優遇税制見直し後のカサブランカ・ファイナンス・シティの行末はいかに

投稿日: カテゴリー: アフリカ経済・産業・社会事情

カサブランカ・ファイナンス・シティはサービス企業や多国籍企業の地域本部を対象とする非常に有利な優遇税制を通じて、モロッコのカサブランカをアフリカにおける金融のハブに成長させることに成功した。しかし、2020年に優遇税制の見直しが実施され、誘致力の低下が懸念されている。

フランスの通信大手オレンジは2020年1月、中東・アフリカ新本社をモロッコのカサブランカに開設した。成熟した欧州市場で大きな成長が見込めない一方で、中東・アフリカ地域でのオレンジの成長率は年間平均6%に達しており、これまでパリに置いていた本社をカサブランカに移すことで、アフリカに根差して事業の一層の発展を目指す方針を明確に示したと言える。このオレンジの中東・アフリカ新本社が置かれたのが、カサブランカ・ファイナンス・シティ(CFC)のCFCファースト・タワーだ。

カサブランカ・ファイナンス・シティは、モロッコをアフリカにおける金融ハブに成長させることを目的に2010年金融経済特区として設置された。外国での売上利益に対する優遇税制措置を通じて国際金融企業を誘致し、アフリカ向けの資金を呼び込んでドバイなどと並ぶ金融ハブとなることを目標に掲げてスタート。英国のシンクタンクZ/Yenグループが年に2回発表する世界金融センター指数(GFCI)の世界ランキングを見ても、カサブランカ・ファイナンス・シティが目標達成に向けて着実に歩を進め、カサブランカの金融センターとしての発展に大きく貢献したことが分かる。カサブランカは2014年3月に世界83都市・地域中62位でランクインした後、順調に上昇を続け、2019年9月には104都市・地域中21位となり、中東・アフリカ地域ではドバイに次ぐ第二の金融センターに成長した。

モロッコは地理的条件の優位性に加えて政情も安定しており、また空の便も便利であるなどハブとなるのにふさわしい条件がそろっている。カサブランカ・ファイナンス・シティという枠組みができたことで、企業の進出が加速した。フランス大手銀行BNPパリバがアフリカ向け投資銀行子会社「BNPパリバ地域投資会社」をカサブランカに設置し、CFC認定企業としてアフリカへの進出を加速する戦略を発表したのは2014年のこと。

銀行・金融機関だけでなく、アフリカのインフラ開発促進を目的とする投資基金「アフリカ50」をはじめ、シルク・インベスト、ウェンデル、ブルックストーン・パートナーズなどの投資会社、近年アフリカでの事業拡大が目立つシンガポールのオラム・グループやエネルギー分野に強いサウジアラビアのアクワ・グループ、通信のファーウェイなど、2019年5月時点で184社がカサブランカ・ファイナンス・シティに合流した。

これらの企業を分野別にみると、企業向けサービス(34%)、金融(30%)、多国籍企業の地域本部(27%)、ホールディング(9%)、地域別に見ると、欧州企業(42%)、モロッコを含むアフリカ企業(37%)、米国企業(12%)、アジア企業(4%)、中東企業(5%)となっている。日本企業では丸紅と住友商事がCFC認定を取得してカサブランカ事務所を置いている。

そのカサブランカ・ファイナンス・シティの拠点として再開発が行われたカサブランカのアンファ空港跡地では、2019年に最初のCFCビル(CFCファースト・タワー)が完成し、さらに2つのビルが2021年に完成する予定となっている。CFCファースト・タワーは高さ122メートル、27階建て、グリーンビルディング認証のLEEDを取得した環境・エネルギー配慮型のハイテク高層ビルで、ビル内の空調の役割も担う二層式のファサードはアラブ世界の伝統的な格子窓「マシュラビーヤ」に着想を得ている。

カサブランカ・ファイナンス・シティでは、CFC認定を取得した企業に対して税制優遇措置や行政手続きのサポートといったメリットが与えられるが、その対象となる金融機関、多国籍企業の地域本社・代表事務所、サービス企業、ホールディングは、最終的にはこれらのCFCビルに入居することを求められる。

