フランス電気自動車市場、その躍進と今後の課題

投稿日: カテゴリー: フランス産業

フランスでは2020年1-6月期に電気自動車(EV)の販売が急増した。背景には、まず一般的に環境意識が高まったことが挙げられるが、加えて政府が電気自動車支援策を強化したことも大きい。本稿ではEV普及に向けた現行の取り組みとチャレンジ・課題を考察したい。

フランスでは2020年1-6月期に電気自動車(Battery Electric Vehicle(以下「フルEV」)とPlug-in Hybrid Electric Vehicle(以下「PHEV」))の販売が急増した。フルEVが4万5000台、PHEVが2万180台の販売を記録し、2019年の通年での販売台数をすでに上回った。新車市場でのシェアは同期、フルEVが6.3%、PHEVが2.8%、合計で9.1%に達した。

この数字が2019年にはフルEV=1.9%、PHEV=0.8%で、合計=2.7%で低迷していたことを考えると、電気自動車の伸長ぶりは明らかだ。1-6月期には新型コロナウイルス危機の影響で新車販売が大きく後退(前年同期比38.6%減)したことと併せても、電気自動車の健闘ぶりがうかがわれる。アリックスパートナーズの専門家は「従来の限界だった3%を突破したことは、電気自動車の積極的なファンよりも広い層が購入したことを明らかに示している。電気自動車の普及にとって朗報だ」と分析している。

ちなみに車種では、ルノーのフルEV「ゾエ」が1-6月期に1万7650台の販売を達成して、フルEVモデルのベストセラーとなった。2位はPSAの「プジョー208」のEVバージョン(9,000台弱)、3位はテスラの「モデル3」(3,560台)となった。

電気自動車の人気が高まった背景には、まず一般的に環境意識が高まったことが挙げられよう。加えて政府が電気自動車支援策を強化したことも大きい。

仏政府は2020年5月26日、新型コロナウイルス対策の一環として、自動車産業への支援策を提示した。総額で80億ユーロを充当する予定だが、これにはルノーに対する50億ユーロの公的保証付き融資なども含まれており、実質的には20億ユーロ程度が新たな対策に充てられる。支援策の柱の一つが自動車電動化の推進だ。

仏政府の電気自動車推進策は、
1. 既存の電気自動車(フルEV)購入補助制度を2020年6月1日から強化。個人による購入に対する補助金を現行の6,000ユーロから7,000ユーロへ、企業や自治体による購入の補助金を現行の3,000ユーロから5,000ユーロへ、それぞれ増額。次元的な措置で2020年末まで実施。
2. これまで購入補助の対象ではなかったPHEVの購入にも2,000ユーロの補助金を導入する。
3. EV普及を後押しするために、国内に10万基の公共充電スタンドを整備するという目標を1年前倒しで2021年末までに実現。
というもの。

政府の支援策には、自動車メーカーと自動車部品メーカーに対する10億ユーロ弱の支援が含まれるが、支援を受けるにはフランス国内でのEV生産を大幅に増強するという条件が伴う。マクロン大統領はフランスを欧州で最大のEV生産国にするという目標を掲げ、向こう5年以内に、国内での年間EV生産台数を100万台以上に引き上げることをメーカーに要求している。

電気自動車販売が伸びた背景には、販売チャネルが広がったという点も挙げられるかもしれない。シトロエンは小型EV「アミ(AMI)」の販売で、フナック・ダルティと提携するという新たな試みを開始した。フナック・ダルティは家電、電子製品、書籍CDなどを販売する一大グループ。2020年6月半ばからパリ、ボルドー、リヨンなどの39店舗で「アミ」の販売を開始した。「アミ」は、1960年代から70年代にかけて人気を博したシトロエンの大衆車「アミ」に因んで命名された2人乗りの超小型フルEV。運転免許が不要であり、14歳から運転できる(筆者としては個人的に、交通ルールの順守があまり徹底されていないこの国で、無免許で乗れる上に、背後から忍び寄ってきても音がしないEVは「走る凶器」以外の何物でもない気がするが)。実店舗での販売開始に先駆けて、新型コロナウイルス対策の外出制限が解除された5月11日からシトロエンおよびフナック・ダルティのウェブサイト上でオンライン注文の受付が始まっていた。

とはいえ、EV普及に障害がないわけではない。その一つが「充電」問題だ。

先に挙げた通り、仏政府は国内に10万基の公共充電スタンドを整備するという計画を前倒しし、従来の予算にさらに1億ユーロの追加投資を約束したが、現時点で設置されているのは、まだ3万2000基のみである。2018年1月時点でこれが2万基であったことから、最近の整備リズムは1年半で1万基程度であろうが、例えこのリズムを加速したとして、2021年末までに10万基を整備するのには若干無理がありそうだ。現代自動車(韓国)のフランス事業責任者によると、同社の顧客の8割から9割は自宅か職場で充電している。現状ではEVによる長距離移動には充電の困難が伴うために、EVは社用車としての利用か、都市郊外の一戸建て住宅に住む個人が2台目の自家用車として用いるケースなどに限定されているのが実情だという。

