フランスでは一連の年金改革により、高齢者の就業率が上昇したことが確認されている。しかし、欧州平均に達するほどの改善には至っていない。政府は高齢者の就労継続を戦略的課題として捉えており、新たな年金改革を準備している。
フランスでは、マクロン大統領の公約の一つである年金制度の改革に向けた準備が進められている。マクロン政権以前にも、年金制度に関して過去10年以内に数回の年金改革が行われた。大きなものとしてはまず2010年に、年金受給が開始される定年年齢を段階的に現在の62歳に引き上げる措置が導入された。2014年には、満額の年金が受給できる年金加入期間が、段階的に172四半期に引き伸ばされた。これにより、1973年生まれ以降の就労者が満額の支給を受けるには、43年間の拠出が必要になった。年金の受給条件が厳しくなったことにより、フランスでは高齢者の就業率が上昇した。
こうした中、政府は2018年10月10日、新たな年金制度の改革に向け基本方針を発表した。この基本方針では、公務員の年金制度、民間の年金制度、公社などに適用される特別な制度を一つの制度にまとめ、公正で平等な年金制度を提供するという構想を打ち出した。また改革に関する論議の中で、高齢者の就労継続を戦略的課題と見なし、2014年に満額受給の条件を厳しくしたように、62歳に設定された現在の定年年齢を引き上げずとも高齢者の就労意欲を高め、実質的に年金受給開始を遅らせる措置を導入することを検討している。
フランス・ストラテジー(首相府下の調査・研究機関)が2018年10月1日に発表した高齢者の就労に関する報告は、現状分析を通じて、高齢者の就業率引き上げを考察する材料を提供する。
この報告書によると、政策努力もあり、フランスでは2000年来、55~64歳の高齢者の就業率が上昇した。2017年の統計では、フランスの55~64歳の就業率は51.3%に達し、欧州連合(EU)平均の57.1%に接近しつつある。とはいえ、特に60~64歳の年齢層では就業率は29.4%に低下し、EU28カ国平均の42.5%を大きく下回る。この年齢層の就業率はドイツ、デンマークで50~60%、スイス(61%)、ノルウェー(66%)、スウェーデン(68%)に上り、アイスランドでは実に82%に達する。ただし高齢者の就業状況は、その国の経済状況や失業率、定年退職により予想される貧困化のリスクやパートタイム雇用の割合なども影響する。経済状況が良好で失業率が低い国では、高齢者の就業率が高いことが確認される。
フランスの高齢者の就業率は前述のように55~64歳で51.3%に達したものの、その内訳を見ると、2017年の統計では55~59歳では71.9%、60~64歳では29.4%と大きな開きがある。先に述べた二つの改革が、生まれた年を基準として段階的に年金受給条件を厳しくするものであったため、比較的条件が良い上の年齢層の就業率が低く、条件が厳しくなった下の年齢層の就業率が高くなっていることが分かる。なお、65歳以降の高齢者の就業率も10年間で増加傾向にあり、65~69歳では2006年の2.4%が2017年には6.6%へ、70~74歳では2006年の1.1%が2017年には2.8%へ上昇した。
一方、高齢の就業者が置かれている状況を失業率で見てみると、他の年齢層に比べてそう悪くはない。失業率は55~59歳および60~64歳の層でいずれも同率の6.5%と、20~64歳の9.1%に比べてかなり低い。ただし55歳を超える失業者の場合、12カ月以上の長期失業者が全体の66%を超えており、高齢者の再就職の難しさが浮き彫りにされる。つまり、高齢者の失業率が他の年齢層に比べて相対的に低いとはいえ、高齢失業者の再就職は他の年齢層に比べて非常に困難であることが分かる。高齢失業者の再就職の難しさは、ドイツ、オランダ、オーストリア、ノルウェーなどの国でも共通しているものの、フランスは高齢者の採用率で欧州平均を下回る。