CFCファースト・タワーには現在、CFC認定企業34社のほかに、世銀グループの国際金融公社(IFC)、モロッコ中銀の銀行監督局、資本市場および保険部門の監督当局がそれぞれ事務所を構えている。

モロッコ政府は、各地の輸出フリーゾーンを通じて生産に必要なインフラや環境、優遇税制措置を提供することで工業製品の輸出企業を支援し、自動車や航空といった輸出産業の成長を促すことに成功した。カサブランカ・ファイナンス・シティはサービス企業を対象とするフリーゾーンという位置付けであり、法人税の減免をはじめとする優遇税制を特典の一つとして国際企業の誘致に努めてきた。法人税に関しては、輸出フリーゾーンと同様に、外国での売上利益にかかる法人税を認定取得後5年間は免除し、6年目以降20年間は8.75%(地域/国際統括本部と外国企業の代表事務所は10%)の軽減税率の適用という非常に有利な税制を提供してきた。

しかし、2020年予算法を通じて優遇税制の見直しが行われ、2020年1月以降にCFC認証を取得した企業に対しては、最初の5年間の免税は維持されたものの、6年目以降は一律15%の税率が課せられることが決まった。ただし、これまでは外国での売上利益のみが軽減税率の対象だったのが、今後は国内での売上も含めて対象となる。ちなみに、モロッコの法人税は10%、20%、31%の累進課税であり、金融機関・保険会社には37%の税率が適用されるため、15%でも有利であることに変わりはない。

2020年予算法では、カサブランカ・ファイナンス・シティだけでなく、輸出企業やフリーゾーンに拠点を置く企業への優遇税制も見直された。法人税減税においてカサブランカ・ファイナンス・シティと同様の条件を享受してきた輸出フリーゾーンは産業加速ゾーンと改称され、2021年1月以降の入居者から新制度の対象となることが決まった。カサブランカ・ファイナンス・シティと同じく、事業開始後5年間は法人税を免除されるが、6年目以降は8.75%ではなく15%の税率を課せられる。そして、フリーゾーン外で財・サービスを輸出する企業に関しては、これまで認められていた事業開始後5年間の法人税免除規定が2020年1月をもって廃止され、輸出売上利益にかかる法人税の税率が17.5%から20%に引き上げられた。

こうした優遇税制見直しの背景には、モロッコの輸出フリーゾーンが不当に有利な条件を提示しているとみなされ、欧州連合(EU)から警告を受けているという事情がある。モロッコはEUのタックスヘイブンに関するブラックリスト入りは免れたが、その手前のグレーリスト(監視が必要な国・地域)には入っている。2019年5月には欧州委員会のモスコビシ委員(経済・財務・税制担当)から、透明性を向上させ、経済協力開発機構(OECD)のBEPS(税源浸食と利益移転)合意をめぐって積極的に協力すべきとの指摘を受け、グレーリストからの脱却に向けて優遇税制の見直しを進めている。2020年予算法における優遇税制見直しはこうした取り組みの一環として行われたものであり、その甲斐あって、2020年10月にはリストから外される見通しが強くなっている。

その一方で、こうした優遇税制の見直しが、外国企業の誘致において悪影響を及ぼすことが懸念されている。カサブランカ・ファイナンス・シティも、2020年に加入企業250社の達成という目標を実現するのは困難になるだろう。こうした投資環境の変化には世界金融センター指数(GFCI)も素早く反応し、カサブランカは、2019年9月発表の世界ランキングで過去最高の21位だったのが、半年後のランキングでは108都市・地域中41位へと一気に20位もランクダウンした。

それでも、カサブランカ・ファイナンス・シティは、企業は優遇税制のみに惹かれてモロッコへの投資を決めるわけではないと強気の姿勢でいる。企業設立をめぐる行政手続きの簡易化など、ビジネス環境の改善にも力を入れており、また、アフリカで事業を展開する企業の現地ネットワークの充実といった利点を強調する。カサブランカ・ファイナンス・シティに関する法律の改正も予定されており、優遇税制以外の面で誘致力を高める努力が報われるかどうか、今後の展開が注目される。

(初出:MUFG BizBuddy 2020年9月)