政府の10万基設置計画前倒しを受けて、大手流通の仏ルクレール、独リドル、仏カジノ、仏システムUらは、グループ内のスーパーやハイパーの駐車場に充電スタンドを増設すると約束。ルクレールは今後2年で5,000基を、2025年までに1万基を新設するという。リドルは2021年末までに2,000基を設置することを約束した。数値的な目標は出していないが、仏石油大手トタル、フランス電力公社(EDF)傘下のIZIVIA(EV充電インフラの会社)、エネルギー大手エンジー、高速鉄道運営企業、パリ首都圏も10万基設置に向けた憲章に調印した。市中のガソリンスタンドも、生き残りをかけて充電器設置に尽力している。とはいえ、10万基のハードルは高い。

「充電」には他の問題もある。充電スタンドの規格の統一と互換性の問題である。2020年6月23日付の仏ル・モンド紙が面白い記事を掲載した1。最近、電気自動車(EV)を購入した記者の実体験を交えた同記事によると、EV充電器のコンセントの形状は5種類あり、それに応じたプラグが必要だが、自分のEVについてきたのは2種類の充電用プラグのみだったという。また充電器の電圧も3種類以上ある。日産が大手流通店に設置した充電器が、同じアライアンスに属するルノーの代表的EV「ゾエ」の充電には使用できない、という不可解な状況もあるようだ。

充電器と電力網の接続を担当するEDFの配電子会社エネディスによると、政府の計画では充電器のタイプとその設置場所が必ずしも利用者のニーズに適していない面があるという。シア・パートナーズ(コンサルティング)の専門家も、事業者が利用者の体験やニーズを無視した形で整備を進めた場合、せっかくの投資が無駄になると警告している。

また、公共充電器は無料で使用できるものが多いが、故障や不具合も多い。有料の充電器の場合、料金が表示されていなかったり、最初の1時間の料金は1ユーロだが、2時間目からは30ユーロに跳ね上がるというような不当な料金設定もみられる。また支払いも通常の銀行カードを受け付けないことが多く、事業者が発行する専用のパスを入手しなければならないが、ここでも充電システムの規格・互換性の問題で利用者の混乱があるという。

ル・モンド紙はさらにもう一つの充電問題として、高速道路沿いの急速充電器の不足、集合住宅居住者の充電器へのアクセスを挙げている。

高速道路沿いの急速充電器については、前述のIZIVIAが、技術的問題を理由に、運営していた主要充電器網「Corri-Door」を大部分閉鎖してしまったため、現在利用できるのは複数の自動車メーカーのコンソーシアムが運営するIONITYの充電器網のみとなっており、こちらは料金も比較的高い(走行距離300キロメートル当たり25-40ユーロ)。

集合住宅居住者の充電器へのアクセスついては、集合住宅の区分所有者たちが、建物の充電器設置への出資に賛同しないことには話にならない。

電気自動車普及拡大のもう一つの課題は価格だろう。政府は新車購入に関しては以前から購入補助を行ってきたが、最近、熱機関車のEVへのレトロフィット(改造)や中古EV購入に関しても新たな措置を講じると発表した。
熱機関車のEVへの改造は、欧州ではイタリアやドイツ、オーストリアなどで普及し始めているが、フランスでは、法令の枠組みが整備されておらず、改造に当たって車両のメーカーからの許可取得が前提であることなどが普及を阻む要因となっていた。

このため、改造サービスのベンチャー企業が作った業界団体AIReが働きかけ、政府や型式証明認証機関などが協議を重ねて省令案を準備。これが先頃、承認を得るため欧州委員会に提出されたという。報道によれば、省令案の内容は、発売から5年超が経過した自家用車、小型商用車及びトラックについて、また、同じく3年超が経過した二輪車について、各モデルごとに量産型の改造キットの認証を受ける手続きを導入するものだ。もとのメーカーの許可を得る必要はなくなる。また、電気自動車だけでなく、水素燃料電池車への改造も可能になる。

中古EV購入補助に関しては、ジェバリ運輸担当相が2020年末までに1,000ユーロの補助制度を整備すると予告している。とはいえ中古EV市場はまだ規模が小さい。2020年10月13日付の仏ル・フィガロ紙によると2、2020年初頭から8月末までの期間に売り出された中古EVはわずか1万7000台だった上に、その大半はルノーのフルEV「ゾエ」または「カングーZE」であった。中古車販売のアジャンス・オートモビリエールによると、中古車販売におけるEVのシェアは5%程度だそうだ。

以上、フランスのEV普及の現状を概観してみたが、本当のEV時代が来るまでにはまだまだ克服せねばならない問題も残され、時間が必要となりそうだ。航続距離に関する消費者の不信感もまだまだ強い。かたや、環境問題に関心が高まっている昨今、政府も補助金や優遇措置を拡充し、メーカーもEVのラインナップを強化する努力を続けている。コンサルティング大手BCGが年初に発表した見通しによると、EVが世界自動車販売に占める割合は2021年に14%、2025年には31%、2030年には51%に達するそうだ。新型コロナ危機で、環境や社会のあり方の変化に目を向ける消費者がまた増えたことも、電気自動車普及の追い風になるかもしれない。

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1 https://www.lemonde.fr/economie/article/2020/06/22/vehicules-electriques-l-enfer-de-la-recharge_6043727_3234.html
2 https://www.lefigaro.fr/conso/un-bonus-de-1000-euros-pour-l-achat-d-une-voiture-electrique-d-occasion-20201012

(初出:MUFG BizBuddy 2020年10月)