パリ同時多発テロから1年、観光客回復に取り組むフランス観光業界

投稿日: カテゴリー: フランス社会事情

2015年11月のパリの同時多発テロや2016年7月のニースでのテロ事件に揺れたフランス。観光業界がその影響を特に強く受け、外国人観光客の減少に直面している。しかしその一方で、政府、自治体、観光振興機関などが事態の打開に向けた一連の対策に取り組んでいる。

フランスの観光業界は、2015年11月13日に起きたパリ同時多発テロ事件、2016年7月14日の革命記念日にニースで起きたトラック突入事件など一連のテロの打撃を受けて、外国人観光客の減少に直面している。観光業はフランスの国内総生産(GDP)の7~8%を占め、直接・間接に200万人を超える雇用を数える重要部門である。

フランスを訪れる外国人観光客の数(国際観光客到着数)は2015年に前年比0.9%増の8,450万人に上り、過去最高記録を更新した。外国人観光客数を国・地域別に見ると、ほぼ80%を欧州が占め、米州が8.4%、アジア諸国が7.2%(うち中国は2.6%)となる。これら外国人観光客のフランスでの消費は414億ユーロに上る。外国人観光客の数は2015年1~3月期に前年同期比で1.8%の増加を記録したが、同年10~12月期には同3.1%の減少に転じた。これはパリでの同時多発テロ事件の影響による部分が大きいとされる。

政府発表の統計によると、外国人観光客の数は2016年1月から8月20日までの期間に前年同期比で7%減少した。地方の観光客の減少は同0.9%にとどまったが、パリでは同10%、ニースでは同3.6%の激減を記録した。

外国人観光客の減少はテロの影響が大きかったことは間違いないが、エールフランスなどのストや労働法改正法案に反対するデモなどの影響でパリのイメージが低下したことも要因として挙げられる。さらにセーヌ川の増水、外国人観光客を狙った犯罪が相次いだことも大きかった。2016年10月3日深夜には、米国のタレント、キム・カーダシアンさんがパリ市内で強盗の被害に遭い、総額900万ユーロの宝飾品を強奪される事件が起きた。被害者の知名度の高さから、事件は米国を中心に世界的に報道され、観光業界はパリのさらなるイメージ低下への危機感を募らせた。

中国人観光客の減少の背景には治安に対する懸念もある。中国人観光客を狙ったすりや強盗被害が増加しており、2016年8月には、パリ・シャルル・ドゴール空港に近いゴネス市のホテル前で中国人の団体観光客が乗ったバスが襲撃を受けるという事件もあった。アトゥー・フランス(観光振興機関)の集計によると、フランスを訪れる中国人観光客の数は2016年1~7月期に前年同期比で20%減少。ニースでのテロ事件以降の同年8月には前年同月比30%減となり、減少幅が一段と大きくなった。こうしたことから、2016年通年ではフランスを訪れる中国人観光客の数は前年比25%減の160万人程度になると予想される(2015年にフランスを訪れた中国人観光客数は220万人)。

観光業の立て直しを目指して、エロー外相・国際開発相は2016年9月13日、観光緊急対策委員会の会合を開き、外務・国際開発省の対策予算をこれまでの150万ユーロから一気に1,000万ユーロに引き上げると発表した。特にフランスのオンライン・レピュテーションの改善を目指す。同委員会は、パリ同時多発テロ後の観光業不振の対策を協議する目的で、同年7月13日に設置された。会合では特に状況が厳しいパリ/パリ首都圏(イル・ド・フランス地域圏)、ニース/プロバンス・アルプ・コートダジュール地域圏における対策が協議される。

さらに、2016年11月7日には観光に関する省間委員会が2003年以来で初めて開かれ、外国人観光客のフランス訪問につながる措置を中心に総額4,270万ユーロの予算を充てることが発表された。予算の一部の用途は以下の通り。

