確実といわれてきたパリの不動産への投資だが、最近、そうとばかりも言い切れなくなってきた。ここ数年、パリの中古住宅価格は徐々に低下している。しかし相変わらず家賃は高く、住宅難は続いている。少ない賃貸住宅が、ホテルのようにデーリーやウイークリーの旅行者向けの短期貸しに回され、パリに本当に住みたい人のための物件が減るという新現象も出てきた。
「家賃を払うなんてもったいない、石に投資しろ」。しばらくフランスに住むと必ず言われるのが、この言葉だった。この「石=ピエール(pierre)」とは不動産のことだ。建物が石造りの欧州ならではの表現であるし、不動産の価値に絶対的な信頼があるからこそ「石に投資すれば間違いない」と言い切れたのであろう。実際、ごく数年前までパリの中古住宅価格は上昇を続けていた。
しかし経済危機以降、中古住宅取引が激減し、ここ2~3年は住宅価格が下降している。他方、賃貸物件の供給は需要に追い付かず、家賃は右肩上がりで、特に若者の住宅難は年々ひどくなっている。賃貸物件がホテルのように短期の賃貸に出されて市民による住宅確保の機会を奪い、ホテル業界を脅かす新現象も出てきた。現在のパリの中古住宅市場を分析しつつ、パリが抱える不動産関連の問題を紹介したい。
パリ公証人協会の統計によると、パリ市内の中古住宅取引価格は2015年1月に平均で1平方メートル当たり7,930ユーロとなり、1年前と比べて2.8%下落した。2012年9月に記録した最高値の同8,460ユーロと比べると、6.2%の下落を記録した計算になる。締結済みの売買契約を基にした推計では、取引価格は2015年5月にはさらに同7,830ユーロまで下がるものと予想される。パリを中心とする首都圏(パリ+郊外の5県)全体でも同様に下落傾向が続いており、2015年1月の取引価格は平均で同5,270ユーロとなり、1年間で2.4%の下落を記録した。最高値だった2012年9月(同5,590ユーロ)と比べると、やはり下落傾向は鮮明になっている。
取引件数も目立って減少しており、2014年11月~2015年1月の3カ月間では、パリ市内で6,410件、首都圏で2万9240件となり、前年同期比で、前者は12%、後者は9%、それぞれ減少した。
それに比例して住宅ローン金利もどんどん下がっている。2014年5月にはついに3%を割り込み、ほぼ毎月最低記録を更新している。2015年2月には新規与信時の平均金利が2.21%まで落ち込んだ。にもかかわらず、不動産市場の定点観測を行っているクレディ・ロジュマン/CSAの統計を見ると、与信件数は決して増えてはいない。
取引件数が減り取引価格が下がったとはいえ、町中の不動産業者の広告を見ていると、ある傾向が浮かび上がってくるように思われる。例えばおしゃれな左岸の中心地であるカルティエラタンやサンジェルマン・デ・プレ(5、6区)、右岸のマレ地区(3、4区)、観光地として知られるモンマルトルの丘、シャンゼリゼからも遠くない8区あたり、高級住宅街の16区などは、1平方メートル当たり9,000~1万ユーロで「安くなった」感はない。反対に、少し治安に不安がある19区や20区の一部、18区の北部や12区の東部になると、それなりに価格が低下しており、このような地区における部分的な値下がりが、パリ全体の中古住宅の平均取引価格を下げているようだ。この現状を踏まえ「経済危機以前に過剰に値上がりした地区や都市の不動産価格が、危機を経て適正価格へと下がり始めた」と分析する向きもある。
いずれにせよ、パリでも「住宅価値は上がり続けるわけではない」ことが明らかになった。バブルとともに土地神話が崩壊した日本や、不動産価格上昇の持続を過信してサブプライム住宅ローン危機が起こった米国のような事態とはならないと思われるが、今後しばらくパリ不動産市場の低調は続きそうだ。
2014年の不動産市場低迷の理由として、政府の新課税案を指摘する専門家もいる。セカンドハウス向けの課税強化が行われるといううわさがあったため、買い手が模様眺めをしたことが取引減少の一因になったという。最終的には同措置は議会を通過し、住宅状況が逼迫(ひっぱく)している地区(首都圏など約30の都市圏)を対象に、居住実績が低いセカンドハウスに課税される住民税(地方税の一つ)の20%増額を決める権利が地方自治体に付与された。2014年11月5日のル・モンド紙の報道によると、この課税強化はパリ市の発案によるもので、パリが増税を決めることは確実だ。パリの2014年末時点での住民税は平均で年間712ユーロとなる。増税によりパリ市の税収は2,000万ユーロ増えると試算されている。
