アフリカと欧州の中間に位置するモロッコは長い間、アフリカから欧州への「人の流れ」の中継地となってきたが、急成長するアフリカ経済への関心の高まりとともに、アフリカへの「投資・資金の流れ」の中継点としての位置付けを高めつつある。それと同時に、アフリカ諸国との二国間関係の強化にも積極的に取り組み、多角的な協力関係の構築に尽力している。
アフリカ大陸の北西端に位置するモロッコは、地中海を挟んで欧州の南側に位置するという地理的条件から、長らくアフリカ大陸と欧州の接点をなしてきた。モロッコとスペインを隔てるジブラルタル海峡の幅は、最も狭い地点でわずか14キロメートル。1989年に立ち上げられたジブラルタル海峡に巨大な橋を建設する計画はその後、海底トンネル建設計画へと形を変えたものの、両大陸を結ぶ計画そのものが立ち消えになったわけではない。
モロッコを欧州とアフリカの接点として眺めたとき、まず念頭に浮かぶのは、アフリカから欧州への移民の経由地としてのモロッコである。モロッコがフランスの旧保護領であるという歴史的経緯から、フランスへ移住するモロッコ人の数が多いのは当然といえるが、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国出身者がモロッコ経由で欧州への不法渡航を試みる例も後を絶たない。モロッコ国内にはサハラ砂漠以南のアフリカ諸国出身者が2万5000人から4万人程度居住しているとされ、その多くは将来的に欧州に渡ることを夢見つつ、何年もの間、モロッコで不法滞在を続けている。しかし、かつては欧州への経由地とされてきたモロッコを最終目的地とする移民も増えたため、モロッコ政府は最近、不法滞在者に滞在許可証を発行して不法滞在者を正規化するキャンペーンを始めた。アフリカと欧州の間での「人の流れ」が明らかに変わりつつある。
アフリカと欧州の間で変化しているのは、こうした「人の流れ」だけではない。しばらく前までアフリカに対しては「飢饉(ききん)」「紛争」「難民」といったネガティブなイメージが主流で、アフリカへ投入される資金といえばまず「人道援助」「開発援助」だった。残念ながら、これが現在も一部のアフリカ諸国の現実だが、最近では、豊富な資源を背景に急成長を遂げるアフリカ経済への関心が高まっている。炭化水素・鉱業部門だけでなく、不足するインフラや急成長する中流階級をターゲットに据えた通信部門などへの投資が増大し、対アフリカ貿易も増加するなど「投資先」「市場」としてのアフリカに注目が集まっている。モロッコはこうした新たなアフリカの玄関口として、欧州だけでなく世界各国に門戸を開放し、企業・投資家を積極的に誘致している。
2008年に国王の肝いりでスタートした「カサブランカ・ファイナンス・シティー(CFC)」プロジェクトは、カサブランカのアンファ空港跡地に金融地区を整備し、モロッコをアフリカ向け金融のハブに成長させる野心的なプロジェクトである。外国で上げた利益に対する免税措置を通じて国際金融企業を誘致し、アフリカ向け資金の呼び込みにより、ドバイやモーリシャスと競合する金融ハブとなることを目指している。
モロッコは地理的条件の優位性に加えて政情も安定しており、また空の便も便利であるなどハブとなるのにふさわしい条件がそろっている。最近では、フランス大手銀行BNPパリバがアフリカ向け投資銀行子会社「BNPパリバ地域投資会社」をカサブランカに設置し、CFC認定企業としてアフリカへの進出を加速する戦略を発表した。現在、米国のAIG(保険)、フランスのソシエテ・ジェネラル(銀行)、フランスのコファス(取引信用保険)、シルク・インベスト(投資運用会社)など34社がCFC認定を受けており、CFCの事業主体であるモロッコ・ファイナンス・ボード(MFB)は、認定企業数を2014年に倍増する目標を掲げている。
欧州へ向かう移民の中継地から、アフリカへ向かう投資資金の中継地へ、というのが、欧州とアフリカの中継地モロッコの目指す新しい役割といえる。