▽外国人観光客の安全性を保証するための緊急対策に1,550万ユーロを充当。この中で、パリ市内、空港から市内に入る高速道路A1号線、スタッド・ド・フランス(パリ同時多発テロの現場の一つ)、外国人観光客が宿泊する市内外れのホテル周辺などへの監視カメラの設置に500万ユーロを、パリ首都圏で最も入場者が多い劇場、美術館、博物館など30カ所でのセキュリティー強化に500万ユーロを投資。この他、パリ・シャルル・ドゴール空港に2020年までに87機のICパスポートの自動検査装置を設置する。すり、置き引き、強盗などの被害届けについて観光客の便宜を図るために、観光名所に30台の特別車両を配置して、その場で警官による被害届け受理手続きが行われるようにする。▽フランス人および外国人観光客を対象とする観光振興措置に1,050万ユーロを追加。これは、エロー外相・国際開発相がすでに2016年9月13日に発表した措置で、アトゥー・フランスの活動促進を図ることを目的とする。

この他、ホテル、カフェ、飲食店の改修のための優遇融資に1,100万ユーロ、低所得の年金生活者へのバカンス支援に570万ユーロなど、フランス人の国内観光を促進する措置も盛り込まれた。

また2016年11月17日には、エロー外相・国際開発相が議長を務める年次観光会議が開催され、パリ同時多発テロ発生前の2015年10月から実施された観光振興の取り組みの総括および観光促進策に関する意見交換が行われた。2016年の状況は厳しいとされるが、エロー外相・国際開発相はこの機会に、同年の外国人観光客は8,000万人を超える水準を維持するとの見通しを表明した。また1億人突破という2020年の目標の達成に取り組むことを強調した。

政府だけではなく、特に外国人観光客の減少が目立つパリ市およびパリ首都圏も、自治体独自の観光促進に取り組んでいる。
パリ市は2016年11月2日にパリ観光発展プラン(2017~2022年)を発表した。このプランはテロ発生前から作成準備が進められており、観光客を年間2%増やすことを狙っている。エッフェル塔下の入場者受け入れスペースの整備、ガストロノミーをテーマとするヴィラ・メディチのような複合施設の設置、新しい観光地区の創出、ナイトライフ観光の発展、工房などの体験型観光の振興などを盛り込んだ50措置が盛り込まれている。

同時期にパリ首都圏も観光客誘致促進プランを発表した。この中には、▽1,000人の学生をインターンシップ契約で雇用し、エッフェル塔周辺などのパリ市内の観光地、フォンテーヌブローやベルサイユの宮殿など市外の名所、空港に英語ガイドとして配置、▽公共輸送機関が利用でき、観光名所の入館も可能となる「シティーパス」の新設、▽ウェブサイト「Welcome to Paris Region」の立ち上げと観光サービスに関する情報提供、予約サービスの充実、▽外国人との接触がある受け入れサービス従業員向けの英語研修費の負担、などが盛り込まれた。

パリ首都圏の観光委員会は最近、アトゥー・フランス、エールフランスなどと協力して、韓国の主要旅行代理店8社から成る代表団をパリに招いて、パリ首都圏の観光が安全であることをアピールするプロモーション活動を行った。2015年の韓国人観光客の数は30万人だったが、パリ郊外にある高級ブランドのアウトレットモール「バレ・ビラージュ」を訪れる外国人観光客では中国人観光客に次いで多かった。韓国人観光客の数は2016年には15~20%の減少が見込まれる。

一方、2016年10月半ばにフェクル外務・国際開発大臣付貿易・観光振興・在外フランス人担当相は、80人という大所帯のフランス代表団を率いて、マカオで開かれた世界ツーリズム経済フォーラムに参加。フランスが「非常事態宣言」下にあることへの懸念の払拭に努めた。テロだけではなく、旅行中の一般的安全への信頼回復に努めつつ、所持金の額を制限するなど旅行者に対して基本的な注意を喚起した。

パリのホテルでは、観光客の減少を背景に値下げを行うところが増えている。割引の動きは全ての等級のホテルで観測される。ただし、業界関係者の中には、好況期に宿泊料金が高騰し、高額な宿泊料金にしてはクオリティーの伴わないホテル業者が増えたという事情を背景に、現在の宿泊料金の値下がり傾向は適正料金を探る動きであるという受け止め方もある。

(初出:MUFG BizBuddy 2016年12月)