当然のことながら、政府は住宅購入・建設を促進する措置も出している。ただし大抵は新築物件に対するもので、すでに建物が密集して新築の余地がほとんどないパリにはあまり関係がない。2014年年初から、住宅ローン融資の一部がゼロ金利になる措置「PTZ」を利用できる人の所得制限が引き上げられ、PTZの利用者も増加したようだが、これも新築物件に関するものだった。2015年年初にはPTZ適用対象が一部の中古住宅にも拡大されたが「住宅が密集していない地域であること」「大幅な改装工事が必要であること」などの条件が課せられ、やはりパリの不動産取引活性化にはつながらないようだ。ちなみに、PTZは本宅の購入に対する措置であり、セカンドハウスは対象ではない。
一方、需要過多で住宅の供給が追い付かないという、パリの住宅賃貸状況はさほど改善されてない。住宅難は全国の若者にとって深刻で、学生支援団体AFEVが2015年3月に発表した調査結果によると、18~30歳の若者の10人に7人が住宅を見つけるのに大きな困難があると答えており、23%が就職した後も親元で暮らしているが、特にパリでの住宅難の原因は家賃の高さにある。
上昇を続けたパリの家賃も、2014年年初から若干の下降を見せてはいるが、不動産デベロッパー団体CLAMEURの統計によれば、パリの平均家賃は2000年比で1.5倍以上になっている。そこで2014年年初に家賃規制となる住宅関連新法「住居を持つ権利と新しい都市計画に関する法律」(通称ALUR法)が採択された。ALUR法では、住宅の需給が逼迫する地区を対象に家賃規制を導入する措置が盛り込まれている。CLAMEURは、国内の十大都市で新規契約の20%が規制の対象になり、最大で20%程度(パリで23%)家賃が低下すると予測。パリ市は夏までにこの家賃規制を本格導入する意向だ。
こうした中、パリではアパートの短期貸しがはやっている。規制された低い家賃で通常のアパート賃貸を行うより、少々手間とリスクが伴っても、旅行者や出張者に数日貸した方が利益が出るという。「Booking.com」のようなホテル予約サイトでも、賃貸用物件を、日本の短期賃貸マンションのように日・週単位で貸し出している物件を見掛けるようになった。
予約サイトの中で注目されているのは、個人間の住宅賃貸を仲介する米国の「Airbnb」(エアビーアンドビー)だ。Airbnbは2008年にサンフランシスコで設立されたスタートアップ企業だが、ここ数年で世界のユーザー数1,100万人を数えるまでに成長、190カ国・地域3万4000都市でサービスを展開している。もともとは、長期旅行や駐在などで留守にする人の家を旅行者に貸し出すことを目的としたサイトだが、近年、賃貸用物件を短期貸しするために利用する人も増えている。
Airbnbの最大市場は観光都市パリだ。同社の発表によれば、3年前には4,000件程度だったパリ首都圏の登録物件数は現在では4万件を超えている。フランスの日刊紙リベラシオンの2015年2月26日の記事によるとAirbnbで2部屋のアパートを貸すと、地区によって異なるが、週に600~1,500ユーロの収入になる。月にすると2,000~4,000ユーロとなり、普通の賃貸契約による家賃が2部屋のアパートだと800~1,500ユーロになることを考えると、結構な利益となる。
通常、住宅用物件をホテルに準じる商業目的で賃貸するには、物件の「属性」の変更が必要で、地方自治体の許可を取得せねばらない。許可を取るのは至難の業で、賃貸用物件をホテルのように日貸しするアパートオーナーの中には無許可で賃貸を行っている者もいる。
パリ市はこういった最近の傾向に鑑み、違法な短期貸しの取り締まりを強化している。当然、ホテル業界もAirbnbのサービスを不当競争と主張して批判しており、政府に対して対応を要求している。フランス政府はAirbnbに対して、仲介する物件に係る宿泊税の徴収を代行するよう求めており、同社もこれに応じるものとみられている。ちなみにAirbnbのチェスキー最高経営責任者(CEO)兼共同創設者は2015年2月26日にパリを訪問し、パリ市の代表と会合の場を持った。
「石に投資すれば安心」との神話が崩壊しつつあり、住宅難に関連してセカンドハウスに関する当局の措置や規制も厳しくなり、今後のパリ不動産市場の先行きは非常に不透明になってきた。「小さなアパートを買って、観光客に貸そう。高くなる物件を売れば利益も出るし」などと、数年前からこつこつと安月給を貯めてきた筆者も、雲行きが怪しくなってきたなと嘆息する今日この頃だ。
(初出:MUFG BizBuddy 2015年4月)