランドへの出資を果たした。

世界がアフリカのクリエイターの独創性を認める一方で、アフリカのファッション産業界は、インフォーマルセクターの比重の大きさ、資本調達の難しさ、生産性の低さ、流通網の狭さなど、産業としての発展を妨げる数多くの障害を抱えており、優れた才能がアフリカを見限るリスクは大きい。ビリミアンはこうした現実を踏まえ、アフリカ発の国際的なラグジュアリー・ブランドの成長を後押しすべく、案件あたり3万〜300万ドル規模の投資を通じて長期的な資金調達に協力していく方針だ。デジタルをフル活用して消費者に直接販売を行うDNVB(Digital Native Vertical Brand)を戦略の中核に据えるが、店舗での販売も視野に入れる。

ビリミアンを運営するのはアフリカ系を中心とする女性5人のチームだ。創業者のロリーン・クアシ=オルソンさんはコートジボワール・フランス国籍で、フランスとハーバードのビジネスクールを修了してリーマン・ブラザーズのM&A部門で働いていたが、リーマン危機をきっかけにフランス開発庁(AFD)の民間投資事業部プロパルコへ移籍。さらに、エドモン・ドゥ・ロスチャイルドグループのアフリカ投資ファンドへ移籍した後、独立してビリミアンを立ち上げた。

DNVB方式ですでに大きな成功を収めているのが、セネガル系クリエイター、サラ・ディウフが2016年に立ち上げた100%メイド・イン・アフリカのブランド「トンゴロ」(サンゴ語で「布」の意)である。サラ・ディウフはフランス生まれ。12歳までコートジボワールで過ごした後、政変に伴ってフランスへ戻り、ビジネス系の学業を終えた。自身の事故を機にモードの世界へ飛び込んで次第に頭角を現し、その流れるようなデザインが有名メゾンに盗作されたこともあった。大きなチャンスをもたらしたのは、かのビヨンセが「トンゴロ」の服を着た自分の写真を発表したことだ。これをきっかけにビヨンセとの協力関係が始まり、ビヨンセだけでなく、アリシア・キーズ、イマン(イマン・アブジュルガド)といった世界的なシンガーやモデルが「トンゴロ」の装いで登場した。

欧米に移住した多数のアフリカ人のコミュニティはアフリカのクリエイターにとって貴重で大きな市場である。さらに、欧米で活躍するアフリカ系のスーパースターたちが、おそらくはアフリカの復権という意図をこめて、新たな独創性を主張するアフリカ出身クリエイターらの作品を強く支持しているのである。

Euromonitor Internationalによると、サブサハラの衣料・靴市場は数年前にすでに310億ドル規模に達し、Statistaの2017年レポートでも、2020年のモード部門のEC販売は83億ドルに達し、2024年までにさらに14.2%の増加が見込まれると予測されていた。

上述のように、アフリカのファッション業界は他の産業同様まだまだ脆弱であり、付加価値創出能力が弱く(地元で生産される綿花のほとんどはアジア諸国に輸出されて安価な競合製品として還流する)、EC販売に関してもロジスティクスや手続き、コスト面で不安は大きい。とはいえ、こうした困難を克服して新しいアフリカ発ファッションの潮流を生み出そうとする若手の台頭は幻ではなく、その1人、ガーナのフェリシア・パーカーは、ファッション・工芸品を専門とするEC販売のプラットフォーム、Afrikreaを通じ、ガーナの伝統織物「ケンテ」をベースにした自身のブランド製品を販売、DHLを使ってロンドン、パリなど世界各地に製品を発送している。今後、5年以内にガーナに大型工場を稼働させ、世界各地にアンテナを展開するというのがパーカーの計画である(文中敬称略)。

※本記事は、特定の国民性や文化などをステレオタイプに当てはめることを意図したものではありません。

(初出:MUFG BizBuddy 2021年6月)