モロッコはまた、アフリカ諸国との二国間関係強化にも国を挙げて取り組んでいる。国王モハメッド6世は2013年にセネガル、コートジボワール、ガボンを歴訪し、協力合意の調印を通じて国家間の協力関係を強化すると同時に、これらの諸国へのモロッコ企業の進出を後押しした。同年9月には、軍事クーデターとイスラム原理主義勢力による北部支配という未曽有の危機を経験した後、大統領選挙を実現して民政移管を果たしたマリを訪問し、ケイタ大統領の就任式に出席した。歴代のモロッコ国王の中でマリを訪問したのはモハメッド6世が初めてである。また、外国の元首の就任式に首相や閣僚などの代理ではなく国王自身が出席したのもこれが初めてで、モロッコが対マリ外交を重視していることが顕示された。さらに、国王は2014年2月から3月にかけて再度マリとコートジボワールを訪問し、この後ギニアとガボンの訪問も予定している。
マリではモハメッド6世国王の訪問に際して、保健、飲料水供給、職業訓練、畜産、航空輸送、金融、電気通信、炭化水素・鉱業部門やその他の産業など、多岐にわたる分野で計17件の協力合意が調印された他、「モハメッド6世持続的開発財団」(Fondation Mohammed VI pour le développement durable)が資金を提供する母子クリニックの起工式と、モロッコ企業が保有するセメント工場の起工式も行われた。合意に調印したモロッコのブサイド経済・財政相は「教訓を与えるためではなく、連帯的なパートナーとして来た」、マリのコナテ商業相は「南南協力を通じてわれわれの国を発展させることができる」と述べ、両国間の対等な協力関係の構築が強調された。
次の訪問先のコートジボワールには約100社のモロッコ企業が同行し、2月24日・25日の両日に開催された第1回「モロッコ・コートジボワール経済フォーラム」に参加。港湾、漁業・養殖、観光、貿易、マイクロファイナンス、製薬、産業地区、鉱業などの分野で計26件の官民連携・投資合意の調印が行われた。
アフリカ諸国に進出するモロッコ企業としては、例えば、子会社を通じて支店網を展開する大手銀行(アティジャリワファ銀行、BCP銀行、BMCE銀行はマリの銀行店舗数の半数を占有)、モロッコから西アフリカ諸国へ延びる全長約6,000キロメートルの光ファイバー網「トランス・アフリカン」を敷設するモロッコ・テレコム(モロッコ政府が30%を出資)、住宅不足が深刻なアフリカ諸国で住宅建設契約を次から次へと受注する建設大手のアドハ・グループがある。こうした大企業の他にも、情報通信技術や文房具など多岐にわたる分野の企業がアフリカを視野に入れた事業を展開し始めている。
ところで、イスラム教国であるモロッコは、宗教面での支援も惜しまずに提供する姿勢を示している。モハメッド6世は2013年9月のマリ訪問の機会に、同国のイスラム教説教師500人にモロッコでの研修を提供することを約束した。そして2014年年初のコートジボワール訪問の際には、イスラム教の聖典コーランを1万部寄付した。コートジボワールは国民の40%近くがイスラム教徒である。この他、ギニアからも説教師への研修に関する要請が出ており、モロッコ政府は今後、西アフリカのイスラム教国を対象に説教師の育成とコーランの提供を広く実施していく方針を明らかにしている。
このようにアフリカ諸国との多角的な協力を積極的に推進するモロッコは、アフリカ大陸の独立国の中では唯一、アフリカ連合(AU)に加盟していない。AUの前身であるアフリカ統一機構(OAU)が、モロッコが領有権を主張する西サハラを「サハラ・アラブ民主共和国」として承認したことに抗議して脱退し、AU設立の際にも非加盟の立場を貫いたためだ。ただし、加盟国の間では数年前からモロッコの復帰を求める声が上がり、その声はますます強まりつつある。
モロッコがAU復帰を果たし、名実共にアフリカ諸国を率いるリーダーとなる日は遠くないかもしれない。「モロッコはアフリカに根を張り、欧州に向かって葉を広げる樹木のようなものだ」というモハメッド6世の父親である前国王ハッサン2世の有名なせりふに倣えば、モロッコは今、アフリカにしっかりと根を張り巡らせることに力を尽くしている。
(初出:MUFG BizBuddy 2014年3月)