高齢者の再就職を困難にしている要因の一つに高齢労働者の採用に企業側が消極的であることが影響している。例えば管理職4人のうち3人は、55歳を超える人の採用には積極的ではないと認めている。高齢者自らも雇用面で不利な立場にあると考えている。また配偶者や両親の介護問題も、高齢者の就労を妨げる要因になり得る。就学期間が伸びるにつれて就労開始、結婚・出産の年齢も遅くなり、子どもの教育と介護を同時期に進行させなければならないシニア層も増加した。しかしそうした時だからこそ、就労を継続して収入を確保する必要があるのも事実である。
フランス保健省が2018年2月に発表した統計によると、年金受給開始の平均年齢は2016年に61歳10カ月となった。年金制度改革が施行された2010年以来で、1年4カ月分の上昇を記録した。それより前の2004年から2010年までの期間には2カ月分の低下を記録していた事実に鑑みると、改革は実質的な退職年齢を引き上げたことが分かる。60歳の人に占める年金受給者の割合は2014年の改革前の2013年時点で30%となり、2010年以来では34ポイントの大幅低下を記録。また2014年の改革後の2016年には、65歳の人に占める年金受給者の割合が91%となり、3ポイントの低下を記録している。
年金生活に入る動機に関する2017年の調査によると、高齢者が仕事を継続するか否かを決定する際に、年金受給に関するルールが最重要要因として挙げられる。定年年齢が62歳に引き上げられたことで、定年年齢に満たない者の年金受給開始は遅れたわけだが、しかしだからといって就業機会が大幅に増えたわけではない。雇用されてはいないが、年金もまだ支給されていないというシニア層も増え、生活保障を受ける人の数が増えるという問題も生じている。
例えば、60歳時点での状況を見ると(2015~2017年の集計)、就業している人は42%で首位につけ、年金受給者は29%、失業者は7%となる。「就業してもおらず、年金も受け取っておらず、失業者として職安に登録されていない」人で、50歳以降にそういう状態になった人は12%、50歳前からそういう状態にあった人は10%(これまで一度も就労したことがない人も含む)に上る。なお、保健省の調査研究政策評価統計局(DREES)が2018年9月の月報で発表した高齢者の貧困に関する2015年調査によると、53~69歳の高齢者のうち、11%に相当する140万人が「就業してもおらず、年金も受け取っていない人」で占められている。この「就業してもおらず、年金も受け取っていない人」の3割は貧困に陥っていると思われる。
1980年代後半には、高齢者の就業継続を目的とする措置(50歳以上の従業員の解雇抑制を狙った課税、高齢向けの特別無期限雇用契約の設置など)が実施された。しかし、期待されたような効果が得られていないとの理由で、これらの措置は徐々に廃止された。就労継続を決めた人は「仕事への興味」および「満足のいく労働環境」などをその理由に挙げていることから確認されるように、現在では全キャリアにおける労働環境の改善という、よりグローバルなアプローチを取ることで、高齢者の就労継続を促進する方向に向かっている。とはいえ、就労継続の大きな動機の一つはやはり年金額であろう。
定年年齢に達して年金を申請する資格があったとしても、満額支給に必要な加入期間に達していない場合には、年金額は満額支給額よりも減額される。就労を継続し退職年齢を遅くすればするほど(現時点では最高で67歳まで)、年金額が満額支給に近づくように増額される仕組みになっている。フランスの高齢者は、こうした年金受給に関するルールに則しつつ、各自の事情にも配慮して退職時期を決める。このため、定年年齢の引き上げや年金支給開始時期に対応した年金額の設定という措置をさらに活用すれば、高齢者の就業率引き上げの余地がまだあることが指摘されよう。
なお、こうしたルールに関する情報を把握、理解していない就労者が多いことも指摘されており、広報活動をさらに強化する必要があるといえる。
(初出:MUFG BizBuddy 2018年10月)